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29 花火をしよう②

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 和壱はゴソゴソとまたリュックの中を探り、花火に火をつけるための着火ライターを取り出した。

「去年さぁ、花火大会で聡生が千々石に惚れてるのに気付いたんだよな。」

 カチッと火がつくのを確認しながら和壱はボソッと呟いた。苦い思い出とばかりに声は暗い。
 目の前の黒い海からザザ…と聞こえる波の音が、余計に雰囲気を暗くする。

「あ~…。」

「花火と千々石をセットで写真撮ってる聡生を見て、なんにも俺は出来なかったんだよな。なんかその時のことが悔しいっていうか、情けないっていうか……。なんか忘れきれなくてさ。」

 二人とも片手に花火を持っているのに、なんとなく火をつけることもなく海を見ながら話を続けた。

「………聡生のこと今でも……、好きとか?」

 言いにくそうに言う郁磨に、和壱は慌てて否定した。

「あ、それは違うからな。ただ今好きな子と思い出を塗り替えたかっただけ。」

 好きな子……。
 つまり今は郁磨のことが好きだから、郁磨と花火をして楽しい思い出にしたい…、とか?

「……郁磨は考えてくれた?」

 もしかしたら告白の返事?
 ……いや、ちゃんとしなきゃだよな。
 郁磨は勇気を出して和壱を見た。

「………僕は、和壱に惹かれてる。かっこいいし僕に優しいし、何度も助けてくれたし。恋人になったら楽しいんだろうなって思う。」

「うん。」

「だけどさ、もう三年生だろ?そのうち進学して離れたら、遠距離恋愛とか怖くて出来ない。」

 もしそうなったら、せっかく受かった大学にも通いきれないかも。
 家にあまりいない父さんでも、たまに愛情を感じる時がある。進路については話し合おうとしてくれるし、三者面談だって会社を休んで来てくれる。体育祭も文化祭も、来ることはないけど、家に帰って顔をあわせたら楽しかったか聞いてくれる。
 聡生に撮ってもらった写真を見せると、父さんは毎回驚いていた。殆ど男の娘だしな。あ、だから浴衣代も出してくれたのか。

「遠距離じゃなければいいだろ?」

 どゆこと?

「同じ大学いこう。」

「え?そんな簡単じゃ…。」

 郁磨もそう成績は悪くないが、和壱は郁磨よりワンランク上を狙える成績だ。

「とりあえず郁磨は勉強しろ。お前してないだろ?」

 ぐぬっ…。まぁ、地元の大学でいいやって感じがあって確かにしてないかも…。
 
「俺が狙ってる大学を第一志望校にしといてさ、学部も入りやすそうなとことかにすれば郁磨も狙える圏内に入るだろ?」

 具体的にどこの大学かを聞いたら、二つ隣の県にある難易度の高い大学だった。
 
「共通テストまでは受験する国立変更効くし、私立はいくつか候補出して、同じとこに行けるようにしよう。」

「え……、もし僕が国立落ちて私立になったら?」

「一緒にそこの私立にいけばいいだろ?」

 自分は全部受かるつもりなんだなと郁磨は呆れた。ていうかそんなに簡単に大学決めていいんだろうか。

「だから付き合おう?」

 つまりどうせ一緒の大学に行くのだから、今から付き合っても問題ないって言いたいのか。

「ホントに一緒のとこいける?」

「いける。」

「ホント?」

「本当。早く付き合いたい。だんだん郁磨の可愛さがレベルアップしてきてて心配なんだよ。」

 むむ、そこを言われると少し嬉しい。そーか~可愛さアップしてるのか~。
 むふふと郁磨は顔がニヤけてくる。

「レベルアップしてる?」

 してる、と和壱は頷く。

「一緒大学いって、住むとこはシェアすればいいだろ?」

 家賃は半分になるし、家事は分担しようと和壱は話し続ける。
 花火に火をつけてパチパチと岩場に火の粉を飛ばした。ここは海水浴場になるような綺麗な海岸ではなく、堤防と岩場がある場所だ。堤防から手を伸ばして海に向かって花火を散らす。
 一本、また一本と火をつけて、和壱と郁磨は話続けた。
 住むなら大学からどのくらい離れた位置でいいのかとか、部屋は二つは欲しいとか。キッチンは欲しいし、お風呂とトイレは別がいいだとか。一階と二階ならどっちに住むのがいいのかとか、防音は重視するべきかとか。
 大学に行ったら何をしようとか、サークルって入るもんなのかとか。
 話はどんどん膨らんでいく。
 和壱は郁磨を説得しようとしているんだろう。
 決して不安はないんだと。
 和壱は花火を二つ郁磨に渡した。両手に一つずつ。そしてカチッと火をつけると、シュボボと眩い花火が噴き出した。
 花火を持った郁磨の手を和壱が上から一緒に掴んだ。郁磨の背中に和壱の体温を感じて、郁磨はこの時間を不思議だと感じる。
 和壱は次の花火を袋から引き剥がし、まだ火花を散らす花火に近付けた。パパパッと赤い火が勢いよく海に向かう。
 
