5 / 23
5歳 カルペ・ディエムを繰り返して
5
しおりを挟む
「わたしと、アイテールくんは……おともだち……だからけいごもいらない。名前もしたしげに呼ぶ……。これならもんだいはない……よね?」
「お、おともだち……」
問題ならある。大ありだ。身分差の友情は確かに物語では幾度となく書かれてきた物だが、こうして現実で成立するかと言うと――、
何と答えようかとアイテールが考え込んでいると、コンコンとノックの音が響いた。
「アイテール様、ティア様。イベリス様と旦那様がお見えです」
「……ちょうどいい。どうぞ」
「あの、クリスさま? ちょうどいいとは、」
「失礼。アイテールくん、この度は大変すまなかった」
アイテールの声を遮るように声をかけてきたのは、レシュノルティア公爵様だ。クリスティアと同じ銀髪に、冷たい蒼の瞳。冷たい印象を受けるほど整った顔立ちも変わらない。数刻程前屋敷に訪れた時に顔を合わせたが、冷徹で感情がないのだろうと噂されているほどの鋭い瞳に見つめられると、どうしても萎縮してしまう。現にすまなかったと言っているにも関わらず、表情は全く動いていない。
その斜め後ろに、アイテールの父親がいた。硬めのくすんだ金髪に、オレンジの瞳。普段は動きやすい簡素な格好をしているが、今はその恵まれた体格を他所行きの小綺麗な礼服に押し込んでいる。全くもって似合わない。ちなみにアイテールの髪色と髪質は母親譲りだ。
「……アイテール、まさか木から落ちるとはなぁ。ぶふっ、イベリスの三男として日々鍛錬を重ねてるのに、女の子と木登り対決で、ぐっ、ま、負け……」
「……おとうさま……」
公爵様の前だというのに笑いを堪えきれていない父親を、アイテールは冷めた目で制した。
……だが、彼が笑いを堪えきれないのも無理はない。
イベリス家は、数代前から国境近くの北の領地を任されている。一年中寒さが厳しく、作物の育ちが悪い。その上国境付近の為、大から小までまで常にいざこざが絶えない。密入国者の対応に当主自らが赴くことも少なくはなく、イベリス家は爵位を持っている貴族にも関わらず、皆武術に長けている。アイテールもそんな一家の三男として、初めて歩いたその日から剣術の訓練を始めた。歳の離れた兄姉と共に鍛えることもあり、同年代の貴族の誰よりも努力をしていると思っていた。
……それなのに、女の子と木登り対決で負けた上、無様にも木から落ちたのだ。父親の堪えきれない含み笑いも理解できる。落ちたのが自分ではなかったらアイテールも腹を抱えて大笑いしていただろう。
「おにいさまとおねえさまに何と言われるか……はぁ……」
この場にはいないが、一緒にレシュノルティアの屋敷へ赴いた兄と姉の姿を思い浮かべさらに深くため息をつく。一体何年間笑い話として語り継がれるのか、想像しただけで恐ろしい。
「……コホン。アイテールくん。君の領地の薬草があれば大事には至らないと思うが、お大事にな」
「は、はい。おきづかいありがとうございます。お部屋と光魔法の方も……ありがとうございました」
ベッドから起き上がり頭を下げようとするアイテールを、レシュノルティア公爵は手で制した。
「いや、構わない。上質な薬草を届けてくれた上、怪我までさせたんだ。頭を下げるのはこちらの方だ」
北の不作な領地だが、唯一力を入れている作物が薬草だ。凍える気候と冷たい雪の下という厳しい条件を耐え抜き育った薬草はどれも良質で、思いもよらない効果が現れる時もある。今日レシュノルティア公爵に呼ばれたのも薬草のためで、確か生まれつき体が弱いクリスティアの兄の為に買い付けたのだったか。
「トファー……、息子も薬草を飲んですぐに顔色が良くなった。本当に感謝している」
レシュノルティア公爵の目元が少し緩み、おやとアイテールは感心した。冷酷非道な仕事人間だと思っていたが、血を分けた実の子供の事はやはり大切に思っているのだろうか。
「……そうだ、おとうさま」
「ん? どうした、ティア」
……忘れていた。
クリスティアがウキウキとした表情でレシュノルティア公爵に話しかけるのを、アイテールは冷や汗を垂らしながら止める。
