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7 ビチュテの過去・僕の花
しおりを挟む右腕の星の花アジファラが花開く。
一つあった大輪の花の傍らに二つ目の花が咲いた。緑と黄色の鮮やかな葉が蔓と共にサワリと広がり増えていく。蔓と葉の根元から茎が伸びて蕾がついた。
僕が右手を上げて制服の袖を捲り上げると、蕾がゆっくりと花開いていく様子がよく見える。
花弁が淡い銀色の花達。母様が美しいと褒めてくれた僕の星の花。
ザワザワと人々がざわつきだした。
『それはっ……、私の星の花よ!』
『……………。』
ラエリーネが叫んだので、ビチュテは星殿の二階を見上げてラエリーネを見つめた。
ラエリーネは手摺に掴まりビチュテを見下ろしていた。
『どうして私の星の花を狙うの?』
涙を流し弟に訴える姿は可憐だ。
ビチュテの処刑を見にきた人々は、当然のようにラエリーネの味方になった。それはそうだろう。貴族の学校の制服を着てはいるが、薄汚れて黒髪はボサボサだ。痩せてヒョロっとしたビチュテはいかにも貧相で汚く見えることだろう。しかも星の聖女の花を狙った呪いの精霊術師だと思われている。対してラエリーネは清楚な純白の聖女の装いをしていた。
誰だってラエリーネの味方になるだろう。
人々は怒鳴り散らすくせに誰もビチュテに近寄ってこない。ビチュテの星の花が怖いのだ。精霊術師になれる人間は限られている。星の花を持つものは更に希少だが、持っていれば不可能はないと言われるほどに精霊術に長ける。
自分達も呪われると思っているのだろうか。
そう思ってしまうと、ビチュテはおかしくなって少し笑った。
『風よ、大気よ、僕に自由の翼を』
ビチュテの身体がふわりと空に浮かぶ。
星殿の二階の高さまで浮かび、ビチュテはラエリーネから少し離れた空中で止まった。
『どうして?ビチュテは私が嫌いだったの?』
悲し気に訴えるラエリーネを、ビチュテは不思議そうに見返した。
『嫌いだったのは姉様の方……。』
『何を言っているの?』
本当に分からないようだ。
ラエリーネは今だにビチュテの星の花がラエリーネに渡されたことを知らない。ラエリーネは純粋無垢に己の星の花はラエリーネ自身のものだと信じて疑わない。そうラディニ伯爵が育てたから。
そしてラエリーネはウォルオのことが好きだったことにも気付かないようだ。元婚約者が死んで、無意識に喜んだことに気付いていない。ビチュテから婚約者を奪ったことを悪かったと思ってすらいない。
ラエリーネにとって、星の花があり、好意を抱いていたウォルオと結婚することは当たり前のことであり、それによってビチュテが不幸になっても取るに足らないことと思っていそうだ。
ビチュテは本当にラディニ伯爵家の為にと思っていた。
努力していた。
全てが無駄だったけど。
ビチュテはラエリーネに自分の右腕を見せた。
『みて………。僕の星の花、綺麗でしょう?』
見せるとラエリーネは目を見開いた。
『………!お願い、正気に戻って。』
ラエリーネもビチュテが狂ったのだと思っているようだ。
ラエリーネの身体にある星の花は、元々ビチュテの星の花なので、同じ模様が肌に浮き上がっている。
だけど……。
ビチュテは『おいで…。』と呟いた。
右手のひらにナイフが現れる。何もない空中をビチュテは蹴って、ラエリーネの前に肉薄した。ラエリーネの青い瞳が恐怖に見開かれ恐れて目を閉じた。
『ラエリーネ様っ!』
モスグリーンの髪に若草色の瞳をしたラエリーネの護衛騎士が間に割り込んだ。
ギィンッーー!