「結構ガッツリテープで止めてあるよなぁ。」

 和壱はブツブツ言いながら、台紙にくっついている花火をむしり取っていた。それを横目で見て、また暗い海を見る。
 どんなに花火を飛ばしても、海には全く届かない。
 静かにチャプチャプと音が鳴り、海の匂いが鼻につく。

「なんでここに来たんだ?」

 暗い海を眺めながら郁磨は尋ねた。

「うん?ああ、ここバスケ部のサボり場所。体育館取れなかった時は外でランニングとか基礎トレなんだけどさぁ、ま、熱心な部活じゃないからな。」

 和壱は笑って教えてくれた。昼間は結構いい場所なのらしい。

「夜は不気味だったな。もっとロマンチックにしたかったのになぁ。」

 ちょっと苦笑気味だ。
 それに郁磨はほんのり笑う。

「………ロマンチックにしたかったんだ?」

「そりゃー……。」

 笑いながら郁磨は自分の後ろに立つ和壱をチラリと見る。
 ロマンチックにしたいのに、暗いし海の匂いはちょっと生臭いし、和壱も少しガッカリしたようだ。

「いいぞ。付き合うよ。」

 え!と和壱は驚く。手に持っていたまだ火をつけていない花火がポロポロと海の暗闇に落ちていった。下はゴツゴツとした岩場なので拾おうと思えば拾えるだろうが、この暗さでは危険だ。

「え……本当に?絶対だぞっ!」

 小学生かよと思いながら、素直に喜ぶ和壱に郁磨は頷いた。

「でも清い交際な。大学にいくまで。」

「……い、いくまで??受かるまでにしよう?」

 そんなぁ~と和壱は情けなく嘆いていた。




 郁磨は小さい。頭なんて片手で鷲掴み出来るし、手首なんて折れそうだ。
 最近は郁磨の男の娘を知る奴らが増えて、郁磨は密かに可愛いと言われ出している。基本は男どもだが、女も興味を惹かれて近付いてくるようになった。
 それを蹴散らすのはわけないが、郁磨が嫌がることはしたくない。仲の良い人間とは喋りたいだろうし、和壱が一人で独占してはいけないと思ってはいる。
 ………思ってはいるけど……。
 やっぱり自分の側にいてくれないと不安だった。
 大学は何が何でも一緒に入学する。
 親にそのまま言ったら怒られた。自分の将来を左右するのに何を言ってるんだと言われたが、喧嘩の末に説得した。
 第一希望の大学は変えずにいること。
 コレが条件だった。
 一緒に行きたい人間が野波郁磨だと知ってもそこは特に何も言われなかった。
 和壱の家族は皆それなりに整った顔をしているのだが、和壱は一際綺麗な顔をして生まれた。そんな和壱は老若男女問わず人を惹きつけ、それなりに容姿の所為で問題も多かった。
 今更相手が男だからと驚かないくらいには、家族は慣れっこになってしまっていた。
 ま、第一志望校は変えないけど、受かるかどうかは別問題だしな。
 それに郁磨はこう見えて頭はいい。
 
 郁磨は小さい頃に母親に置いていかれた所為か、人と親しくなる前に距離を置く癖があった。
 聡生に振られるまで気付いていなかったが、父子家庭なのだと聞き、中学生の時の同級生に絡まれているのを見て、郁磨の性格を考えるようになって気付いた。
 ふざけて本音を見せない郁磨は、硬い殻を被っている。何を言われても平気なように、嫌われても大丈夫なように、元からそんな奴仲良くなかったのだと言わんばかりに、一歩引いて人と付き合う。
 寂しい奴なんだと気付いた。
 同級生に弄られて、暗い顔をする郁磨を見て守ってやらなきゃと思った。
 そして可愛いと思った。
 どうやったら可愛くなるのか真剣に考えている姿を見ると、独占欲が増してきた。
 聡生の次が郁磨とは…。俺はそっちだったかと思ったが、別にいいやと開き直り、郁磨を構い倒すようにした。
 今度こそ大事にしようと思って。
 可愛いと褒めれば嬉しそうにするから、いつも可愛いと言うようにした。
 最初はふざけてばかりだったのに、だんだん可愛く笑うようになってきた。相変わらず口は悪いけど、信じてもらえるようになってきた。