「あ、あの……!」
「わたし、アイテ……ううん、アイと……おともだちになった」
間に合わなかった。
「れ、レシュノルティアこうしゃくさま、これは、ちが、」
「……違う?」
ギラリと、蒼い瞳が鋭く光りこちらを睨みつけた。部屋の温度が10度は下がっているに違いない。
「え、えっと……」
「ティアがお友達と言っているが、アイテールくんは……違うのか?」
「ち、ちが」
「違うのか?」
5歳の子供に向けるものではない冷たい視線を受け、アイテールは助けてくれと父親へ目線を向けた。口を抑えて震えている。おそらく――いや、確実に笑っている。助けてくれる気配はない。
こうなってしまったらもう、アイテールが出せる言葉は一つしかなかった。
「お、おともだち、です……」
……負けてしまった。アイテールは引き攣る笑顔を浮かべながら心の中で涙を浮かべる。あまりにも恐ろしすぎて負けてしまった。レシュノルティア公爵は実の娘達にも冷酷非道に接している、と噂を流した人間は一体誰だ。あまりにも、ベタベタに、甘いではないか。
「アイ。わたしと、アイは、おともだち」
「はい、クリスさま……おともだちです……」
「さまはいらない」
「はい、クリス……」
「けいごも、いらない」
「…………分かった、クリス……。これからよろしく……」
キラキラと目を光らせるクリスティアと、涙を浮かべるアイテール。娘にはじめての友人ができ冷酷な仮面の下で嬉し泣きを浮かべるレシュノルティア公爵と、ついに堪えきれなくなり腹を抱えて大笑いをするイベリス男爵。
神様仏様……。どうかお願いですので、助けてください……。
アイテールはこの世界と記憶の中のもう一人の神に、助けを求めた。
「お、おともだち……」
問題ならある。大ありだ。身分差の友情は確かに物語では幾度となく書かれてきた物だが、こうして現実で成立するかと言うと――、
何と答えようかとアイテールが考え込んでいると、コンコンとノックの音が響いた。
「アイテール様、ティア様。イベリス様と旦那様がお見えです」
「……ちょうどいい。どうぞ」
「あの、クリスさま? ちょうどいいとは、」
「失礼。アイテールくん、この度は大変すまなかった」
アイテールの声を遮るように声をかけてきたのは、レシュノルティア公爵様だ。クリスティアと同じ銀髪に、冷たい蒼の瞳。冷たい印象を受けるほど整った顔立ちも変わらない。数刻程前屋敷に訪れた時に顔を合わせたが、冷徹で感情がないのだろうと噂されているほどの鋭い瞳に見つめられると、どうしても萎縮してしまう。現にすまなかったと言っているにも関わらず、表情は全く動いていない。
その斜め後ろに、アイテールの父親がいた。硬めのくすんだ金髪に、オレンジの瞳。普段は動きやすい簡素な格好をしているが、今はその恵まれた体格を他所行きの小綺麗な礼服に押し込んでいる。全くもって似合わない。ちなみにアイテールの髪色と髪質は母親譲りだ。
「……アイテール、まさか木から落ちるとはなぁ。ぶふっ、イベリスの三男として日々鍛錬を重ねてるのに、女の子と木登り対決で、ぐっ、ま、負け……」
「……おとうさま……」
公爵様の前だというのに笑いを堪えきれていない父親を、アイテールは冷めた目で制した。
……だが、彼が笑いを堪えきれないのも無理はない。
イベリス家は、数代前から国境近くの北の領地を任されている。一年中寒さが厳しく、作物の育ちが悪い。その上国境付近の為、大から小までまで常にいざこざが絶えない。密入国者の対応に当主自らが赴くことも少なくはなく、イベリス家は爵位を持っている貴族にも関わらず、皆武術に長けている。アイテールもそんな一家の三男として、初めて歩いたその日から剣術の訓練を始めた。歳の離れた兄姉と共に鍛えることもあり、同年代の貴族の誰よりも努力をしていると思っていた。
……それなのに、女の子と木登り対決で負けた上、無様にも木から落ちたのだ。父親の堪えきれない含み笑いも理解できる。落ちたのが自分ではなかったらアイテールも腹を抱えて大笑いしていただろう。