ビチュテのナイフと護衛騎士の剣が合わさり金属音をあげる。
確か、こいつの名前はイデェ・ドゥアルと言ったか。軽いナイフを操るビチュテの猛攻に、長剣で応じるイディの剣技は早い。
だがそれも限界があり、ビチュテがイディの斜め下に潜り込み素早くナイフを走らせて腿をスパッと切ると漸く動きを止めた。ドシュゥゥーと血飛沫をあげてイデェが倒れる。
『キャアァァァーーー!』
ラエリーネの甲高い悲鳴が響き渡る。
イデェが戦闘不能になっている時間はそう長くはないだろう。ここは星殿内部であり、精霊術師や星の聖女であるラエリーネがいる。
精霊術師は供物を使って不思議な術を繰り出すが、精神消耗が激しくそう長く強い精霊術を繰り出すことは出来ない。使い過ぎれば精神をやられるか身体の機能を壊すかするのだが、それを補い癒すことが出来る唯一の存在が星の聖者と聖女になる。
星の花の力を使い、精霊術師達を癒されてしまえば長期戦になってしまう。
ビチュテはどうしても確認したいことがあった。だから逃げずにラエリーネの近くに来た。
『ビチュテっ!血迷ったのかい!?』
『!』
ビチュテに雷が飛んでくる。
ウォルオの精霊術だ。エルレファーニ公爵家は精霊術師の家系だ。精霊術と一括りに言っても様々な分野があるが、エルレファーニ公爵家は国の剣となる為の攻撃に特化している。
実際に精霊術を行使する場面を見るのは初めてだが、星殿のベランダという狭い空間でも器用にビチュテに当ててこようとするくらいなので熟練度は高い。
さて、どうしようかな。
ビチュテは落ちてくる雷を避けながら、もう一つの武器を召喚した。左手にナイフを持ち替えると、ヴゥン…と右手に銃が現れる。
左手でナイフを投げてウォルオの動きを牽制しつつ、両手で銃を構えて予備動作なく撃った。
ダンッダンッー!と二発撃ち込み同時にビチュテも走る。
銃術師の特徴は、弾丸を自作して好きな精霊術を詰め込めるところにある。
ビチュテが撃った銃はウォルオの動きを封じた。
『なーー……!?』
驚くウォルオの頭を掴んで、ビチュテは思いっきり顔面に膝蹴りを入れた。綺麗な顔が台無しになるが、これくらいしないとウォルオは止まらないだろう。接近戦になれば体格の良いウォルオの方が有利になるので、素早く封じるしかない。
ウォルオはビチュテの弾丸によって麻痺をくらっていた。そこに顔面を蹴られて失神する。
近くにいた星殿騎士達がビチュテを止めようとするが、ビチュテの銃は的確に騎士達の足や肩を撃ち抜いていった。
新たな弾倉を呼び出し、素早く差し替えながらその合間にビチュテを攻撃してくる騎士の剣と星殿の精霊術師達の術を、ビチュテは横に飛んで回避した。
ゴロゴロと転がり騎士と精霊術師達を撃ち抜いていく。弾の数はそうないので早く終わらせなければならない。
壁に移動して先程ウォルオを牽制する為に投げたナイフを回収し、ラエリーネに飛び掛かった。
ザンッとナイフを走らせると、驚愕したラエリーネの青い瞳とぶつかる。
ラエリーネの左肩にはビチュテから奪った星の花があるはず。だがビチュテは星の花を開花させ、ラエリーネに星の花を流す精霊術の流れを止めた。
じゃあ今ラエリーネの星の花はどうなっている?
暫く前からビチュテの右腕には星の花が一つ咲いて枯れることはなかった。その分の星の花がラエリーネから減ったはずだ。
次々と星の花が枯れる聖者と聖女が相次いでいるという。
『……………やっぱり。』
ビチュテの星の花アジファラは一輪が大きい。一つ抜けるだけでもポッカリと穴が開くだろう。
服を着て見える部分には花がない場所はなかった。鎖骨あたりまでは見えていたので、花がなくなったのは肩の辺りだろうと思いナイフで服を切ったのだが………。
案の定、左肩の花がなくなっていた。しかし、そこには違う星の花が咲いている。
ビチュテの星の花は銀色の大輪だ。
だがその大輪の花が消えて、代わりに咲くのは黄色の小花や白の紫陽花のような花。他にも五枚の花弁は変わらないが、違う色や形状の星の花がその穴を埋めるように咲いていた。
ラディニ伯爵はビチュテから奪えなかった分を補う為に、他の星の聖者や聖女の花に手をつけた。
精霊術をかけた人間がどこにいるのか分からないが、この精霊術を止める為に試してみたい方法があった。
ビチュテはラエリーネの左肩にナイフを刺そうと左腕に力を入れた。
ギィィンーーーッッ!
