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第四章 孤高の王は男装姫の真実を知る
第二十三話 十六夜の真実
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海主・碧李家の領は、綺羅ノ国の北西、海に面した地にある。都からは、輿や馬、牛車を使っても三日ほどかかる。
久遠は燦の従者として碧李領に向かう一行に同行していた。
(先日の大嵐で、崖崩れが起こるなんて)
都から離れた碧李領で崖崩れが起こったという報せが入ったのは、久遠が自分の過去について燦に打ち明けた日の、翌朝のことだった。
祭祀の日の大嵐が都を襲った後、そのまま碧李領にも被害が及んだらしい。都の民に向けては触書を出し、予め嵐に備えていたものの、碧李領のほうは手薄だった。
家を失った民や孤立した集落もあると聞く。一刻も早く天の怒りを鎮めてほしいという民の願いを聞き入れ、燦を始めとした五主家は碧李領に向かった。
各主家の当主たちは相変わらず、「偽の后を立てて祭祀を行ったから、天の怒りを買った」と燦を責め立てている。その結果、花緒を燦の正式な后とせよという意見が、合議での決定事項となった。
燦もそれを拒まず、このたび碧李領において燦と花緒の婚礼を執り行うのだそうだ。
(慣れない旅先では隙も生まれる。花緒様を狙う機会も増えてしまう)
花緒を守ると久遠に約束した燦は、碧李領への十六夜家の同行を禁じた。燦の命令はありがたかった。……とはいえ、まだ油断はできない。
十六夜家の真意は分からないものの、祖父と父の会話の中では「久遠を燦の后に」という話も出ていた。もしもそれが祖父たちの本当の望みであるならば、燦と花緒の婚礼は十六夜にとって都合が悪い。こっそり碧李領まで付いて来て、何かをしでかさないとも限らない。
これを虫の知らせというのだろうか。久遠はどうしても、碧李領で何か起こるのではという不安を拭えないでいた。
碧李領には、激しい雨が降り続いていた。
到着後、休む間もなく燦と花緒は婚礼の準備に入る。婚礼の参列者も着替えを済ませ、次々に海に面した高台に集まって並んだ。
(嵐の日に、こんな開けた場所で婚礼?)
目を開けられないほどの海風が吹いている。祭壇の側にあった崖から海を見下ろすと、あまりの高さに眩暈がした。ここから落ちれば、あっという間に海の藻屑だ。
「おい、お前は十六夜家の久遠と言ったな」
「はい?」
振り返ると、久遠に声をかけたのは烽火家の当主だ。
「婚礼の前に、燦王が話したいことがあると言っていた。碧李家の屋敷に戻れるか?」
「燦様が、僕を? 分かりました。すぐに参ります」
燦と花緒は婚礼の準備で、崖の下にある碧李家の屋敷にいる。
風雨の中で待つ五主家の面々の間を縫って、久遠は坂を駆け降りた。もうすぐ婚礼が始まるという時に、一体何があったのだろうか。不安が押し寄せる。
屋敷の門をくぐり、誰かいないかと辺りを見回す。
初めて来る場所だから、燦がどこにいるのか分からない。迷っていると、久遠の背後から嫌な声がした。
「久遠、ようやく見つけたぞ」
(誰?)
振り向くと、そこには覡服に身を包んだ男が二人立っていた。
「お、お祖父様……! それに、父上も」
思わず後退る。やはり来たのか。久遠の嫌な予感が当たってしまった。周囲に助けを求めようとしても、誰もいない。
(まさか、烽火の当主に騙されたか)
燦が呼んでいると言われ、久遠は婚礼の場から離れた。そこにちょうど祖父と父が待ち構えていたのだ。二人が烽火に頼んで、久遠をおびき寄せたに違いない。
「久遠、お前は十六夜家に戻ってくるんだ」
「僕は燦様の従者です。絶対に戻りません!」
「また蔵に閉じ込められたいのか? お前をここまで育ててやったのは誰だ!」
「もちろん感謝しています。ですが、僕は帰れません!」
戦わなければ。
燦の従者となり、燦の側にいて学んだのだ。久遠には久遠のやりたいことがある。家に囚われては駄目だ、十六夜家に従う必要などないのだと。
「日紫喜の屋敷で、お祖父様たちの話を偶然立ち聞きしました。僕を燦様の后にするというのはどういうことでしょうか」
久遠が淡々と尋ねると、祖父と父の顔色が変わった。
「その話をどこで? まさかあの時、碧李殿がお前を隠していたと?」
「お祖父様は僕を蔵に閉じ込め、男装させました。長い間、僕は苦しんできた。それなのに、今度は簡単に女に戻れと言うのですか? 僕は十六夜家にとっての駒ですか!?」
「そうだ! それの何が悪い!」
祖父が声を荒らげる。
「お前には分からぬ! 十六夜がいかなる扱いを受けてきたのか。本来ならば十六夜は、主家の中でも筆頭の強さを持っていたはず。碧李家ごときに頭を下げる必要はなかったのだ!」
「な、なにを仰って……」
「碧李は我が十六夜には勝てぬ。十六夜は主家の位を取り戻す。そうすれば、あの偉そうな碧李輝比佐も後悔するだろう。久遠よ、それまで我が家に力を貸せ」
「どういうことです? 十六夜は主家ではありません! 確かに僕たちに夢見の才はありますが、それは綺羅ノ国の主家だからというわけではなく――」
そうだ、五主家は天から与えられた才を持つ。
主家同士の力の均衡が取れるよう、各主家の才はお互いに優劣関係がある。
(……では、なぜ十六夜にも才がある?)
