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3 ビチュテの過去・小さな幸せ
しおりを挟む暫くビチュテは家庭教師によって教育を受けた後、首都に住む貴族家の子供が通うという学校へ入ることになった。
この国は国名を聖星国ダネトと言い、ビチュテが住む場所は首都フィネダスなのだと教わった。
十歳から通い出した学校だが、ビチュテには少し肩身の狭い思いをする場所だった。
ビチュテは私生児だ。メイドとの間に生まれた子供であり、家名にすら加えられていない母のいない子供だった。
教育を受けて初めて知ったが、星の花アジファラとは星の聖者や聖女が持つ尊い印なのだと教わった。生まれた時はわかりにくいが、身体の成長と共に星の花も成長していく。蔓が伸び葉を生やし花をつける。星の花が多いほど聖者の力に優れているのだと言われていた。
だがビチュテは姉であるラエリーネに星の花を渡してしまった為、ビチュテの星の花は枯れたように萎れ三個の花から増えていない。
星の花を枯らす者は、精霊に見放された罪人だと言われていた。実際に罪人ではないので罪人のように扱われることはないのだが、人々からは嫌厭されてしまう。
誰にも星の花をラエリーネに渡したことを言ってはいけない。知っているのは父であるラディニ伯爵だけだ。姉であるラエリーネですら知らない。教えれば気にするだろうから言わないようにと言い付けられていた。
ビチュテが星の花をあげたおかげで、ラエリーネの婚約は無事今も続いている。
相手はこの国の公爵家の嫡男らしい。公爵家は星の花を持ち、伯爵家の嫡女であるラエリーネだからこそ婚約したのだという。だから星の花が消えてしまうわけにはいかなかったのだとラディニ伯爵から説明されていた。公爵家にラエリーネが嫁ぐことは、ラディニ伯爵家の為でもあるのだという。
ビチュテはラエリーネの為に生きるよう言われているので、反論する気もなかった。
それに今更取り返す方法も知らない。
ビチュテに星の花があるより、ラエリーネにあった方がきっといいのだろうと思ってさえいる。だからこれでいい。
ラエリーネは生まれながらに星の花アジファラがあったのに、徐々に消えてしまうという病気にかかってしまったらしい。それを救えたのだし、優しい姉を助けることができて良かったのだ。
そう思って、右腕にある枯れた星の花をビチュテは手袋で隠していた。知っているのはビチュテとラディニ伯爵だけだった。
成長し知識が増えて、ビチュテは心に引っかかる疑問が大きくなりつつあったが、今の幸せを失くしたくなくて疑問に蓋をしていた。
星の花が消える病気なんて存在しなかった。
ビチュテの星の花のように、花が枯れる症状ならあるらしいが、これも稀なこと。
ビチュテは自分の星の花が枯れた原因を知っている為、これは精霊術によって星の花の力を奪われた現象なのだと知っているが、これは誰にも教えることは出来ない。何故ならラエリーネの星の花が本人のものではないと言うようなものだからだ。
ラエリーネは公爵家に嫁ぐことを心待ちにしている。その夢を壊したくなかった。
十歳で学校に通い出すと同時に、ビチュテにも婚約者ができた。エルレファーニ公爵家の次男ウォルオ・エルレファーニだった。
ウォルオ・エルレファーニはラエリーネの婚約者であるエルレファーニ公爵家の嫡男の弟だった。普通兄弟で同じ家から婚約者を決めないのではと思ったが、何故かビチュテは七つ歳上のウォルオ公爵家の次男と婚約することになった。
何故子供を産める女性と婚約しないのかとラディニ伯爵に問うと、次男はスペアとして存在するが、嫡男である長男以外が子供を持つと後々後継者問題に発展する場合があるので、高位貴族になるほどスペアは同性と結婚して子供を持たないようにするのだと教えられた。
顔合わせの時会ったウォルオは美しい男性だった。長く伸ばした金髪は緩く背中に垂らし、長い睫毛が覆う翠眼は優しくビチュテを見つめていた。
こんな人がビチュテの婚約者になるなんて信じられないと思った。
『よろしく、ビチュテ。』
ビチュテがまだ十歳だからか、腰を屈めてウォルオは挨拶をしてくれた。
『よろしく、お願いします……。』
とても緊張してしまった。十七歳のウォルオは背も高く凄く大人に見えて、こんな人が婚約者になるのかと思うと恥ずかしかった。
ビチュテがウォルオ・エルレファーニ公爵子息の婚約者になったという話は、あっという間に広まった。
『本当にお前がウォルオ・エルレファーニ公爵子息の婚約者になったのか?』
そう話しかけてきたのはアルエンツ・リデヌだった。オレンジよりの赤毛に琥珀の瞳を持つ同級生だ。整った凛々しい顔立ちに抜きん出た高身長。体躯も同年代より大きく、身体を使った戦術関連の授業では誰も勝てなかった。
それもそのはず、リデヌ家はここ聖星国ダネトにとってなくてはならない軍事を司る騎士の家系だった。最新技術を用いて銃器を取り入れた軍隊も持っていると聞いている。
聖星国ダネトは精霊術師と呼ばれる存在の方が力を持つ。式を組み合わせて術を組み、精霊に供物を捧げて力を借り行使する。そんな不思議な力を使う家系が多い中、リデヌ家は精霊術よりも武術を重視して功績を上げていき侯爵家としての地位を築いた騎士家だった。
