火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

秦朱音|はたあかね

文字の大きさ
12 / 17
第一章 男装姫は孤高の王の夢を視る

第十一話 道の先

しおりを挟む
 熱の行き先に目をやると、巻き上がる風の中、日の光を浴びた黒髪がなびくのが見えた。

 久遠を蹴ろうと足を振り上げていた父は、まるで時が止まったかの如く呆然と立ち尽くしている。すると、ほんの少し時を置いて、ほうの腹の部分が上下に真っ二つに裂け、ひらりとその腹があらわになった。

「……え?」

 父も兄も、そして久遠も、一瞬の出来事に言葉を失う。
 誰かが通りすがりに父を斬ったのか? しかも、体には傷一つ付けず、衣だけを。
 風がおさまる。久遠の前を通り過ぎた男の背中を見ていると、彼はゆっくりとこちらを振り向いた。

「あっ、燦……様!?」

 そこに立っていたのは、燦だった。
 右手には、剣のようなものが見える。

(剣……いや、あれは、炎?)

 剣に見えたものには実態がなく、燃える炎が剣の形に見えていただけのようだ。再び激しく吹いた風に、剣はその姿をふっと消した。

「……よく斬れる剣だ。切れ味を確かめさせてもらったよ、十六夜万葉人まはと

 父は名を呼ばれても動けない。斬られた恐怖に震えながら、なんとか顔だけを燦に向けた。

「燦王よ……なぜ、このようなことをなさる」
「それは俺の台詞だ。誰が久遠を十六夜の里に連れ帰っていいと言った?」
「久遠はかんなぎの見習いであり、我が息子です。連れ帰るのも何をするのも、我々が決める」
「ほう。俺が仮初かりそめの王だからと言って、随分と小馬鹿にされたものだ」

 燦は右手を天に向けてまっすぐ挙げた。その場に小さく風が巻き上がったかと思うと、燦の右手に炎が燃え上がる。その炎は、徐々に剣の形に変わっていく。

「……そ、それは! 火輪剣ひのわのつるぎ!?」
「まさか! 火輪剣は日紫喜家の宝物。こんなところに持ち出すものか」
「それでは、その剣は……」
「これが日紫喜家の、炎武えんぶの才だ」

 炎武の才――十六夜家にとっての、夢見の才のようなものだろうか。

 形を成さないはずの炎が、剣となる。燦が目の前を通り過ぎた時に熱を感じたのは、炎でできた剣が発したものだったのだ。

(燦様は、僕を都に連れ戻そうとしている。父上に剣を向けてまで)

 久遠はこれまで、十六夜家に縛り付けられてきた。
 男装を強いられ、小間使いとして家族からも虐げられてきた。その十六夜から、離れる――そんな道があったなんて、考えたこともなかった。

「次は袍だけではすまない。腹に傷を付けてもらいたくなければ、久遠を渡せ」
「渡す? なぜですか?」
「俺の夢見をさせるからに決まっているだろう」
「ですが!」

 父が言い返すと、燦はその場で一度、剣を振るった。
 離れた場所にいる久遠にも、太刀筋から発せられる風と熱が伝わってくる。

「十六夜よ。先日から不思議だったのだ。ただの見習いであるなら、久遠を手放したくない理由はなんだ? 誰にも言えない事情でもあるのか?」
「そ、そんなものはありませぬ……!」
「では、この話は終わりだ。久遠、来い。都に戻るぞ」
「え? えっと……?」
「一人で歩けるか? この先に車を待たせてある」

 そういうと、燦はつかつかと久遠に近付き、抱き上げた。
 息を呑む久遠の背後では、父と兄の悔しそうな呻き声が遠ざかっていく。

「あの、燦様! 僕、自分で歩けます。王に運んでもらうなんて、恐れ多くて」
「遠慮するな。怪我をしている」
「殴られたのは顔だけです」
「お前は軽すぎて、抱いていてもいなくてもそう変わらん。もう少し食べて太れ。それとも、十六夜家ではいつも先ほどのように殴られ、食事も満足にもらえなかったのか?」

 燦の言葉は淡々としているが、確かな怒りが滲んでいた。

「……いえ、虐げられたというのは大げさです。僕を闇から助けてくれたのは、十六夜家ですから」

 暗くて狭い蔵の中から久遠を引っ張り出してくれたのは、十六夜の祖父だ。
 祖父が来てくれなければ、久遠は蔵の中で恐怖に怯えながら命を落としたはず。

(だから、僕はこれまで十六夜に忠実に仕えてきて……)

 今さらになって、久遠の体が恐怖で震え始める。

 久遠は十六夜家を裏切った。里に連れ帰ろうとしていた父の意に背き、燦に付いてきてしまった。
 燦は父に殴られた久遠を助けてくれたが、これからも久遠を守ってくれるとは限らない。燦が夢見に飽きれば、久遠はいつかまた十六夜の里に戻ることになる。
 行き先はきっと、あの蔵の中だ。

 久遠の体の震えを抑えるように、燦の腕に力が入った。

「久遠。お前を俺の従者として雇ってやる」
「……従者? 僕がですか? こんな弱っちいのに、役に立ちません」
「何を言う。お前のおかげで、后選びを先延ばしにできた。早速役に立っているじゃないか」
「あれは、僕の手柄ではないですよね?」
「つべこべ言うな。お前は俺の従者として仕え、夜は夢見をするんだ。さすがの十六夜も、王の寝室に忍び込むことはできないだろう」
「え? それはどういう……」
「お前を守ってやる、という意味だ」

 燦は顎を上げたまま、ふんと鼻を鳴らした。

(僕を……守ってくれるの? 燦様が?)

 腕に抱かれたまま、久遠は燦の顔を見上げる。

 その時、見渡す限り遮るものが何もない一本道に、ぴゅうと木枯らしが吹いた。
 燦の黒髪が揺れる。
 久遠は、燦の胸の温もりに身を預けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています

六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。 しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。 「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!

処理中です...