久遠の額を、一筋の汗が流れる。
ふと、数日前の燦との会話が頭を過った。
燦の夢と久遠の過去が繋がっているのだと燦に告げた時、燦は言った。
十年前、日紫喜家の宝物殿が焼けた時、燦の母親のほかにもう一人、命を落としたものがいたのだと。
その者の名は、香宵。
久靄家の姫である、ということしか分からない。
香宵は、燦の母を殺めた相手に、幼い娘を人質に取られた。娘を助ける条件に、綺羅ノ国中の人々からその日の記憶を消す、霧中の才を使ったという。
あの日、燦を除く綺羅ノ国の人すべてが、記憶を失った。
燦の母が生きていたこと、火輪剣を奪おうと企んだ者がいたこと――その場で起こったことはすべて、綺羅ノ国から消え去ったのだ。
『――久遠に蔵に閉じ込められる前の記憶がないというのは、恐らく、その霧中の才の影響だろう。だが、久遠自身に宝物殿が焼ける時の記憶があるということは……』
『僕も、燃える宝物殿の前にいたということでしょうか』
『そういうことになる。宝物殿が燃え落ちた時、衛士や女官たちが火消しのために集まってきたから……その中に久遠もいたんだろうか』
『だとすると、僕は小さい頃に燦様と会っていたのかもしれませんね』
燦とそんな会話をした時には、気が付いていなかった。
記憶を失ったせいで、疑うべきことを疑えていなかった。
(十六夜家も、元は主家だったのか! だから夢見の才を使えるんだ!)
ということは、陽主・日紫喜家から火輪剣を奪おうとしたのは、もしかして――。
頭を整理したいが、今は考えごとをしている時はない。
久遠は祖父に手首を掴まれ、強引に地面を引きずられる。
「放して下さい!」
「駄目だ。お前は燦王の后となる。今日、この場でな!」
「やめて! 燦様の后は、僕じゃない! 花緒様をどうする気!?」
「黙れ!」
祖父が久遠の頬に平手打ちをする。あまりの強さに、久遠の意識がふっと遠のいた。
その瞬間――祖父の手を通じて久遠の頭の中に記憶がなだれ込んでくる。
燃える屋敷、叫ぶ女性、泣き叫ぶ少女。
燦の夢見をした時よりも、鮮明に見える。
久遠は燦の従者として碧李領に向かう一行に同行していた。
(先日の大嵐で、崖崩れが起こるなんて)
都から離れた碧李領で崖崩れが起こったという報せが入ったのは、久遠が自分の過去について燦に打ち明けた日の、翌朝のことだった。
祭祀の日の大嵐が都を襲った後、そのまま碧李領にも被害が及んだらしい。都の民に向けては触書を出し、予め嵐に備えていたものの、碧李領のほうは手薄だった。
家を失った民や孤立した集落もあると聞く。一刻も早く天の怒りを鎮めてほしいという民の願いを聞き入れ、燦を始めとした五主家は碧李領に向かった。
各主家の当主たちは相変わらず、「偽の后を立てて祭祀を行ったから、天の怒りを買った」と燦を責め立てている。その結果、花緒を燦の正式な后とせよという意見が、合議での決定事項となった。
燦もそれを拒まず、このたび碧李領において燦と花緒の婚礼を執り行うのだそうだ。
(慣れない旅先では隙も生まれる。花緒様を狙う機会も増えてしまう)
花緒を守ると久遠に約束した燦は、碧李領への十六夜家の同行を禁じた。燦の命令はありがたかった。……とはいえ、まだ油断はできない。
十六夜家の真意は分からないものの、祖父と父の会話の中では「久遠を燦の后に」という話も出ていた。もしもそれが祖父たちの本当の望みであるならば、燦と花緒の婚礼は十六夜にとって都合が悪い。こっそり碧李領まで付いて来て、何かをしでかさないとも限らない。
これを虫の知らせというのだろうか。久遠はどうしても、碧李領で何か起こるのではという不安を拭えないでいた。
碧李領には、激しい雨が降り続いていた。
到着後、休む間もなく燦と花緒は婚礼の準備に入る。婚礼の参列者も着替えを済ませ、次々に海に面した高台に集まって並んだ。
(嵐の日に、こんな開けた場所で婚礼?)
目を開けられないほどの海風が吹いている。祭壇の側にあった崖から海を見下ろすと、あまりの高さに眩暈がした。ここから落ちれば、あっという間に海の藻屑だ。
「おい、お前は十六夜家の久遠と言ったな」
「はい?」
振り返ると、久遠に声をかけたのは烽火家の当主だ。
「婚礼の前に、燦王が話したいことがあると言っていた。碧李家の屋敷に戻れるか?」
「燦様が、僕を? 分かりました。すぐに参ります」
燦と花緒は婚礼の準備で、崖の下にある碧李家の屋敷にいる。
風雨の中で待つ五主家の面々の間を縫って、久遠は坂を駆け降りた。もうすぐ婚礼が始まるという時に、一体何があったのだろうか。不安が押し寄せる。
屋敷の門をくぐり、誰かいないかと辺りを見回す。
初めて来る場所だから、燦がどこにいるのか分からない。迷っていると、久遠の背後から嫌な声がした。
「久遠、ようやく見つけたぞ」
(誰?)
振り向くと、そこには覡服に身を包んだ男が二人立っていた。
「お、お祖父様……! それに、父上も」
思わず後退る。やはり来たのか。久遠の嫌な予感が当たってしまった。周囲に助けを求めようとしても、誰もいない。
(まさか、烽火の当主に騙されたか)
燦が呼んでいると言われ、久遠は婚礼の場から離れた。そこにちょうど祖父と父が待ち構えていたのだ。二人が烽火に頼んで、久遠をおびき寄せたに違いない。
「久遠、お前は十六夜家に戻ってくるんだ」
「僕は燦様の従者です。絶対に戻りません!」
「また蔵に閉じ込められたいのか? お前をここまで育ててやったのは誰だ!」
「もちろん感謝しています。ですが、僕は帰れません!」
戦わなければ。
燦の従者となり、燦の側にいて学んだのだ。久遠には久遠のやりたいことがある。家に囚われては駄目だ、十六夜家に従う必要などないのだと。
「日紫喜の屋敷で、お祖父様たちの話を偶然立ち聞きしました。僕を燦様の后にするというのはどういうことでしょうか」
久遠が淡々と尋ねると、祖父と父の顔色が変わった。
「その話をどこで? まさかあの時、碧李殿がお前を隠していたと?」
「お祖父様は僕を蔵に閉じ込め、男装させました。長い間、僕は苦しんできた。それなのに、今度は簡単に女に戻れと言うのですか? 僕は十六夜家にとっての駒ですか!?」
「そうだ! それの何が悪い!」
祖父が声を荒らげる。
「お前には分からぬ! 十六夜がいかなる扱いを受けてきたのか。本来ならば十六夜は、主家の中でも筆頭の強さを持っていたはず。碧李家ごときに頭を下げる必要はなかったのだ!」
「な、なにを仰って……」
「碧李は我が十六夜には勝てぬ。十六夜は主家の位を取り戻す。そうすれば、あの偉そうな碧李輝比佐も後悔するだろう。久遠よ、それまで我が家に力を貸せ」
「どういうことです? 十六夜は主家ではありません! 確かに僕たちに夢見の才はありますが、それは綺羅ノ国の主家だからというわけではなく――」
そうだ、五主家は天から与えられた才を持つ。
主家同士の力の均衡が取れるよう、各主家の才はお互いに優劣関係がある。
(……では、なぜ十六夜にも才がある?)
久遠の額を、一筋の汗が流れる。
ふと、数日前の燦との会話が頭を過った。
燦の夢と久遠の過去が繋がっているのだと燦に告げた時、燦は言った。
十年前、日紫喜家の宝物殿が焼けた時、燦の母親のほかにもう一人、命を落としたものがいたのだと。
その者の名は、香宵。
久靄家の姫である、ということしか分からない。
香宵は、燦の母を殺めた相手に、幼い娘を人質に取られた。娘を助ける条件に、綺羅ノ国中の人々からその日の記憶を消す、霧中の才を使ったという。
あの日、燦を除く綺羅ノ国の人すべてが、記憶を失った。
燦の母が生きていたこと、火輪剣を奪おうと企んだ者がいたこと――その場で起こったことはすべて、綺羅ノ国から消え去ったのだ。
『――久遠に蔵に閉じ込められる前の記憶がないというのは、恐らく、その霧中の才の影響だろう。だが、久遠自身に宝物殿が焼ける時の記憶があるということは……』
『僕も、燃える宝物殿の前にいたということでしょうか』
『そういうことになる。宝物殿が燃え落ちた時、衛士や女官たちが火消しのために集まってきたから……その中に久遠もいたんだろうか』
『だとすると、僕は小さい頃に燦様と会っていたのかもしれませんね』
燦とそんな会話をした時には、気が付いていなかった。
記憶を失ったせいで、疑うべきことを疑えていなかった。
(十六夜家も、元は主家だったのか! だから夢見の才を使えるんだ!)
ということは、陽主・日紫喜家から火輪剣を奪おうとしたのは、もしかして――。
頭を整理したいが、今は考えごとをしている時はない。
久遠は祖父に手首を掴まれ、強引に地面を引きずられる。
「放して下さい!」
「駄目だ。お前は燦王の后となる。今日、この場でな!」
「やめて! 燦様の后は、僕じゃない! 花緒様をどうする気!?」
「黙れ!」
祖父が久遠の頬に平手打ちをする。あまりの強さに、久遠の意識がふっと遠のいた。
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