夏の夜、騎士は幽霊に恋をする

秦朱音|はたあかね

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第8話 呪いは解けるはず(アベルside)

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 ちょうどいいタイミングで休日をもらえた。

 朝方に騎士団寮に戻って少し仮眠を取ってから、オルタナ中央文書館へ向かう。ここには古文書などの歴史的資料から最新の小説や新聞まで、オルタナ中の書物という書物が全て揃っている。
 おとぎ話に出てくる幽霊の話や、その時代に関連しそうな資料を山ほど抱え、俺は文書館の閲覧室に篭ることにした。

 夕方まで必死に資料を読み込み、幽霊というキーワードに引っかかる書物には片っ端から目を通す。
 しかし、幽霊なんてものを扱った公文書はもちろんないし、ヒントになるような書物も見つからない。結局役に立ちそうなのは、幽霊の出てくるおとぎ話だけだった。悪い魔女に呪いをかけられて、幽霊にされたお姫さまのお話だ。

 例えおとぎ話であっても、俺はその資料にすがるしかない。夜会の時間も刻々と近付いて時間がほとんどない中、俺はそのおとぎ話の本を開いた。

『――――お姫さまは魔女の呪いによって、幽霊に変えられてしまったのでした。その呪いを解く方法はひとつだけ。運命の人と出会い、愛し合い、こころをその人に捧げること。お姫さまは塔に閉じ込められたまま数百年の間、ずっと運命の人が助けに来てくれるのを待っていました』


「幽霊のこころ……。幽霊のこころは、宝石でできている……」

 絵本に書いてあることと、これまでジゼルとの会話で出て来たことが、頭の中でぐるぐると回る。

こころを運命の人に捧げると、呪いが解ける』
『アベル様、幽霊のこころは、宝石でできているんですよ!』
『私のこころを貴方に捧げます』

 本を閉じ、そのまま目を閉じる。

 もし、ジゼルが幽霊になった理由がこのおとぎ話のように魔女の呪いだったとしたら?
 彼女のサファイアを運命の人に捧げれば、人間に戻れるんじゃないだろうか。鏡を見て君を消滅させなくても、君が生まれ変わるのを待たなくても、君を救えるんじゃないのか?

「……アベル様。何をなさってるの? もう時間です。お迎えに来ましたわ」
「ヘレナ、どうしてここに」
「調べ物をしたいと仰ってたでしょ。それならきっとここだと思ったのです。さあ、行きましょう。貴方の服も準備しましたわ。控室で着替えて下さいませ」


 このヘレナという女性も、不思議な人だ。
 確かに他の大多数の騎士たちと同じく、俺も以前はヘレナに憧れていた。騎士団に差し入れに来てくれたり、実戦演習を応援してくれたりするヘレナの存在は、男ばかりの空間の中での皆の癒しだった。

 そんな彼女に惹かれてはいたが、俺は他の騎士のように彼女に婚約を申し込んだこともなければ、二人きりで話したことだってほとんど無い。
 元々はヘレナのために森に入った俺が、しのごの言う立場ではないことは分かっている。ただ、彼女がいつの間に俺のことを気に入っていたのかも見当がつかないし、こうして夜会のエスコートまで頼まれるほどの関係性ではなかったはずだ。

 何かが心に引っかかりながらも、これを乗り越えさえすれば俺とのことは水に流してくれると言う彼女の言葉を信じるしかなかった。夜会が終われば、その足でジゼルの元に向かおう。ジゼルともう一度、ゆっくり話したい。





 夜会が行われる公爵家の控室を借りて着替えを終え、お喋りに花を咲かせているご令嬢たちのドレスの間を縫って、ヘレナの元に向かう。

「ねえ、ヘレナ様ったら、またあんな派手なネックレスを付けているわよ」
「あの方、宝石大好きだからね」

 扇子で口を隠しながら、若いご令嬢たちがヘレナの噂話をしていた。

「そう言えば、アーヴィン・キーガン様ってご存知? ヘレナ様に熱を上げている方なんだけど、どうやら幽霊のこころを手に入れられる方法を見つけたそうよ。ヘレナ様がおねだりして、オルタナの森に取りに行かせたらしいわ」
「まあ……それをまた夜会で見せびらかすのね。そう言えば、今日はキーガン様がいらっしゃらないと思ったわ。きっと別の方がヘレナ様をエスコートなさるのね」

 アーヴィン・キーガンがオルタナの森に向かっただと?
 幽霊のこころを手に入れる方法が分かったとは、どういうことだ?

 俺はふと、早朝のヘレナの言葉を思い出した。


『――私、少し話を聞いてしまったの』


 ヘレナは、俺と団長の話を聞いていた?
 いやしかし俺と団長は、幽霊退治をすぐに止めてもらうように話をしただけだ。

 ジゼルのこころを手に入れることができるのは、彼女の運命の相手だけ。もしくは、彼女の弱点である鏡を見せて、消滅させた時だけだ。

(……まさかアーヴィンは、ジゼルを消滅させようとしているのか?)

 深夜、団長が来るのを待っている間に部屋にあった鏡を見て、俺はもしかして独り言を言わなかったか? ジゼルの弱点は、であると。
 きっとそれをヘレナが部屋の外で立ち聞きしていて、アーヴィン・キーガンに伝えたんだ。そしてアーヴィンが森に行く間俺を引き留めるために、夜会のエスコートを頼んだ。

 それに気付いた瞬間、俺は矢のような速さで夜会会場を飛び出していた。その辺りに繋いであった馬を勝手に借り、オルタナの森に向けて駆け出す。


 根菜を使った手作りのお茶
 湖のほとりで摘んだ小花の冠
 刺繍で飾ったライトブルーのドレス
 カップの中で花ひらくお茶
 サファイヤの心
 頬を染めて恥じらうように微笑む顔

 この一か月、ジゼルと共に過ごした日々がぐるぐると頭の中を回る。
 せっかく君を救える方法が分かったかもしれないのに。

(間に合え……!)

 生ぬるい夏の夜の空気を縫って、俺は一心不乱に森に向かって馬を走らせた。
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