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第5章 青龍
第42話 青龍の力 ※永翔視点
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「……陛下」
「……」
「陛下! 起きてください……! お願いします!」
「…………うっ……」
「失礼なことは重々承知しておりますが、申し訳ありません! ごめんなさい!」
遥か向こうで誰かの声が聞こえた。
徐々に意識を取り戻し、私が目を開こうとした瞬間、
(バシャッ!)
「……うわぁぁっ! 何だ!? また川に落ちたのか!?」
顔面に勢いよく水をかけられ、私は焦って飛び起きた。
すぐ傍には、明凛の侍女の子琴。
桶を持ったまま、私の横で泣きそうな顔をしている。
「陛下! 目を覚まされたのですね! 水をかけたのは私ですぅっ! 本当に本当に申し訳ありません!」
桶をその辺にぶん投げて、侍女は床に額をガンガンとぶつけながら謝っている。どうやら眠った私を起こすために、桶で水をかけたらしい。
濡れた顔に張り付いた髪を避けながら、何故こんな状況になっているのか必死で記憶を呼び起こした。
(そうだ、手紙……!)
懐に手をやると、先ほど明凛が突っ込んだ手紙がまだそこにあった。取り出してみるが、幸い殆ど濡れてはいない。差出人の名前も滲むことなくはっきりと読める。
そこには宛先の蔡雨月の名と、差出人の名が記されていた。
「蔡妃からの手紙……? どういうことだ。蔡妃には近寄るなと言っておいたはずだ。子琴、明凛はどこへ?」
「明凛様は、清翠殿にお一人で行かれました」
「何だと? 清翠殿は危険だと分かったばかりじゃないか! なぜだ?」
清翠殿の周りには、呪術が施されていたはずだ。
明凛はその呪術による毒が原因で倒れ、それを浄化するのに七日も眠り続けた。
明凛が毒を受けて浄化したことで、清翠殿の呪術も多少は弱まっているかもしれない。しかし、危険であることには変わりがないのだ。
「なぜ清翠殿に向かわれたのか私にも分からないのです。付いて来るなと言われたのですがどうしても気になって、私もこっそり後を追いました。でも明凛様のお姿はどこにもなくて。もしかしたら、中に入って行かれたのかもしれないと思って……」
「清翠殿の中へ!?」
「それも分からないんです。私もあそこには近付けず、それで陛下を呼びに戻ったんです。しかも後宮の中には誰も人がいなくて」
酒のせいで、なぜかズキズキと左のこめかみと左腕が痛む。しかし私は痛みを振り払うように立ち上がって房を飛び出した。
後から付いて来た子琴が私を呼ぶ声ではっと我に返ると、ふと手紙の存在を思い出して子琴の元に走って戻る。
「子琴! すまん、今すぐ後宮から出て商儀を呼んで来てくれないか」
「えっ!? でも、商儀様は後宮には入れないのでは……?」
「私の命令だと言えば良い。この佩玉を持って行け。それと、商儀にこの手紙を渡してくれ。青龍殿の私の長几にしまっておくようにと」
「そっ、そんないっぱいご指示を……! 覚えられるかな……と、とりあえず分かりました、ちゃんと覚えて行って参ります!」
少々頼りないが、今は子琴に頼むしかない。
私は佩玉と手紙を子琴に押し付けると、もう一度清翠殿に向かって走り始めた。
幼い頃、母を病で亡くした。
私の存在がなければ、母は皇太后に目を付けられることもなく、独りで寂しい旅立ちをしなくて済んだはずだ。
そして、私は友である曹琥珀も死なせてしまった。
私が軽々しく祭りに行こうなどと誘わなければ、琥珀が私を守って犠牲になることもなかった。
自分のために誰かを失うのはもうまっぴらで、誰かを犠牲にするくらいなら自分が死んでも構わないと思っていた。
毒見も拒み、いつ死んでもいいように他人との関わりも極力避けた。
皇帝の血に代々引き継がれるという青龍の力が未だに出現していないのも、そんな私を青龍が見放したからだろう。それもあり、自分が皇帝たるに値する人間だとも思えなかった。
(明凛のことも、ここまで巻き込むつもりはなかったのに――)
曹侯遠を官職に戻すため、彼女を利用させてもらおうと思っていた。
しかし彼女の花鈿に癒され、自分を大切にするように諭される度に、私もここで生きていていいのかもしれないと思えるようになった。
そんな彼女を大切にしたいのに、後宮に置いていては巻き込んでしまう。しかし私がもたもたしている間に、明凛も清翠殿に何かが隠されていると気が付いてしまったのだろう。
(守るために後宮から出そうと思っていたのに、まさか私を眠らせて勝手に一人で清翠殿に行くとは……! 間に合ってくれ)
弱いくせに明凛に何度も酒を飲まされたせいか、先ほどから妙に痛む左半身が、熱を帯びて熱くなっている。左腕を押さえて走り続けたが、途中でどうにもならず蹲った。
身体の中から何か熱いものが込み上げる。そしてその力が全て左腕に集まっていくような感覚に襲われた。
雨が降り始め、遠くで雷が鳴り始める。
夜空には気味の悪い雲が蠢いていた。
「……」
「陛下! 起きてください……! お願いします!」
「…………うっ……」
「失礼なことは重々承知しておりますが、申し訳ありません! ごめんなさい!」
遥か向こうで誰かの声が聞こえた。
徐々に意識を取り戻し、私が目を開こうとした瞬間、
(バシャッ!)
