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11 悪妻ユンネの噂は止まらない

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 あれから主人公ラビノアはソマルデさんに差し入れするようになった。
 王太子殿下はどうなったんだろうね?
 確実にソマルデさんが室内勤務していて渡しやすい時に来る主人公。何で時間わかるの?って聞いたら事務局に提出されてる出勤簿を写させてもらったらしい。
 それダメなやつでは?
 差し入れ攻撃を受けているソマルデさんは少しうんざり気味になっている。
 でも六十七歳のソマルデさんも二十歳の子を無碍むげにも出来ず、受け取ってお礼は毎回言っている。
 実は主人公ラビノアの好みは老け専だったのかな?でもソマルデさんならわかる気がする。そこら辺の騎士よりも騎士らしい強さと、気遣いの塊。模擬戦でも負け知らずだしね。

 何回も通ってくるから俺もラビノアと仲良くなってしまった。

「美味しいお茶買って来たから一緒に飲もう~。」

「わぁ、いいんですかぁ!?お手伝いします!」

 一緒に団長執務室の隣にある給湯室に向かう。

「ちっ、ユネを懐柔しましたね。」

「…………本性出すなよ。」

 後ろで団長とソマルデさん二人が何やらコソコソ話している。この二人昔からの知り合いだからか結構仲が良い。
 俺は可愛い美少女主人公とこうやって仲良く喋るのは好きだなぁ。癒される。男の子だけど。いや、こういう場合は男の娘おとこのこと言うんだっけ?

「わぁ、ユネ君お茶淹れるのお上手ですね!」

「そう?ありがとぉ!」

 そう俺は何故かお茶淹れが得意だ。葉の量もお湯の温度も蒸らしもバッチリらしい。ソマルデさんも上手なんだけど、教えなくても既に出来ていると太鼓判を押された。
 記憶にないけど身体がお茶の淹れ方を知っている。
 侯爵夫人ってお茶を淹れれるものなんだろうか。
 
「お疲れ様です。休憩にどうぞ。」

 旦那様の机にカップを置くと、黒い瞳がこちらを向いた。
 元日本人の俺も黒瞳だったけど、日本人の瞳は茶色っぽいのを黒と言っている。
 旦那様の黒い瞳は本当に真っ黒なのだ。陽に透ければ真っ黒な瞳孔も見えるけど、暗い場所では本当に全部真っ黒の瞳になる。
 これはこれでかっこいいと思う。
 今日も旦那様はカッコ綺麗だなぁと視界で堪能していると軽く微笑まれてしまった。
 





「わぁ、黒銀の団長様ってユネ君には笑うんですね!」
 
 ユネとエジエルジーンの様子を見ていたラビノアが、ソマルデにお茶を渡しながら言った。

「ええ、普段はニコリともしませんが。」

「私もここに来るまで笑ったところ見た事ありませんでした。」

「……………。」

 そう、エジエルジーンはユネが自分の妻ユンネだとは知らない。
 ソマルデが連れてきたので少し疑った素振りはあったが、長年の悪妻ユンネの噂が根強すぎて疑惑止まりだ。

 さてさてエジエルジーン・ファバーリア侯爵は辿り着けるでしょうか?
 ソマルデが教えるのは簡単だ。
 だがそれではユンネ様が受けた苦しみはあっさりとユンネ様の優しさによって流されてしまう。
 簡単に許されては困るのだ。
 勿論ユンネ様が幸せになるのが前提にあるが、それは良い形で収まるのが望ましい…。
 拗れても気付けず自分の妻を捕まえきれなかったら、エジエルジーン様はそれまでの人間だ。
 ユンネ様の身の安全は自分が守りましょう。
 これでもファバーリア侯爵家には匿ってもらった恩がある。ソマルデもスキル持ちという能力の所為で逃げ回る人生だったのを、助けてもらい職を与えてくれたのは侯爵家だった。
 だからこそ、ここにユンネ様を連れて来た。これは侯爵家に対する義理だ。

 そんな事を考えながらラビノアが渡してくれた紅茶を一口飲む。

「……?」

 不思議な感覚がある。
 ふわっと身が軽くなる感覚。
 
「貴方は………、まさか…。いえ、詮索はよしましょう。これは秘密でございますね?」

 ラビノアの青い瞳は嬉しげに細まる。

「はい、事情があり届出がなされておりません。」

 はぁ、ここにも訳アリがいるのか。
 これは『癒し』か『回復』あたりか?
 あまり色々と抱え込みたくないのにと思いながら、また美味しい紅茶を一口飲んだ。







 ユネ達が退室して行った後、入れ替わりにワトビが入ってきた。短く切った赤毛が汗まみれだ。
 午後から騎士達の鍛錬を任せていたので、一通り終わって戻ってきたのだろう。

「はぁ~~~、羨ましい。優雅にお茶とか。はい、書類と書簡、手紙、それと頼まれてた資料にぃ~、道具の補填ね。」

 まとめてごちゃごちゃと渡されてしまった。

「ユネがポットに多めに作って行ってくれたから飲むと良い。」

「え!?ほんとだぁ、ユネ君良い嫁になれそうだよね。申し込もうかな。」

 ワトビは一緒に戦地に行った為結婚する機会がなかった。今も忙しさの為恋人が出来てもすぐ別れてしまうと泣いている。嘘泣きだろうが。

「すぐ立ち去れ。」

「え~~~、自分は妻帯者のくせに、ユネ君まで独占するんですか~?」

 コポコポとカップに紅茶を注いで文句を言う。
 そんなつもりはないのだが、なんとなくユネが誰かと恋人になったりするのかと思うとイラついただけだ。
 恋人になったらあの灰色の綿毛頭を心ゆくまで撫でたり、毎日ほにゃっと笑いかけてもらったりするのだろう?
 自分は悪妻ユンネの噂で胃がムカムカするのに、他人が目の前で癒されているのが許せなかった。
 いや、そんな我儘言える立場ではないのだが。

