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第5話 入れ替わり
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「殿下、お目覚めですか。私のドレスにヨダレをつけないで下さいませ」
「……う……ん? あ?」
ゴシゴシと目をこすりながら、殿下が体を起こす。
私の膝から落ちないように、殿下の両脇に手を入れて抱き直そうとすると、正面で真っすぐにチビ殿下と目線が合った。
きょとんとした青い瞳が、途端に困惑の色を浮かべる。
「……エレナ?」
「ぷっ! 殿下ったら、頬に私のドレスの跡が付いてますわよ!」
私が笑いながらライオネル殿下の頬に手を伸ばすと、彼はその手を払って体を仰け反らせた。
(危ない!)
膝の上から落ちそうになった殿下の頭に手を添えると、私もバランスを崩して椅子から転げ落ちる。二人して床の上に倒れ込んだが、ちゃんと私が下になり、殿下は頭を打たずに済んだ。
「殿下! 急に動いたら危ないですわ」
「君は何をしているんだ!」
「何を……って、お昼寝中の殿下を膝の上で抱っこしていただけです」
「ふっ、ふざけるな!」
私の体の上でジタバタと暴れ、チビ殿下はなんとか床の上に立ち上がった。
お昼寝前も相当生意気だったが、更に生意気度が増幅した感じがする。
「お待たせしました! お茶を淹れてきました……って、ライオネル殿下、お戻りになられたのですね!」
「おい、魔女! これはどういうことだ! なぜここにエレナがいる?」
(お戻りになられたって、どういう意味なの?)
六歳のチビ殿下は、先ほどまでと同じ甲高い子供の声で、魔女に喰ってかかっている。
「なぜって、殿下が時の魔法であちらの世界に行っている間、エレナ様は入れ替わった六歳の殿下をお世話なさっていたのですよ」
「……世話だと?」
話の流れについていけない私の様子を察したのか、若い魔女は床に座り込んでいた私に手を貸して、椅子に座らせた。
「エレナ様、どうやらライオネル殿下がお戻りになられたようです。とりあえず、心だけ」
「心だけ? では、体は六歳の殿下だけど、中身は二十歳の殿下ということ?」
「そうです! 時の魔法はとても難しいですから、完璧にはできないことがあります。体と心が同時に戻ってこられれば良かったのですが」
「そんな……! では、殿下は一生このまま?」
「引継ぎ書を見ますね。きっと大丈夫……だと思います」
「なんと曖昧ですこと」
にこやかなのは若い魔女だけで、チビ殿下は顔を真っ赤にして不機嫌そうだ。
引き継ぎ書を確認するために、魔女はもう一度小屋の奥の部屋に戻り、その場には私と殿下だけが残される。
「ライオネル殿下。時の魔法を使って、何をしに行かれたのですか?」
「君は知らなくていいことだ」
なるほど。先ほどまで私のことをお前と呼んでいたのに、今は君と呼んでいるのを見るに、二十歳の殿下の心だけが先に戻ってきたというのは事実のようだ。
そして、二十歳の殿下は、時の魔法を使った理由を私に説明するつもりはないらしい。
「私のような出来損ないの婚約者では、殿下のお力にはなれませんものね。無理に説明して欲しいとは申しませんわ」
「この体は、どうしたら戻るんだ」
「魔女が引き継ぎ書を確認しておりますから、慌てずお待ちください」
「しかし、週明けには私たちの結婚の準備が……」
「いっそ私はこのままでもよろしいですよ。私のような者と結婚するより、六歳の殿下に年齢の釣り合う方と婚約なさったらいかがでしょう?」
不機嫌なライオネル殿下に向けて、私の口から次々と思ってもみない嫌味が飛び出してくる。
「なぜ君はいつも、そう可愛げのないことをいうんだ」
「可愛げがなく申し訳ございません。殿下こそ、六歳の頃の方がお可愛らしかったですよ。お昼寝中にヨダレを垂らして、ほら、私のドレスが殿下のヨダレで汚れております」
「……っ、君が勝手に六歳の私を抱っこしたからだろう!? そもそも私という婚約者がありながら、いくら子供とはいえあんな近くで抱きかかえるなど……!」
「あら、私が抱っこしていたのは、殿下ご本人ですわよ」
「それはそうだが……」
言い争いをする私たちの側で、部屋に戻ってきた若い魔女があたふたとしている。しかし、私にはもうそんなことはどうでも良かった。
私たちが犬猿の仲であるということは誰でも知っている公然の秘密であり、今更私たちの喧嘩を人に見られたところで何も変わらない。
それに、幼いライオネル殿下に私のガリ勉姿を見られ、長年被ってきた「未来の王太子妃」という仮面にひびが入ったような気がしたのだ。
(もう、自分を偽って無理して生きるのは嫌)
「……う……ん? あ?」
ゴシゴシと目をこすりながら、殿下が体を起こす。
私の膝から落ちないように、殿下の両脇に手を入れて抱き直そうとすると、正面で真っすぐにチビ殿下と目線が合った。
きょとんとした青い瞳が、途端に困惑の色を浮かべる。
「……エレナ?」
「ぷっ! 殿下ったら、頬に私のドレスの跡が付いてますわよ!」
私が笑いながらライオネル殿下の頬に手を伸ばすと、彼はその手を払って体を仰け反らせた。
(危ない!)
