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第一章 男装姫は孤高の王の夢を視る
第十話 月を抱く姫
しおりを挟む合議の場に入ると、既に五主家の面々が集まっていた。
御座には、既に燦が花緒と並んで座っている。久遠が父の後ろに座ろうとすると、燦が久遠を呼び止めた。
「久遠はこっちだ。これから、今朝の夢見のことを皆に伝える」
「はい……では、そちらに参ります」
五主家の当主よりも上座に呼ばれ、久遠は狼狽えた。しかし、王の命令ならば従うしかない。燦から指示された場所に座って父に目をやると、父の顔は怒りで真っ赤に燃えていた。
「燦王! 我が息子の久遠は、まだ覡として半人前であると昨日申し上げました。五主家の皆様にお伝えになる前に、先に私のほうで久遠の夢見の結果を確かめたいと存じます。しばしお待ちいただけませんでしょうか」
「その必要はない。既に夢見の結果については直接久遠から聞いている。其方と話をしたところで、昨日見た夢が今さら変わるわけでもあるまい?」
「しかし、久遠が夢を正しく解することができているのかどうか――」
父が諦めず燦に食い下がろうとすると、横から碧李輝比佐がぴしゃりと止めた。
「十六夜殿。分をわきまえられよ。あえて言うまでもないが、この合議は五主家の当主によるもの。無関係の十六夜がこれ以上何か発言するようなら、ご退出願いたい」
「ああ……」
父が何も言えなくなりどもっているうちに、輝比佐はさっさと燦に向き直った。
「さあ、燦王。結果はいかがか」
「ああ。皆も聞いてくれ。十六夜久遠による夢見の結果、俺の后となる者は、その胸に月を抱く者――天は、そのように示された」
燦ははっきりと言い切った。しかし、主家の当主たちはにわかに理解ができないようで、呆気に取られている。
燦の話にまだ続きがあるのではないかと黙って待っている彼らを見ると、久遠は申し訳なさでいっぱいになった。
(そうだよな。月を抱く者、なんて言われても、ご当主様たちも困るだけだよ)
結論を待ちきれなくなって最初に口を開いたのは、烽火家当主だ。
「王よ。胸に月を抱く姫というのは、どういうことでしょう?」
「知らぬ!」
「し、知らぬと申されても……それでは、十六夜久遠とやらに聞きましょう。久遠、お前が夢見をしたのだろう?」
烽火から急に話題を振られ、久遠は思わず「ひっ」と声を漏らした。
「烽火殿。久遠に聞かずとも、俺が夢見の結果を伝えたではないか」
「ですが、どの家のどの姫のことを指しているのか分かりませんと、我々も何も動けませぬ」
久靄と和暮の当主も、烽火に同意して頷いた。
燦はこの場をどう収めるつもりだろう。寝室では「心配するな」と言っていたが、どう考えてもこの結論では当主たちを説得することはできない。
(月を抱く姫……あの女の人は、誰だったんだろう?)
はっきりとは見えなかったが、どこかで見たことがある横顔だった。懐かしいような、切ないような、見ていると理由もなく涙がこぼれるような……そんな女性。
「あの、私から少しよろしいでしょうか」
混乱の中、これまで沈黙を守っていた花緒が口を開く。
「燦の后となるのは、胸に月を抱く者……と仰いましたね?」
「ああ。花緒、誰か心当たりでも?」
「ええ。私のことなのですが……生まれつき、胸元に月の形をした痣があるのです。まさかとは思いますが、久遠が夢に見たのは、その痣ではないでしょうか」
当主たちの目の色が変わる。常に冷静な輝比佐も、今度ばかりは驚いて目を見開いた。
皆の考えていることは同じだ。
花緒は、和暮家から前王である耀に嫁いだ后。
だから、花緒は新王・燦の后にはなれない。二代続けて同じ家の娘が后になることで、天の怒りを買ってしまうのではないかという懸念がある。
(それに、花緒様は前王の御子を懐妊中で……)
結局、花緒の申し出にどう対応すべきか、五主家の間でも意見が分かれる形となった。その日の合議では燦の后は決まらず、保留となったのであった。
◇
「ふざけるな! お前は何をやってくれたのだ!」
頬に痛みが走り、久遠の体は激しく地面に投げ出された。
十六夜の里に続く街道には、人気がない。見渡しても田畑しか見えないこの場所では、殴られて大声を出しても、久遠を助ける者は誰一人いなかった。
「烽火家と内々に話をつけたばかりだったのだ! 烽火の姫を新王の后に推すと!」
久遠の口元から顎に、つうっと血が流れる。
父の話は茶番だ。烽火どころかほかの主家もすべて、燦の后を輩出することに二の足を踏んでいたではないか。
なぜ急に気が変わったのかと尋ねたかったが、殴られた痛みで口が上手く回らず、すぐには言葉が出てこない。
「父上。久遠のせいで我々の計画が水の泡です」
兄が媚びたような声を出す。
久遠は手の甲で口の端を拭い、なんとか声を絞り出した。
「僕の夢見が……間違い、でしたか?」
「夢見の正誤などどうでもよいわ! お前はまだ駆け引きというものを知らぬ。五主家の間には力関係がある。事情を知らぬくせに、しゃしゃり出てかき乱すな!」
「しかし、父上……!」
倒れた久遠が立ち上がれずにいると、父が地面を踏みしめるように一歩一歩大股で近付いてきた。
(蹴られるっ……!)
痛みに備え、久遠は腹に力を入れて目を閉じる。
その時――一瞬、久遠の閉じた目の前を一陣の風が吹いた。
空を二つに斬るような、一筋の熱が残る。
(これは、燦様の夢に見たのと同じ光――)
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