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第2章 後宮
第19話 約束を守る理由② ※永翔視点
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(まあ、楽しみにされても困るだけだが。明凛は、曹侯遠を官職復帰させるために利用している駒にすぎないのだから――)
私は突っ伏したまま鼻をすすり、もう一度顔を上げて商儀を見る。
「おい、母上の除名の件はどうなってる?」
「青龍国の古参官僚たちが何とかくい止めていますよ。ただ、『楊淑妃様は皇太后様を階段から突き落としていない!』っていう、何らかの証拠を出せないと辛いですね」
「十五年も前の証拠か。当時その場を見たと言う妃も既に亡くなっているのに、どうしろと」
「その時の目撃者は陶美人様ですね、清翠殿の。楊淑妃様が皇太后様を突き飛ばしたところを見たと証言した数年後に亡くなっています」
眉間に皺を寄せた私の前に、商儀が立ち上がって両手を付いた。
この姿勢で話しかけてくる時は大概面倒な話の始まりだ。
「陛下! 陛下の成人を祝う冠礼の儀が終わるまでは、この国の最高権力者は皇太后様です。最終的には皇太后様の決定には逆らえません。早く手を打ちませんと」
「分かっている。しかし、何かの糸口がないと……」
「楊淑妃様の無実の証拠は、私も何とかして調査を続けます。それよりも、陛下がまずやらなければいけないことがありますよね?」
長几に置いた手が、少しずつ私に近付く。商儀のむさくるしい顔までが迫ってくるのに合わせ、私は体をうしろに反らして仰け反った。
「陛下! まだ分かりませんか? 跡継ぎですよ、跡継ぎ!」
「はぁ? それとこれと何の関係があるんだ?」
「初代青龍帝の血を引く正統な後継者である陛下に跡継ぎの皇子がお生まれになれば、国を挙げての大騒ぎ。青龍国全土が陛下に注目します! 皇太后様の影も一気に薄れますよ」
商儀はことある度に跡継ぎ跡継ぎと急かすが、元々私は後宮にほとんど足を踏み入れたこともなかった。
最近になり明凛の馨佳殿を訪れてはいるが、明凛に手を出せないのはそもそもこの男のせいである。
跡継ぎなど、土台無理な話だ。
「陛下、もしかして侯遠殿とのお約束を律儀に守ろうとしてます?」
「律儀に守る以外に、何か選択肢があるのか?」
「逆に、明凛様を遠ざける必要なんてあります? もし明凛様がご懐妊なされば、きっと侯遠殿も万々歳です。既成事実あるのみですよ、陛下!」
「既成事実……」
悪気なくはしゃぐ側近を目の前にして、逆に心がちくちくと痛みで締め付けられた。
商儀は知らないのだろうが、私には侯遠との約束を絶対に違えることができない理由がある。
何も言わない私の様子を心配したのか、商儀は遠慮がちに尋ねて来た。
「陛下、どうなさいましたか?」
「……いや、すまない。実は、私は侯遠との約束を反故にするわけにはいかないのだ」
「何故でございましょう? 皇帝陛下のご命令であれば、侯遠殿も何も言えないと思いますが」
「私は侯遠に負い目がある」
夕餉の時刻はとっくに過ぎている。
円窓から見る空は漆黒に包まれ、窓に張られた玻璃が風でカタカタと鳴った。
不思議そうに顔を覗き込んでくる商儀に、私は小さくつぶやく。
「――曹侯遠の一人娘を、私が殺したからだ」
私は突っ伏したまま鼻をすすり、もう一度顔を上げて商儀を見る。
「おい、母上の除名の件はどうなってる?」
「青龍国の古参官僚たちが何とかくい止めていますよ。ただ、『楊淑妃様は皇太后様を階段から突き落としていない!』っていう、何らかの証拠を出せないと辛いですね」
「十五年も前の証拠か。当時その場を見たと言う妃も既に亡くなっているのに、どうしろと」
「その時の目撃者は陶美人様ですね、清翠殿の。楊淑妃様が皇太后様を突き飛ばしたところを見たと証言した数年後に亡くなっています」
眉間に皺を寄せた私の前に、商儀が立ち上がって両手を付いた。
この姿勢で話しかけてくる時は大概面倒な話の始まりだ。
「陛下! 陛下の成人を祝う冠礼の儀が終わるまでは、この国の最高権力者は皇太后様です。最終的には皇太后様の決定には逆らえません。早く手を打ちませんと」
「分かっている。しかし、何かの糸口がないと……」
「楊淑妃様の無実の証拠は、私も何とかして調査を続けます。それよりも、陛下がまずやらなければいけないことがありますよね?」
長几に置いた手が、少しずつ私に近付く。商儀のむさくるしい顔までが迫ってくるのに合わせ、私は体をうしろに反らして仰け反った。
「陛下! まだ分かりませんか? 跡継ぎですよ、跡継ぎ!」
「はぁ? それとこれと何の関係があるんだ?」
「初代青龍帝の血を引く正統な後継者である陛下に跡継ぎの皇子がお生まれになれば、国を挙げての大騒ぎ。青龍国全土が陛下に注目します! 皇太后様の影も一気に薄れますよ」
商儀はことある度に跡継ぎ跡継ぎと急かすが、元々私は後宮にほとんど足を踏み入れたこともなかった。
最近になり明凛の馨佳殿を訪れてはいるが、明凛に手を出せないのはそもそもこの男のせいである。
跡継ぎなど、土台無理な話だ。
「陛下、もしかして侯遠殿とのお約束を律儀に守ろうとしてます?」
「律儀に守る以外に、何か選択肢があるのか?」
「逆に、明凛様を遠ざける必要なんてあります? もし明凛様がご懐妊なされば、きっと侯遠殿も万々歳です。既成事実あるのみですよ、陛下!」
「既成事実……」
悪気なくはしゃぐ側近を目の前にして、逆に心がちくちくと痛みで締め付けられた。
商儀は知らないのだろうが、私には侯遠との約束を絶対に違えることができない理由がある。
何も言わない私の様子を心配したのか、商儀は遠慮がちに尋ねて来た。
「陛下、どうなさいましたか?」
「……いや、すまない。実は、私は侯遠との約束を反故にするわけにはいかないのだ」
「何故でございましょう? 皇帝陛下のご命令であれば、侯遠殿も何も言えないと思いますが」
「私は侯遠に負い目がある」
夕餉の時刻はとっくに過ぎている。
円窓から見る空は漆黒に包まれ、窓に張られた玻璃が風でカタカタと鳴った。
不思議そうに顔を覗き込んでくる商儀に、私は小さくつぶやく。
「――曹侯遠の一人娘を、私が殺したからだ」
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