「……うわぁぁっ! 何だ!? また川に落ちたのか!?」
顔面に勢いよく水をかけられ、私は焦って飛び起きた。
すぐ傍には、明凛の侍女の子琴。
桶を持ったまま、私の横で泣きそうな顔をしている。
「陛下! 目を覚まされたのですね! 水をかけたのは私ですぅっ! 本当に本当に申し訳ありません!」
桶をその辺にぶん投げて、侍女は床に額をガンガンとぶつけながら謝っている。どうやら眠った私を起こすために、桶で水をかけたらしい。
濡れた顔に張り付いた髪を避けながら、何故こんな状況になっているのか必死で記憶を呼び起こした。
(そうだ、手紙……!)
懐に手をやると、先ほど明凛が突っ込んだ手紙がまだそこにあった。取り出してみるが、幸い殆ど濡れてはいない。差出人の名前も滲むことなくはっきりと読める。
そこには宛先の蔡雨月の名と、差出人の名が記されていた。
「蔡妃からの手紙……? どういうことだ。蔡妃には近寄るなと言っておいたはずだ。子琴、明凛はどこへ?」
「明凛様は、清翠殿にお一人で行かれました」
「何だと? 清翠殿は危険だと分かったばかりじゃないか! なぜだ?」
清翠殿の周りには、呪術が施されていたはずだ。
明凛はその呪術による毒が原因で倒れ、それを浄化するのに七日も眠り続けた。
明凛が毒を受けて浄化したことで、清翠殿の呪術も多少は弱まっているかもしれない。しかし、危険であることには変わりがないのだ。
「なぜ清翠殿に向かわれたのか私にも分からないのです。付いて来るなと言われたのですがどうしても気になって、私もこっそり後を追いました。でも明凛様のお姿はどこにもなくて。もしかしたら、中に入って行かれたのかもしれないと思って……」
「清翠殿の中へ!?」
「それも分からないんです。私もあそこには近付けず、それで陛下を呼びに戻ったんです。しかも後宮の中には誰も人がいなくて」
酒のせいで、なぜかズキズキと左のこめかみと左腕が痛む。しかし私は痛みを振り払うように立ち上がって房を飛び出した。
後から付いて来た子琴が私を呼ぶ声ではっと我に返ると、ふと手紙の存在を思い出して子琴の元に走って戻る。
「子琴! すまん、今すぐ後宮から出て商儀を呼んで来てくれないか」
「えっ!? でも、商儀様は後宮には入れないのでは……?」
「私の命令だと言えば良い。この佩玉を持って行け。それと、商儀にこの手紙を渡してくれ。青龍殿の私の長几にしまっておくようにと」
「そっ、そんないっぱいご指示を……! 覚えられるかな……と、とりあえず分かりました、ちゃんと覚えて行って参ります!」
少々頼りないが、今は子琴に頼むしかない。
私は佩玉と手紙を子琴に押し付けると、もう一度清翠殿に向かって走り始めた。
幼い頃、母を病で亡くした。
私の存在がなければ、母は皇太后に目を付けられることもなく、独りで寂しい旅立ちをしなくて済んだはずだ。
そして、私は友である曹琥珀も死なせてしまった。
私が軽々しく祭りに行こうなどと誘わなければ、琥珀が私を守って犠牲になることもなかった。
自分のために誰かを失うのはもうまっぴらで、誰かを犠牲にするくらいなら自分が死んでも構わないと思っていた。
毒見も拒み、いつ死んでもいいように他人との関わりも極力避けた。
皇帝の血に代々引き継がれるという青龍の力が未だに出現していないのも、そんな私を青龍が見放したからだろう。それもあり、自分が皇帝たるに値する人間だとも思えなかった。
(明凛のことも、ここまで巻き込むつもりはなかったのに――)
曹侯遠を官職に戻すため、彼女を利用させてもらおうと思っていた。
しかし彼女の花鈿に癒され、自分を大切にするように諭される度に、私もここで生きていていいのかもしれないと思えるようになった。
そんな彼女を大切にしたいのに、後宮に置いていては巻き込んでしまう。しかし私がもたもたしている間に、明凛も清翠殿に何かが隠されていると気が付いてしまったのだろう。
(守るために後宮から出そうと思っていたのに、まさか私を眠らせて勝手に一人で清翠殿に行くとは……! 間に合ってくれ)
弱いくせに明凛に何度も酒を飲まされたせいか、先ほどから妙に痛む左半身が、熱を帯びて熱くなっている。左腕を押さえて走り続けたが、途中でどうにもならず蹲った。
身体の中から何か熱いものが込み上げる。そしてその力が全て左腕に集まっていくような感覚に襲われた。
雨が降り始め、遠くで雷が鳴り始める。
夜空には気味の悪い雲が蠢いていた。
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