 先程渡された一式を片付けながら振り分けていくと、一通の封筒が出てきた。
 ファバーリア侯爵家の封蝋。
 先にそれを開けてみる。
 中には手紙が入っていた。本邸にいるユンネ宛に手紙を出したので、その返事だろう。

「………………。」

 別の封筒を探す。
 もう一つはユンネが通ったとされる学校のものだった。ユンネの成績や素行について詳しく報告して欲しいと依頼したものだ。
 そちらも読んでいく。内容は短いものだった。

「どうしたんだよ?難しい顔して。」

 エジエルジーンの表情はほぼ変わらないのだが、長い付き合いのワトビには見分けることが出来る。

「ユンネに最近の近況と学校の話と卒業証明書の写しを送るように言ったんだ。」

「へえ?んじゃそれはその返事?」

「ああ、近況も学校の事も当たり障りのない内容。卒業証明書の写しもあるしおかしくはない。」

「ふんふん。」

「学校に問い合わせたら、ユンネ・ファバーリアは通ってなかったがな。」

 ブッとワトビは紅茶を喉に引っ掛けた。

「はぁ?じゃあその写しはなんなんだ?」

「分からない。本人が文官向きの学校に行きたいと言うから許可したんだが…。」

 そう、どこからきたものだ?偽造か?
 ユンネは学校に通うふりをしてずっと屋敷で遊んでいた?
 あのふわふわとした小さな頭を思い出す。
 ユネと同じあの気持ちよさそうな頭の中は、悪知恵ばかり働いているのか?
 受けた印象は素直そうな感じだったのに。

 


 
 扉の前でユンネは二人の会話を聞いていた。
 両手いっぱいに入ってきたワトビ副官は、扉を完全に閉めきれていなかったので、会話が聞こえてきて立ち止まってしまったのだ。

 俺は、ユンネは違う学校に通っていたと思われていた?文官向きの学校というなら、ユンネが通わされた騎士学校は誰の指示だったのか?

 ソマルデさんが手を引いて扉の前から離してくれた。

「ユンネ様、恐らくソフィアーネ公爵令嬢がそう仕向けたのでしょう。」

「うん、だよねぇ。」

 なんだかショックだな。
 記憶は全くないのに、なんだか凄くショックを受けている。
 これはユンネの本当の心じゃないだろうか?
 ユンネが苦しんでいる。
 
 俺はこの話を知っていた。
 漫画の中であったのだ。
 密かに心の中でユンネとの離婚を考えだしたエジエルジーンは、ユンネと円滑に離婚する為に、ユンネの悪行を調査しまとめ上げることにした。
 学校の調査はその一環だ。
 ユンネは学校に行くと言って実は行っていなかった。エジエルジーンから請われて、悪妻ユンネは卒業証明書を王都騎士団にいるエジエルジーンへ送ったが、それは偽物だった。
 
 きっと旦那様は俺の卒業証明書を見て偽物だと気付いただろう。だって学校にまで問い合わせているのだから。本当はソフィアーネの所為で騎士学校に行ったのだとは、旦那様は知らない。
 例え本物のユンネがここにいても、漫画のシナリオ通りに進む現状を見ると、なんか悲しくなるなぁ。

 ソマルデさんはそんな俺の頭を撫でてくれた。

「ユンネ様、私がエジエルジーン様に事の次第を教えれば、恐らく信じてもっと深く調査して下さいます。」

 俺は少し考えて、ソマルデさんの提案に首を振った。

「ううん、俺は離婚するよ。もう少しここで遊んだら、騎士団も辞めてどっか行きたい。ゆっくり暮らしたい。」

 漫画の通りなら今年中には領地の本邸に旦那様から裁判所を通して離婚届が届く。
 どうせ勝手にソフィアーネがサインして受理されてしまうのだ。
 聞いたわけじゃないけど、ソフィアーネの望みは侯爵夫人の座じゃないかなと思う。
 でないと俺のフリして屋敷に居座らないと思うんだよね。
 俺が悪妻として離婚されたら、元婚約者としても、ずっと侯爵家にいて慣れ親しんだ者としても、旦那様の次の妻としての地位が一番近いんじゃないだろうか。

「………そうですか。私はユンネ様の意向に従い、どこまでもお供致しますね。出ていく時は必ず声をかけて下さいませ。」

「へへ、うん。ソマルデさんがいてくれると安心!」

 漫画の通りに進んでいくのなら、それに逆らおうとかいう気持ちはあんまりない。面白くて読んでいた話だから、少しだけ見てみたいってのがあるだけだ。
 あんなキラッキラの旦那様と一緒に暮らして、侯爵夫人になりたいとか高望みはない。
 本当は旦那様はユンネをちゃんとした学校に通わせるつもりだったってのが分かっただけでも嬉しい。
 それだけで良い。

 俺が笑うと、ソマルデさんも笑ってくれた。少し悲しそうな笑い方だったけど、きっと俺もそうだったに違いない。





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