 郁磨は暗い海に向かって花火を伸ばしクルクルと回して遊んでいた。
 花火が消えそうになったら次の花火をつける。
 片手に二本、三本と持って、和壱の腕の中で楽しそうに笑っている。

「あ、すげー、コレ七色に光るって書いてるくせに三色しかわかんなかった!」
 
 あはははと一つ一つ花火を試しては酷評していた。消えてゴミになった花火を受け取り下に置いたバケツに放り投げながら和壱は尋ねる。

「楽しい?」

「んうぇ?お~、楽しいぞぉ~!あっちいけどな!」

 確かに暑いか。夜だからまだ少し涼しいが、夏真っ盛りの季節。海ならと思ったがジンワリと汗がでる。
 それでも郁磨は和壱がくっついていることを嫌がったりしなかった。

「しょうがないなぁ…。我慢するよ。」

 大学生になるまで。
 でもコレくらいはいいだろう。
 後ろからぎゅっと抱き締める。郁磨がピシリと固まった。
 さっきまで動いていた口は閉じて、ソロソロと赤い顔が俯いた。恥ずかしいと黙り込んで顔を隠すんだなと観察する。
 でも嫌がらなかったな?
 スキンシップも嫌がらない。

「………これは強引におしていけば許可が出るパターン?」

「でねーから!」

 クワっと郁磨は叫んだ。



 受験生だけどデートはしたい。
 夏は花火大会に二人で行った。花籠井かごい高校のすぐ近くで行われる為、目撃者は多かった。
 また浴衣着てきてと言ったら、いいぞーと郁磨は喜んで着てきてくれた。今度はお団子頭じゃなくて、髪を横に一つで結んで作り物の花飾りをつけてきた。

「女子!」

「そうだろぉ~。」

 千々石と聡生は今年も花火大会に来ていて、目立つカップルが騒がれているとやって来た。
 聡生は浴衣を着た男の娘姿の郁磨を見て、撮らせてとはしゃいでいる。

「和壱っ!ほら、撮ってあげるよ!」

 花火が始まり、聡生はスマホを構えた。最近のスマホって凄いよね~と、撮れた写真を見せてくれる。花火をバックにちゃんと和壱と郁磨が取れていた。
 
「僕のじゃそんなに綺麗に撮れないかも。貸して~。」

 郁磨はお礼にと聡生のスマホで千々石と聡生を撮ってあげていた。郁磨は大学に入ったら新しいスマホを買って貰うのだと話している。
 郁磨と聡生は相変わらず仲が良い。郁磨が無条件に仲良くしているのは聡生だけだったのかもしれない。聡生は天然で優しいからな。
 
「俺たち関東方面で受けるんだけど、紫垣達は?」

 花火が終わり、人混みが空いてから帰ろうと公園の隅で四人場所を移動した。郁磨は聡生とお喋りに夢中なので、側でそれを眺めていたら千々石に話しかけられた。
 そーいや聡生が千々石は出身が東京だったと言っていたことを思い出した。コイツ聡生を連れて行くつもりなんだな。
 
「紫垣達も受けてみないか?」

「流石にそこまでは…。遠いしなぁ。家計の事情もあるし。」

「もし来るなら住むところ提供出来る。」

「はぁ?金持ちかよ。いや、金持ちっぽいなお前…。」

 なかなか興味をそそられる提案だが、和壱は郁磨と二人でいたいのだ。
 千々石は聡生の近くに信頼できる友人を置きたいのだろう。だったらこっちの大学受けろよと思うが、千々石の成績ではそれは勿体無い。
 
「うーん、来ないかぁ。残念。」

「聡生ならすぐにいい友人作るよ。」

「だからだよ。」

 千々石と聡生では学力に差がありすぎる。おそらく同じ関東東京とは言っても、違う大学になるのだろう。だがそれは和壱達だって同じだ。文系の聡生と理系の和壱や郁磨では同じ大学や学部にはなれない。キャンパスだって違ったりするのだ。

「せめて近くにいてくれたらと思ってさ。」

「こっちも親がうるさいしなぁ。あ~そうだ。あの修学旅行の時会った奴とは違う大学にしとかねーとな。ま、頑張れよ。」

 善処するよと千々石は頷いていた。





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