滑り込むように入り込み、ビチュテのナイフを止める人物が剣でナイフを受け止めた。
ビチュテはサッと後方に飛んで間合いをとる。
失敗した。
でもなんでまだ学生のアルエンツがここに?
アルエンツは走って来たのか肩で息をしていたが、直ぐに呼吸を整えた。
『ビチュテ……、なんでこんなことをする?』
尋ねられてビチュテは小さく首を傾げる。
『こんなこと?』
決まっている。自分の星の花を取り戻す為だ。
二人が無言で睨み合っていると、アルエンツに助けられたラエリーネは、星の花を使って精霊術師達を治療し始めた。
その様子を確認してビチュテは内心舌打ちする。
ラエリーネによって精霊術師達が回復すると、一人で戦うビチュテには分が悪い。
どうしようか……。一瞬の迷いがビチュテの中に起こったが、その瞬間をアルエンツは見逃さなかった。
ガンッと剣が上から降ってくる。
それをビチュテは右手の銃で受け止めた。
『くっ………!』
ここ最近は神殿の地下に閉じ込められていて、身体を動かすことが出来なかった。お陰で腕が鈍っている。
『ビチュテっ、……武器を捨てろ。』
やだよ。捕まったら即死刑だよ?何考えてるんだ。
アルエンツの剣はさっきの護衛騎士イデェ・ドゥアルよりも早い。
ガッガッッ、ガンッー!
十回、二十回と打ち合えば、いくら精霊術で強度を上げたナイフと銃とはいえ、強度が落ちて壊れていく。
これ以上の打ち合いは不利。いずれこのナイフは折れてしまうだろう。
そうこうしているうちに、ラエリーネによって精霊術師達が復活し、雷や炎の攻撃が飛んでくる。
ダダンッと地を蹴ってビチュテは距離を取る為ベランダの手摺に飛び乗った。
ここでラエリーネの血が欲しかったのに……。アルエンツに邪魔されてしまった。
距離をとったビチュテに、アルエンツと足を回復してもらった護衛騎士イデェ・ドゥアルが二人がかりで攻撃してくる。
銃を撃って応戦しつつ、ビチュテは手摺の上を走った。
『ビチュテッ!』
ウォルオがビチュテの名を呼んだ。
『……っ!』
ウォルオが巨大な電撃を発動しようとしていた。精霊術への供物は自分が流した血?
供物はより新鮮なものの方が効果が高い。それは生命の有無が大きいほど供物として意味があるからだ。次に鮮度、量、希少性などがあげられるが、たった今身体から流れた血は精霊術の発動をより強化することだろう。
ウォルオの前にある空間に呪術陣が現れ、パリパリと静電気を発している。
アルエンツとイデェがバッと飛び退いた。
ドンッーーーッッ!!!
天の怒りのような雷が空から降ってくる。
眩い閃光が辺りを照らし、昼間だというのに星殿の外に闇を作った。
その雷を眺めながら、ビチュテはフッと笑む。
僕を躊躇いなく攻撃する全員に嫌気が差した。
本当に。心底………。
これでもちょっとは愛情があった。まだ残っていた。でも、もう、いい………。
ビチュテの上に巨大な雷が容赦なく落ちてきた。
ゴゴゴーー……と攻撃の余韻を残して大気が震えている。
ウォルオ・エルレファーニは精霊術師を輩出する公爵家の中でも抜きん出て優れていると言われているが、その攻撃は星殿の一部を崩壊させてしまった。
アルエンツは飛び退いたが、先程までいた場所は崩れ去り足場は無くなっている。勿論ビチュテがいた場所もだ。
アルエンツはまだ眩む目にふらつきながらも崩れてしまった場所に近付く。
土煙と炎から上がる煙で見えにくいが、ベランダは消滅し、地上には瓦礫が積み重なっていた。
『……………………ビチュテ?』
さっきまで戦っていた相手の名を呼んだが、応えるはずもなかった。
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