赤い木の実と一匹狼のジン

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3・赤い実と痛む胸

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 食事を終えた子ウサギを、ジンは優しく、くわえます。子ウサギは少し体を強ばらせたものの、きゅっと目を瞑り、ジンに身を任せました。ジンは出来る限り優しく子ウサギをくわえ、枝をおりていきます。


  子ウサギが次に置かれた場所は、木の根本の池の前。落ちないように、そっと覗き込むと、水面には顔を赤く汚したウサギが映りました。


バシャバシャバシャ
豪快な音を立てて、隣で狼が顔を洗い始めました。それを見た子ウサギも、
バシャバシャバシャ
真似をして顔を洗います。

バシャバシャバシャバシャ
バシャバシャバシャバシャ

池は2匹の汚れを落とした後も変わらず、青い空と木々の緑と、まだらな色の狼と、真っ白な子ウサギをうつしました。狼は体を震わせ、水滴を落としました。子ウサギも同じように水滴を落とそうと体を震わせましたが、長い耳が邪魔をして上手にいきません。
「すごいね、私には出来ないや」
子ウサギは感心して言いました。
「いつもやっているからな」
  素っ気なく言う狼は、少し照れたようです。もたもた毛繕いをする子ウサギをジンは手伝ってやりました。すると、子ウサギは、はにかむように「ありがとう」と言いました。
  ジンは何かくすぐったい気持ちになりました。子ウサギは、ジンが毛繕いをしてくれている間、狼に話しかけます。


「あたしね、狼さんみたいに速く走ること出来ないけどね、小さな狭いところを抜けるのとか、木の実見つけるのは得意なの。みんながね、食べたがってる果物とか、柔らかい草を集めて喜んでもらうのはとても嬉しいわ。みんなに、ありがと、ありがと、って言われて、ママなんて嬉しすぎて泣いちゃうこともあるんだから。悲しんで泣いてるママを見るのは、つらいけど・・喜んでくれるママをみると、とってもくすぐったくて、幸せな気持ちになるの」
 話をしているうちに、ちいさな子ウサギの毛は乾ききりました。子ウサギは、汚れのない元の真っ白い姿をもう一度水面に映して、確認します。



 揺れの収まった水面には、真っ白な子ウサギが一羽映ります。
 子ウサギは自分の姿を見て、ママウサギのことを思い出したようです。
「どうしてそんな顔をするんだ?」
  狼のジンは、コロコロ変わる子ウサギの表情の理由がわかりません。
先ほどまでは、その大きな瞳を輝かせご飯を食べていたかと思うと、耳を動かしながら楽しそうな声を上げ顔を洗っていたはずです。
「狼さんは、ママいないの?」
 ジンは、考えましたが、気づいた時には、ずっと一匹でこの丘にいました。
「ママとパパに会いたいって思ったりしない?」
 子ウサギはママというと、その真っ赤な瞳が、濡れていきます。
「ひとりぼっちって寂しくないの?」
 そういうと、子ウサギはとうとう泣き始めてしまいました。
 
 ジンはこの子ウサギが泣いているとどうしていいかわかりません。なぜ泣いているかも、理由がわからないのです。
 けれど、ジンは、子ウサギを泣き止ませてあげる方法はわかりました。
「夕方になったら、家まで運んでやるよ」
 狼のジンは、言いました。泣いていた子ウサギは、ぴくっと耳を動かし狼を見つめました。涙はぴたっと止まっています。
「夕方になったらな」
 ジンは、子ウサギと改めて約束しました。すると、今まで見たことのないような笑顔で、嬉しそうにしています。それを見た狼も、胸がうきうきします。
「ママはね、真っ白と黒の色で、この木の実のように大きな赤い瞳をしていてね、耳もピンって。とっても綺麗なの。お兄ちゃんは、大きくて足も兄弟の中で一番早いのよ!茶色の毛並みもフカフカで素敵なの」
 
 子ウサギの話は止まることなく、自分の家族から、お友達との遊びに、楽しかったことなどを、ジンに話しました。
 とても楽しそうに、嬉しそうに話すものですから、ジンは真剣に聞き入ります。子ウサギの話はいつも誰かと一緒の楽しい話です。今までずっと一匹だったジンは、そんな思いも経験もしたことのない話ばかりでした。
「苦しいってなんだ?」
「悲しいってなんだ?」
「寂しいってなんだ?」
 子ウサギはジンに聞かれるたびに、自分が悲しいと思ったこと、苦しいと感じたこと、寂しくなったときを話して聞かせました。聞いているとジンの胸の中はあたたかくなり、ドキドキします。