膝の上から落ちそうになった殿下の頭に手を添えると、私もバランスを崩して椅子から転げ落ちる。二人して床の上に倒れ込んだが、ちゃんと私が下になり、殿下は頭を打たずに済んだ。
「殿下! 急に動いたら危ないですわ」
「君は何をしているんだ!」
「何を……って、お昼寝中の殿下を膝の上で抱っこしていただけです」
「ふっ、ふざけるな!」
私の体の上でジタバタと暴れ、チビ殿下はなんとか床の上に立ち上がった。
お昼寝前も相当生意気だったが、更に生意気度が増幅した感じがする。
「お待たせしました! お茶を淹れてきました……って、ライオネル殿下、お戻りになられたのですね!」
「おい、魔女! これはどういうことだ! なぜここにエレナがいる?」
(お戻りになられたって、どういう意味なの?)
六歳のチビ殿下は、先ほどまでと同じ甲高い子供の声で、魔女に喰ってかかっている。
「なぜって、殿下が時の魔法であちらの世界に行っている間、エレナ様は入れ替わった六歳の殿下をお世話なさっていたのですよ」
「……世話だと?」
話の流れについていけない私の様子を察したのか、若い魔女は床に座り込んでいた私に手を貸して、椅子に座らせた。
「エレナ様、どうやらライオネル殿下がお戻りになられたようです。とりあえず、心だけ」
「心だけ? では、体は六歳の殿下だけど、中身は二十歳の殿下ということ?」
「そうです! 時の魔法はとても難しいですから、完璧にはできないことがあります。体と心が同時に戻ってこられれば良かったのですが」
「そんな……! では、殿下は一生このまま?」
「引継ぎ書を見ますね。きっと大丈夫……だと思います」
「なんと曖昧ですこと」
にこやかなのは若い魔女だけで、チビ殿下は顔を真っ赤にして不機嫌そうだ。
引き継ぎ書を確認するために、魔女はもう一度小屋の奥の部屋に戻り、その場には私と殿下だけが残される。
「ライオネル殿下。時の魔法を使って、何をしに行かれたのですか?」
「君は知らなくていいことだ」
なるほど。先ほどまで私のことをお前と呼んでいたのに、今は君と呼んでいるのを見るに、二十歳の殿下の心だけが先に戻ってきたというのは事実のようだ。
そして、二十歳の殿下は、時の魔法を使った理由を私に説明するつもりはないらしい。
「私のような出来損ないの婚約者では、殿下のお力にはなれませんものね。無理に説明して欲しいとは申しませんわ」
「この体は、どうしたら戻るんだ」
「魔女が引き継ぎ書を確認しておりますから、慌てずお待ちください」
「しかし、週明けには私たちの結婚の準備が……」
「いっそ私はこのままでもよろしいですよ。私のような者と結婚するより、六歳の殿下に年齢の釣り合う方と婚約なさったらいかがでしょう?」
不機嫌なライオネル殿下に向けて、私の口から次々と思ってもみない嫌味が飛び出してくる。
「なぜ君はいつも、そう可愛げのないことをいうんだ」
「可愛げがなく申し訳ございません。殿下こそ、六歳の頃の方がお可愛らしかったですよ。お昼寝中にヨダレを垂らして、ほら、私のドレスが殿下のヨダレで汚れております」
「……っ、君が勝手に六歳の私を抱っこしたからだろう!? そもそも私という婚約者がありながら、いくら子供とはいえあんな近くで抱きかかえるなど……!」
「あら、私が抱っこしていたのは、殿下ご本人ですわよ」
「それはそうだが……」
言い争いをする私たちの側で、部屋に戻ってきた若い魔女があたふたとしている。しかし、私にはもうそんなことはどうでも良かった。
私たちが犬猿の仲であるということは誰でも知っている公然の秘密であり、今更私たちの喧嘩を人に見られたところで何も変わらない。
それに、幼いライオネル殿下に私のガリ勉姿を見られ、長年被ってきた「未来の王太子妃」という仮面にひびが入ったような気がしたのだ。
(もう、自分を偽って無理して生きるのは嫌)
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