夏の夜、騎士は幽霊に恋をする

秦朱音|はたあかね

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第1話 幽霊とお茶を(アベルside)

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 オルタナの森の奥、湖のほとりに、一軒のあばら家がある。

 日が落ちると闇に包まれるはずの森の中で、その家だけはなぜかぼんやりとサファイヤのような青白い光に包まれているという。
 まるで誰かがそこで生活でもしているように、家の側には野菜を植えた畑があり、屋根からは時々煙が上がっている。
 しかしその家に近付いても、実際には誰もいない。
 
 ――あの家には、幽霊が住んでいるんだよ。

 いつしかそんな噂が広まった。幽霊を一目拝んでやろうと面白がったオルタナ騎士団の中には、勇敢さを競うため、わざわざ夜になってオルタナの森に入る者もいた。
 しかしそうやってあばら家に近付く者が増えるようになると、状況は一変する。

 誰もいないはずのあばら家から、突然大量の石が飛んで来たり、家の側の木の上から水が降って来たりするようになったのだ。
 石をぶつけられたり水をかけられた者たちは、怯えて飛んで帰って来る者が大半。実際に幽霊と対面できた者は誰一人いなかった。

 大切なことだから、もう一度言おう。
 、幽霊に対面した者はいなかったのだ。

 ……今の今までは。

 誰か、俺に説明してほしい。
 家に近付くことすらできない、幽霊の姿を見た者はいない。そう聞いていたはずなのに。


(なぜ今俺は、幽霊と共にテーブルに着いて、ゆっくりお茶を飲んでいるんだ?)


「そのお茶はいかがですか? 私の手作りですし、味見もできないので、ちょっと自信がなくて」
「え? お茶? ああ……美味しい、美味しいです」
「本当? 良かった!」

 全身を青白い光に包まれたその幽霊は、人間で言うならば二十歳くらいの女性だ。
 腰まであろうかという長い金色の髪に、サファイアのような深い青の瞳。色白の肌は、体を包む光のせいか、青白く透明感に溢れている。

 お茶が美味しいと言っただけで花が咲いたように笑い、頬をほんのりと赤く染めて喜んでいる。

「私は、ジゼルと言います。貴方のお名前を伺っても?」
「……アベル・クラウザーです」
「アベル様。念のための確認ですが、私の姿が見えますか?」
「はい、見えます」
「こっちの手も? 指も? 髪の毛も?」
「ええ。指先も爪も。金の長い髪も全て見えていますが……」

 さっきまで笑顔だったと言うのに、今度はポロポロと涙を流して泣き始めた。この幽霊が何を考えているのかはさておき、俺は自分のミッションを遂行しなければならない。

 俺のやるべきことは、退なのだ。




 初めは馬鹿馬鹿しいと思っていた。
 幽霊見たさに森に入ったら、石を投げられてケガをしたとか。水をかけられて慌てて逃げたとか。

(そんな作り話、誰が信じる?)

 幽霊なんておとぎ話にしか出て来ない架空の存在だ。大の大人が「幽霊が出た」などと騒ぐ姿を見て、俺は鼻で笑っていた。

 しかしそんな気持ちも、騎士団長の一言で吹っ飛んだ。

『この地方に伝わる昔話があってな。幽霊の核はそれはそれは美しい宝石でできているらしい。その宝石で作った指輪でプロポーズをすると、必ず相手に想いが通じるらしいぞ』

 その話を聞いてオルタナ騎士団の若い騎士たちが一斉に思い浮かべたのは、ある一人の女性。
 騎士団長の一人娘、ヘレナ嬢のことだ。

 今年で十八歳になるヘレナ嬢は、俺たちオルタナ騎士団の憧れの的。多くの騎士たちが彼女に婚約を申し込んだが、ことごとくフラれている。
 そして何を隠そうこの俺も、そんなヘレナ嬢に恋心を抱く一人なのだ。

『幽霊の核を取ってこられるほどの勇敢な騎士なら、うちのヘレナをくれてやってもいい』

 騎士団長の言葉を信じて、何人もの騎士がオルタナの森に入った。
 そして全員そろってあばら家の幽霊に撃退され、ケガをして戻ってきたのだった。

 本当に幽霊がいるのだろうか。
 自分の核を奪いに来た者を住処から遠ざけるために、攻撃して来ているのだろうか。俺は幽霊の存在に半信半疑のまま、とある夏の日の夜に森に足を踏み入れたのだった。
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