  そうしているうちに、丘の真上にあった明るく白く輝いていた太陽が、いつの間にか恥ずかしそうに、真っ赤に染まってしまった体を、森と谷の間に隠そうとしています。子ウサギと約束した時間です。
  狼は優しく口に子ウサギをくわえました。子ウサギは、もう狼に怯えていません。今まで大切にしていた赤い実を、ぎゅっと抱き、狼にくわえられながら、森を翔ます。ずっと赤い実を抱いていたからでしょう。子ウサギから甘い香りがするように感じます。狼のジンはいい香りだと思いました。
 

 子ウサギに案内されながら、林の前に辿り着きました。狼の縄張りから少し離れたところです。
「ありがと、狼さん。ここがあたしのお家」
 すでに辺りは暗く、狼の鋭く光る二つの目と、白い毛をした子ウサギ以外は何もないように見えます。狼は子ウサギを下ろしてやりました。子ウサギは、怪我をしている足をつけ、何回か飛び回り、歩けるか確認しているかと思うと
「!」
 子ウサギは駆け出しました。
「・・!無事だったのね!」
 子ウサギは、赤い瞳をした、子ウサギよりも大きい白と黒のウサギに抱きつきました。よく見ると、そのウサギは後ろ足を怪我しているようです。子ウサギのママだろうと、ジンは思いました。
「ママ!赤の甘い実!」
  今まで大事に持っていた実を、ママウサギに渡しました。
「ママ、大好きでしょ?」
「まぁ・・ママのために・・」
 ママウサギは、子ウサギよりも、大きな瞳で涙を流しているようです。子ウサギがとても嬉しそうにしているのが、ジンにも伝わってきます。ジンは、子ウサギが言っていた、ママウサギが嬉しくて泣いている姿を近くで見てみたいと思いました。くすぐったくて、暖かい気持ちというのを感じてみたかったのです。

 カサッ

 ジンはそっと、子ウサギたちの方に近づきました。



 『逃げなさい!』

 ママウサギは、反射的に音のした方を見たかと思うと、子ウサギに言いました。ママウサギは、持っていた赤い実を放り、逃げる準備を整えました。ジンは自分の足下に転がってきた赤い実を拾い上げました。ママウサギは、今のうちにというように、子ウサギを押して逃げようとします。
「ママ、まって、まって!この狼さんは・・」
 子ウサギが話すのを遮って、ママウサギは言います。
「早く逃げなさい!この獣は危ないの!」
 ジンの胸は、ずしんと、重くなりました。
 子ウサギは、狼の方に向き直りました。
「でも・・」
 逃げるのを渋る子ウサギに、ママウサギは更に言います。
「あの狼は危ないの!ママだって食べらそうになって、逃げてきたのよ!小さいあなたなんて、ひとたまりもないわ!」
 子ウサギは、大きな瞳をさらに大きく見開いたかと思うと、
「ママを食べようとしたの?」
 つぶやくように、しかし、はっきりと、子ウサギは誰に聞いた訳でもなく言いました。その声は狼のジンが聞くのには十分な大きさでした。
 ジンは体が急に重りをつけられたように動けません。
「はやくしなさい!」
子ウサギは、ママウサギに促されるまま、巣の中に入ってしまいました。
 ジンは、子ウサギの赤い実と一緒に、暗闇に残されてしまいました。体は重く、胸はチクチク針で刺されたように痛んでいます。狼のジンは怪我も無理もしていなかったはずなので、胸の痛む理由がわかりませんでした。

「ゆっくり休んだら、朝にはよくなっているだろう」

 拾った赤い実は、投げられた拍子に少しつぶれてしまっていました。夜は涼しいと言っても、今は夏です。あと半日もしたら、赤い実はつぶれたところから、くさって食べられないことでしょう。
 ジンは赤い実をその場におきました。体をくるっと半回転し、少し重くなった胸を気遣いながら、赤い実のなる、心地のいいあの住処に戻ることにしました。




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