「おにいさまとおねえさまに何と言われるか……はぁ……」
この場にはいないが、一緒にレシュノルティアの屋敷へ赴いた兄と姉の姿を思い浮かべさらに深くため息をつく。一体何年間笑い話として語り継がれるのか、想像しただけで恐ろしい。
「……コホン。アイテールくん。君の領地の薬草があれば大事には至らないと思うが、お大事にな」
「は、はい。おきづかいありがとうございます。お部屋と光魔法の方も……ありがとうございました」
ベッドから起き上がり頭を下げようとするアイテールを、レシュノルティア公爵は手で制した。
「いや、構わない。上質な薬草を届けてくれた上、怪我までさせたんだ。頭を下げるのはこちらの方だ」
北の不作な領地だが、唯一力を入れている作物が薬草だ。凍える気候と冷たい雪の下という厳しい条件を耐え抜き育った薬草はどれも良質で、思いもよらない効果が現れる時もある。今日レシュノルティア公爵に呼ばれたのも薬草のためで、確か生まれつき体が弱いクリスティアの兄の為に買い付けたのだったか。
「トファー……、息子も薬草を飲んですぐに顔色が良くなった。本当に感謝している」
レシュノルティア公爵の目元が少し緩み、おやとアイテールは感心した。冷酷非道な仕事人間だと思っていたが、血を分けた実の子供の事はやはり大切に思っているのだろうか。
「……そうだ、おとうさま」
「ん? どうした、ティア」
……忘れていた。
クリスティアがウキウキとした表情でレシュノルティア公爵に話しかけるのを、アイテールは冷や汗を垂らしながら止める。
「あ、あの……!」
「わたし、アイテ……ううん、アイと……おともだちになった」
間に合わなかった。
「れ、レシュノルティアこうしゃくさま、これは、ちが、」
「……違う?」
ギラリと、蒼い瞳が鋭く光りこちらを睨みつけた。部屋の温度が10度は下がっているに違いない。
「え、えっと……」
「ティアがお友達と言っているが、アイテールくんは……違うのか?」
「ち、ちが」
「違うのか?」
5歳の子供に向けるものではない冷たい視線を受け、アイテールは助けてくれと父親へ目線を向けた。口を抑えて震えている。おそらく――いや、確実に笑っている。助けてくれる気配はない。
こうなってしまったらもう、アイテールが出せる言葉は一つしかなかった。
「お、おともだち、です……」
……負けてしまった。アイテールは引き攣る笑顔を浮かべながら心の中で涙を浮かべる。あまりにも恐ろしすぎて負けてしまった。レシュノルティア公爵は実の娘達にも冷酷非道に接している、と噂を流した人間は一体誰だ。あまりにも、ベタベタに、甘いではないか。
「アイ。わたしと、アイは、おともだち」
「はい、クリスさま……おともだちです……」
「さまはいらない」
「はい、クリス……」
「けいごも、いらない」
「…………分かった、クリス……。これからよろしく……」
キラキラと目を光らせるクリスティアと、涙を浮かべるアイテール。娘にはじめての友人ができ冷酷な仮面の下で嬉し泣きを浮かべるレシュノルティア公爵と、ついに堪えきれなくなり腹を抱えて大笑いをするイベリス男爵。
神様仏様……。どうかお願いですので、助けてください……。
アイテールはこの世界と記憶の中のもう一人の神に、助けを求めた。
0
あなたにおすすめの小説
α主人公の友人モブαのはずが、なぜか俺が迫られている。
宵のうさぎ
BL
異世界に転生したと思ったら、オメガバースの世界でした。
しかも、どうやらここは前世の姉ちゃんが読んでいたBL漫画の世界らしい。
漫画の主人公であるハイスぺアルファ・レオンの友人モブアルファ・カイルとして過ごしていたはずなのに、なぜか俺が迫られている。
「カイル、君の為なら僕は全てを捨てられる」
え、後天的Ω?ビッチング!?
「カイル、僕を君のオメガにしてくれ」
この小説は主人公攻め、受けのビッチング(後天的Ω)の要素が含まれていますのでご注意を!
騎士団長子息モブアルファ×原作主人公アルファ(後天的Ωになる)
聞いてた話と何か違う!