アルエンツも騎士の家系と納得できる体躯を持っているが、三男のアルエンツはいずれ家を出るしかないので好きにしていいと言われて精霊術を習いに学校に入ったらしい。
この恵まれた体躯を駆使して精霊術まで作って戦うので、ビチュテ達同年代の中では誰も勝てずにいた。
『……そうです。』
いくらアルエンツが三男とはいえ、私生児で認知もされていないビチュテよりは遥かに地位があるので、ビチュテはアルエンツに対していつも敬語を使っていた。というよりも誰に対してもビチュテは丁寧に話すよう心がけていた。何故ならここは貴族家の子息子女しか通っていないので、私生児のビチュテは最底辺の位置にいるしかなかったからだ。
『信じられない!なんでウォルオ様が!?』
アルエンツの隣に立ち、同じように詰め寄ってきたのはルエルン・ラスイレンだった。アルエンツの幼馴染で、ラスイレン子爵家の次男だったはずだ。
ルエルン・ラスイレンはビチュテやラエリーネと同じように星の花を持つ者だ。偶然ビチュテと同じ右腕に星の花があり、アルエンツが最初に出会った頃には三つだった花が、十歳である今では五つに増えたのだと話していた。
なんでと言われてもビチュテにだって分からない。
首をフルフルと振ると、苛立つようにルエルンはビチュテを睨みつけた。
それでもこの時まではアルエンツもルエルンも、そんなにキツい性格ではなかった。
無視されるのより格段に優しい。声を掛けてくれるし、他の人のように無視したりこれみよがしに悪口を言ったりもしない。
何も知らないビチュテをたまに遊びに誘ってくれていたし、三人で首都の町に出た時は何かと奢ってくれもした。
ビチュテの右手にはめた手袋を見て、それは取らないのかとよく聞かれたが、言いにくそうにするとそれ以上は尋ねてこなかった。
家でも学校でも、誰かの目に留まらないよう静かに過ごしていたビチュテだったが、ウォルオ・エルレファーニ公爵子息との婚約はいろんな意味で注目を浴び生活を一変させていった。
『ビチュテの婚約者はウォルオ様になったのね。』
それはラエリーネの態度にも現れていた。
『はい、精一杯頑張ります。』
ウォルオ様の足手纏いにならないよう努力するという意味だったのだが、何故かラエリーネの表情は曇っていた。
『そう…。努力が実ればいいわね。ウォルオ様はお優しい?』
いつもの優しいラエリーネではない、何か含みのある話し方に怪訝になりつつも、ビチュテは質問に対する返事をした。
『はい、この前も遊びに連れていってくれました。』
『まぁ、ふふふ。婚約者なのよ?子供のように遊びだなんて…。』
カァとビチュテは頬を染める。ビチュテだって婚約者とのお出かけを子供同士の遊びのように言うのはどうかと思うのだが、ビチュテはまだ十歳。共に出掛けたウォルオは十七歳で、完全に子守のようだったのだ。
ラエリーネはビチュテの頬をそっと撫でた。
『貴方達は男同士ですものね。恋人のようにはなれないわ。』
そう言われてビチュテの心がズキリと痛んだ。
ラエリーネの様子がおかしかったのはその時だけで、後はいつも通りだった。
『私たち同じ家に嫁ぐのよ。ずっと一緒にいられるわね。』
『はい、姉様といられて嬉しいです。』
まぁ、ふふふ、と笑うラエリーネ姉様はいつも通り小鳥が囀るように笑う。
『ウォルオ様がもし愛人を作られても、ビチュテは妻として大人しく見守るの。決して悋気を起こしてはいけないのよ?温かく見守るの。』
『…………はい。』
優しい姉様がせっかく教えてくれているのに、何故か苦しい。ウォルオ様がとても優れた美しい方で、七つも下の男が婚約者だなんて申し訳ないとは思っている。きっと次男でなければ婚約者も綺麗な女の人を選んだだろう。
それでも結婚したら仲良く暮らしたい。友達や兄弟のようにでいいから、楽しく共に暮らしたい。
姉様が言うように、もしウォルオ様が愛人を選んだ時、僕は楽しく暮らせるのか心配だった。
この時が一番幸せだったのかもしれない。
人が優しいのだと信じていられたし、家族と友人と婚約者がいて、これ以上の幸せを夢見ていることが出来たから。
不満を言ってはいけなかった。
父様と姉様と一緒に食事を摂ることがなくても、姉様と同じようにエルレファーニ公爵家の子供と婚約したのに自由に外出着を作れなくても。
部屋は同じ屋敷内でも、外れの方にあって遠かったけど、綺麗な部屋だった。
学校だって通わせてもらえた。
メイドの子が我儘を言ってはいけない。
使用人達がビチュテを見てクスクス笑ってバカにしてても、たまに掃除をしてもらえなくても、我慢しなくちゃダメだ。
姉様と同じ立場に立てるわけがない。
例え僕の星の花を姉様にあげているのだとしても、それは誰にも言ってはいけない。周りに知られたらラディニ伯爵家に関わる人全てが不幸になるのだと父様は教えてくれた。
父様も姉様も、僕を笑っている使用人達も…。皆んなのことを思えば僕一人が不便でも仕方ないんだと思っていた。
この小さな幸せを大切にしよう。
そういつも思い直し満足していた。
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