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第三章 男装姫は言えない秘密を抱く
第十九話 久遠の正体
しおりを挟む夜になって燦の部屋に戻ると、久遠がなかなか戻らないことを心配した燦が、庭で待っていた。
どこにいたのかと説教されたような気がするが、疲れ切った久遠の耳にはほとんど何も入ってこない。結局、そのまま燦の夢見もせず倒れるように眠り――そして翌朝。
朝堂で行われた合議は案の定、大紛糾となった。
「嵐の原因は、祭祀の場に后がいなかったことです!」
いつものように大声を出したのは、烽火だ。
「触書を出したおかげで大きな被害を出さずにすみましたが、それでも農閑期でなかったらどうなっていたか!」
興奮して立ち上がろうとする烽火を、隣にいた和暮が袖を引いて制する。
燦が飄々としている分、関係のない久遠のほうがいたたまれない気持ちになる。燦の従者など引き受けるのではなかったと、合議の時には決まって後悔する。
それでもまた夜になれば、燦の言うなりになって夢見に勤しんでしまうのだが。
(こうなることは分かっていたはずなのに……燦様はどう収めるんだろう)
当主たちは、「花緒の子が生まれるのを待っていられない」とか「早急に后を決めるべきだ」などと言って、激論を交わしている。
それを眺める燦の顔が怖い。恐らく、燦の中では既に結論が決まっているはずだ。だから当主たちのやり取りを鬱陶しく思っているのだろう。
終わらない議論に、碧李輝比佐が見かねて口を開く。
「天が望むのは、五主家が諍いなく綺羅を治めること。今のこの合議の場を見れば、天は再びお怒りになるでしょうな」
「碧李殿! では、どうすればいいとお考えか!」
「燦王の后が決まらぬと言うなら、早急に譲位をお決めになればよろしいかと」
「どういうことだ。和暮の姫のご出産は、まだかなり先であるぞ」
「ええ。ですから、前王の御子が男児ならその御子に、そして女児ならば、霖殿に譲位なさればよいのではないでしょうか」
突然、霖の名が上がり、久遠は驚いて顔を上げた。
霖はまだ幼い。一度、二度顔を合わせただけであるが、燦によく懐いて可愛らしい子だ。
(いや、幼さで言えば、これから花緒様が産む御子のほうが幼いわけだから……)
久遠だけではなく、合議の場は驚きのあまり静まり返っている。輝比佐は続ける。
「燦王だけを責め立てるのはお門違い。和暮の姫の懐妊を聞いて手のひらを返した、烽火殿の責でもあるのでは?」
「いや、それは……我が烽火家は、燦王が望むなら姫を嫁がせるつもりで……」
「それならそれで、碧李家は反対致しませんよ。ただ、燦王が后をお決めにならないのなら、我ら碧李家は霖殿への譲位を強く申し入れます」
躊躇なく言ってのけた輝比佐の振る舞いに、燦は顔色一つ変えない。思い思いに発言する当主たちをよそに、あくびをする始末。
久遠が燦を軽く睨みつけると、それに気付いた燦はふっと笑った。
「別に、俺は后を迎えないとは言っていない。胸に月を抱いた姫を后にすると何度も伝えたはずだが」
「それでは……やはり、和暮の姫を?」
当主たちは、一斉に和暮家の当主を振り向いた。
前王の后である花緒を、燦の后とする。そして燦の次の王は、花緒が産む御子――和暮家が拒む理由は何もない。
結局その日の合議では、花緒を燦の后とすることに落ち着いた。
当の燦は、自分の意見も言わず、あくびをするばかりである。
◇
(燦様に確かめなければ)
合議では、花緒が燦の后となることで半ば決まってしまった。
しかし、燦の気持ちはどうだろう。
燦の母を殺めた相手は、まだ分かっていない。それが和暮の者でないとも言い切れない。
だから燦はずっと后を決めずに、のらりくらりと交わしていたのだ。なのに今日は、花緒を后とする案を拒まなかった。
(それ以前に、あくびばかりで話を聞いていなかったし……)
合議のあとも、燦は一人でさっさと部屋に戻った。朝堂の片付けをしていた久遠は、すっかり置いてけぼりだ。
久遠が燦の邸に向かって急いでいると、建物の陰から、聞き慣れた声が耳に入った。
(……あれは、父上? と、お祖父様!)
久遠を都に連れて帰った後、燦は十六夜家が合議に参加することを禁じた。だから、久遠が父の顔を見るのは、あの時――十六夜の里に帰る途中の一本道で父に殴られた久遠が、炎武の才を使う燦に助けられた日――以来だ。それに、隠居した祖父のことは、もう何年も顔を見ていなかった。
燦からの沙汰を聞いた後、十六夜家は相当焦ったのだろう。
繋がりのある烽火や和暮、久靄を通じ、何度も燦に「十六夜を合議に参加させてほしい」という相談が入った。
しかし、久遠を守ると言った燦の言葉に嘘はなかった。主家から何度迫られても、絶対に十六夜は合議には入れぬと頑として断ったのだ。
(だから、わざわざ合議の終わりを狙って日紫喜家に来たんだな)
父だけでは埒が明かないと考えたのか、わざわざ隠居した祖父まで連れて来るとは……よほど切羽詰まっていると見える。
(十六夜家の名目を保つためだけに、なぜそこまでするんだろう)
財を持つ五主家に取り入って、夢見の才を発揮する代わりに対価を得る。そうすれば、十六夜家も安泰であろう。それは分かる。
だが、十六夜の里は自然豊かな場所で、広い田畑もある。贅沢をしなければ十分生きていけるはずだ。
(ああ、でも今はそんなことよりも、隠れなければ)
燦のいないところで父に見つかるわけにはいかない。十六夜家に引き戻されてしまう。
久遠は生垣の陰にしゃがみこんで身を隠した。
「――いっそのこと、久遠の正体を明かしてはどうですか?」
父が祖父に言った。正体、とはなんのことだろう。
「万葉人よ。久遠の正体を明かせば、久靄の者に気付かれるやもしれん。慎重にせねば」
「もはや久靄も、久遠のことなど覚えておりますまい。あれから十年も経っていますし、久靄の当主は目が見えません。それに、久遠が燦王の后となってしまえば手は出せないでしょう。久遠にも、我が十六夜にも」
父の言葉に、久遠ははっと顔を上げた。
(僕を、燦様の后にするって……?)
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