きのこのこのこ
BL
春、新しい出会いに胸が高鳴る中、千紘はすべてを思い出した。俺様生徒会長、腹黒副会長、チャラ男会計にワンコな書記、庶務は双子の愉快な生徒会メンバーと送るドキドキな日常――前世で大人気だったBLゲームを。そしてそのゲームの舞台こそ、千紘が今日入学した名門鷹耀学院であった。
生徒会メンバーは変態ばかり!?ゲームには登場しない人気グループ!?
聞いてた話と何か違うんですけど!
※主人公総受けで過激な描写もありますが、固定カプで着地します。
他のサイトにも投稿しています。
不遇聖女様(男)は、国を捨てて闇落ちする覚悟を決めました!
ミクリ21
BL
聖女様(男)は、理不尽な不遇を受けていました。
その不遇は、聖女になった7歳から始まり、現在の15歳まで続きました。
しかし、聖女ラウロはとうとう国を捨てるようです。
何故なら、この世界の成人年齢は15歳だから。
聖女ラウロは、これからは闇落ちをして自由に生きるのだ!!(闇落ちは自称)
悪役令嬢と呼ばれた侯爵家三男は、隣国皇子に愛される
木月月
BL
貴族学園に通う主人公、シリル。ある日、ローズピンクな髪が特徴的な令嬢にいきなりぶつかられ「悪役令嬢」と指を指されたが、シリルはれっきとした男。令嬢ではないため無視していたら、学園のエントランスの踊り場の階段から突き落とされる。骨折や打撲を覚悟してたシリルを抱き抱え助けたのは、隣国からの留学生で同じクラスに居る第2皇子殿下、ルシアン。シリルの家の侯爵家にホームステイしている友人でもある。シリルを突き落とした令嬢は「その人、悪役令嬢です!離れて殿下!」と叫び、ルシアンはシリルを「護るべきものだから、守った」といい始めーー
※この話は小説家になろうにも掲載しています。
30歳まで独身だったので男と結婚することになった
あかべこ
BL
※未完
4年前、酒の席で学生時代からの友人のオリヴァーと「30歳まで独身だったら結婚するか?」と持ちかけた冒険者のエドウィン。そして4年後のオリヴァーの誕生日、エドウィンはその約束の履行を求められてしまう。
キラキラしくて頭いいイケメン貴族×ちょっと薄暗い過去持ち平凡冒険者
拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件
碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。
状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。
「これ…俺、なのか?」
何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。
《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》
────────────
~お知らせ~
※第3話を少し修正しました。
※第5話を少し修正しました。
※第6話を少し修正しました。
※第11話を少し修正しました。
※第19話を少し修正しました。
※第22話を少し修正しました。
※第24話を少し修正しました。
※第25話を少し修正しました。
※第26話を少し修正しました。
※第31話を少し修正しました。
※第32話を少し修正しました。
※第33話を少し修正しました。
────────────
※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!!
※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。
穏やかに生きたい(隠れ)夢魔の俺が、癖強イケメンたちに執着されてます。〜平穏な学園生活はどこにありますか?〜
春凪アラシ
BL
「平穏に生きたい」だけなのに、
癖強イケメンたちが俺を狙ってくるのは、なぜ!?
トラブルを避ける為、夢魔の血を隠して学園生活を送るフレン(2年)。
彼は見た目は天使、でも本人はごく平凡に過ごしたい穏健派。
なのに、登校初日から出会ったのは最凶の邪竜後輩(1年)!?
他にも幼馴染で完璧すぎる優等生騎士(3年)に、不良だけど面倒見のいい悪友ワーウルフ(同級生)まで……なぜか異種族イケメンたちが次々と接近してきて――
運命の2人を繋ぐ「刻印制度」なんて知らない!
恋愛感情もまだわからない!
それでも、騒がしい日々の中で、少しずつ何かが変わっていく。
個性バラバラな異種族イケメンたちに囲まれて、フレンの学園生活は今日も波乱の予感!?
甘くて可笑しい、そして時々執着も見え隠れする
愛され体質な主人公の青春ファンタジー学園BLラブコメディ!
月、水、金、日曜日更新予定!(番外編は更新とは別枠で不定期更新)
基本的にフレン視点、他キャラ視点の話はside〇〇って表記にしてます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる