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28 花火をしよう①
何故かスーパーのおばさんに挨拶をされる。
何故か近所の中学生に後をつけられる。
何故か会いたくないやつに会う。
顔の良いやつがスッと表情を変える時って怖いんだよな~と郁磨はトイレットペーパーの袋を抱えて押し黙った。
和壱は心配して郁磨が乗る電車に一緒に乗ってきた。
今日はスーパーによる予定ではなかったのだが、和壱が護衛と荷物持ちを申し出てくれた為、有り難く寄らせてもらった。
和壱は郁磨が普段から持ち歩くエコバッグを肩に掛けているにもかかわらず、相変わらずイケメンだった。エコバッグすら高級バックに見えてしまう。
郁磨が住む町はかろうじて駅があるような小さな町だ。無人駅だし最寄りのスーパーも小さい。だから和壱という存在はまるで芸能人が来たかのような騒ぎを起こしている。本当に連れて来て良かったのだろうか。
本日は運良く元同級生に会わなかったのだが、町に訪れた騒ぎに気付いて、元同級生は郁磨達の前に現れた。
「おまえっ………!なんでここに!」
元同級生は和壱に対して怒りを露わにしている。元同級生の家は郁磨が住むアパートからやや遠いのだが、態々ここに来たのだろうか。というかどこまで和壱の情報が飛んでるんだろう?
「………郁磨の周りにストーカーがいるみたいだからな。」
そう言う和壱の目は剣呑だ。
「ス、ストーカー?」
和壱はどうやら目の前の元同級生をストーカー認定したようだ。間違いないけど。本人は自覚がなかったらしい。
「同級生の男の尻を追っかけるストーカーだろ?」
薄茶色の瞳がジッと睨みつける。
和壱の容姿は人の目を惹きつける。だからここにも近所の人の目が集まっていた。
時刻は既に夕飯時で、夜空が見えだしている。なんの変哲もない田舎町の道なのに、静かに佇む和壱は驚くほどに美しい。
そんな和壱にストーカーと言われる男は、周りの人間からチラチラと見られている。
「うそぉ、野波さんちの子に?」
「……あの子、そんな子だったの?」
誰も和壱の言葉を疑わない。これほど自然に他人を味方につけることが出来る和壱は凄いと思う。郁磨一人だったら、どんなに騒いでも誰も助けてくれない。
元同級生は走って逃げて行った。
狭い町なのだ。噂は一気に広がっていく。
走って逃げて行った元同級生が消えるまで、和壱はその無様な後ろ姿を見ていた。消えてしまうとクルッと郁磨の方を向く。
「ほら、どこだよ。アパート。」
「んぉ、おお、こっち~。」
さっきまでの冷たい目が優しく郁磨を見るものだから驚いた。
結局アパートに着いて家に招待した。そのまま帰すには和壱の家まで遠いからだ。とんぼ返りとか申し訳ない気がした。
夕食を一緒に食べて和壱は帰って行った。普段から父さんが帰ってくる十時くらいまで、郁磨は一人だと聞いたからだ。
「本当になんかあったらすぐに電話しろよ。」
心配しながら帰って行った。駅まで送ると言ったが、危ないからいらないと断られてしまった。
手を振りパタンと出ていく和壱を見送り、郁磨は一緒に食べた晩御飯の片付けをしていく。
料理は郁磨がしたのだが、手伝ってくれたし美味しいと褒めてくれた。全てが自然で、まるで本当に付き合っている恋人同士みたいだ。
カチャカチャと食器を洗いながら、郁磨はジワジワと心が温まってくる。
一人じゃないことがこんなに楽しいだなんて……。
「……………やっぱタラシだ。」
シンと静まり返る部屋の中に、郁磨の声がポツリと響く。その声は僅かに高く震えていた。
和壱は放課後や休日に、時間があれば郁磨のアパートに遊びにくるようになった。
和壱が郁磨と過ごすことで、自然と近所の目も緩和されていくから不思議だ。別に冷たかったわけではないが、声を掛けられることが多くなった。
付き纏っていた元同級生も現れなくなり、和壱の影響力とは凄いなと実感する。
「あの、ありがとう、な。」
何も返せないのに郁磨の為に動いてくれる和壱にお礼を言った。
「……良いよ。自分の為だし。」
「ん?自分の?むしろ電車賃とか高くつくだろ?」
和壱の家から郁磨の家までは遠いのだ。だが和壱は郁磨の言葉を笑って流した。
「じゃあさ、お礼に試合の応援来てよ。」
グッと顔を近付け和壱は高総体の応援に来てと言った。郁磨はワッと驚く。絶対自分の顔面の影響力を理解してやっている。
「可愛い格好がいいな。」
「可愛い?……て、どんな?」
和壱は特に答えず笑っただけだった。
高総体って学校行事だよな~。
うーんと郁磨は悩む。
聡生は恋人の千々石の応援に行くだろうから、和壱のバスケの試合には郁磨だけで行かなければならない。
可愛い格好なら幾つでもやってみたい候補はある。だが高総体なのだ。私服を着てたからと言って学校の先生に見つかることは少ないが、バスケ部の顧問はいるだろうし、もし私服で来た郁磨が見つかれば怒られるのだろうか?
「……………うぬーーーん……。」
郁磨は悩んだ。
そして悩むのを放棄した。
「好きな格好で行こっと。」
体育館内のこういう空気って独特だよな~と郁磨は出されたジュースを飲みながら椅子に座り考えていた。
「先輩なら大学のサークルで姫になれそう。」
「あ、暑くない?スポットクーラーの当たるとこ移動する?」
「野波先輩、顧問からは隠してやるからな!」
「え……、ダイジョウブダョ。アリガトゥ。」
制服と違って今日の郁磨の服は涼しいものにした。だからバスケ部達より快適だ。動いてないし、汗もかいてない。
薄い水色のデニム生地のサロペットで足首はクルッと巻き上げ、黒のスニーカーに白無地の半袖を着てきた。日中は暑いがもしかしたら夕方は冷えるかもとカーディガンも持ってきている。カーディガンは背中に背負ってきた小さめリュックの中だ。
本日のメイクはピンクチークを使いたくて、同系色の色味でメイクしている。口紅も赤みが強いものを選んだのだが、派手になりすぎないよう気をつけた。あくまでここは他校の体育館だからだ。
せめて制服がよかったかな…。
花籠井高校のじゃなくても、それっぽいのがよかったかも……。ちょっと不安だ。
ピピーッと試合終了のホイッスルが鳴り、郁磨はホッとした。
郁磨は和壱のバスケの試合を観戦中だった。周りを取り囲み郁磨を構っていたのは下級生達だ。三年生の和壱達は今年が引退試合になる為、三年生が主に出場していた。勿論和壱もだ。
去年の和壱は一緒に試合をした他校生と喋っていたのに、今年は挨拶が終わると走って郁磨の所へ戻ってきた。
「郁磨!」
郁磨はホッとして立ち上がる。
「お疲れ様。」
郁磨が声をかけると、和壱は嬉しそうに微笑んだ。
毎年初戦敗退のバスケ部が、今年はなんと一回戦を勝っていた。
和壱は郁磨の周りにたかっていた後輩達を手で散らした。先輩ズルイと言いながら全員離れていく。
「アイツらうるさかったろ?」
郁磨はフルフルと首を振った。
着いてすぐに試合が始まり、和壱は椅子を用意して郁磨を座らせた。そして試合に出ない後輩達に見張っておくよう言ったのだが、予想以上に可愛い姿でやってきた郁磨に全員デレていた。
ちゃんと三年の野波郁磨で性別は男だと教えていたのに、試合中の後輩達の様子に和壱はずっとイラついていた。
対戦相手のバスケ部が和壱の様子に恐れて上手く試合が出来ずに負けたと言ってもいい。
郁磨は和壱にタオルを渡しながら背伸びをした。和壱の頭にフワリとタオルが巻かれ、背伸びした郁磨の顔が近付くと、和壱の目が見開かれ固まる。
「なー、なー、僕、この格好でここに来て大丈夫だったかな?」
「…………。」
「和壱?」
「あー………、大丈夫だろ。保護者とか家族とか結構見に来てるし、わかんねぇよ。」
そう言って頭にのったタオルで濡れた髪をガシガシと拭く。
「紫垣先輩ー、すぐ次っすよ~!」
後輩の呼びかけに和壱は手を上げて応えた。
「多分次負ける。」
「頑張らねーの?」
「あ~、頑張るけど向こうシード入ってる。」
つまり優勝候補と対戦ということだ。
郁磨が手を振って応援すると、和壱は嬉しそうに手を上げて戻って行った。そして対戦高の選手達はそんな和壱を恨めしそうに見て、何故か郁磨をチラチラと見ていた。
二回戦は和壱が言う通り負けてしまったが、それでも結構いい試合をしていた。ボロ負けではない。それだけでも凄いなと思う。
試合が終わると負けた高校は帰ってもいいし残って観戦してもいいらしいが、どっちにしろこの場所で勝ち上がった高校は別の会場に移動しなくちゃいけないらしい。
だから花籠井高校はさっさと帰るを選択していた。
顧問の話も終わり、バスケ部は貸バスで来ているのだが、和壱は別に帰るからと皆んなと別れてしまった。
「帰ろー。」
和壱は自分のバックを持って郁磨の手を引いた。
その間も和壱を見に来た女子生徒達が遠巻きに囲っていたのだが、誰も近寄ってこなかった。
去年は一ノ瀬菫が周りを牽制しても、他校生まで混ざって和壱を囲んでいたが、今年は皆大人しかった。
「実は郁磨が来る前に好きな子が見に来るって言ったんだよな。」
「ええ!?」
ビックリした。
「同級生で男の娘で誰よりも可愛い子って言っといたんだ。」
「げげーーー!?」
「お前その顔でげげーとか言うなよ。」
和壱は呆れていたが、それどころではない。
「おま、お前っ、自分が男が好きって言ってるようなもんだろ!?」
「そうだろ?」
はっ、そうかっ!
いや、そうだけど、周りにあっさり言っちゃうか!?
「誰も近寄ってこないから笑える。」
「え?いやいや、笑えない。」
だから誰も側に近寄って来なかったのか!
「僕が可愛すぎて女子が近寄れないのかと思ったよ。」
ぬけぬけという郁磨に、和壱は大笑いした。
「はははっ、よく言えるな!でも、確かに一番可愛かったな。」
郁磨はまた驚き俯いた。
笑顔の和壱が当たり前のように言うので、郁磨は繋がれた手にギュウとしがみついて恥ずかしさを我慢した。
恋人になろうと言われてまだ返事をしていない。
それでも和壱の態度は変わらなかった。
何事もなかったことにされたのかと思うたびに、何かしら勘が働くのか時々和壱は郁磨のことを可愛いと言い、軽いスキンシップをしてきた。
休日には遊びに行って、学校帰りには同じ傘を差して駅まで歩いた。
自転車登校に切り替えた和壱の後ろに乗って、和壱の家まで遊びに行ったりもした。途中に聡生が降りるバス停を教えられ、さらに遠い和壱の家は山を切り開いた場所に家がいっぱい建っている場所だった。
「郁磨さ、女物の下着つけてるよな。」
和壱が胸元を見て言うので、郁磨は胸をサッと隠した。制服の時に着けているわけではないが、指摘されると恥ずかしいものがある。
「わ、わかる?」
「わかる。高総体ん時からだろ?」
「わかるのか~。お尻もさぁ~、プリッとなるよう体操したりとかさぁ。やっぱ体型も気にしなきゃな!」
「お尻は……、まぁ、確かに……。」
郁磨の説明にブツブツと和壱も納得している。コイツ以外と………、と胸を押さえたまま横目で見る郁磨に、和壱は慌てて首を振る。
「やるからには本格的なんだなと思っただけだよ!」
「ホントにぃ~?」
ほんとっ!と和壱は必死だった。
和壱と過ごす高校生活が楽しくて、卒業したくなくなってくる。
恋人になればずっと一緒にいられるのだろうか。
だけどいずれ和壱も自分も大学に進学する。離れ離れになる。
夏が来て、二年生の時よりも長い夏期講習を受けに学校に来て、和壱と過ごしながら郁磨は悩んだ。
恋人になったら離れたくなくなる。
嫌だってみっともなく泣く自分は嫌だ!
「郁磨、花火しよう。」
日曜日、和壱は花火をしようと言った。
「可愛い格好な。」
郁磨は頷いてやってみたかった浴衣を着ることにした。
今は簡単に着られる浴衣が安く売ってある。と言っても自分のお小遣いでは買えないので、父さんに買ってもいいかと尋ねた。
何を?と聞かれてコレを、とスマホで検索した専門店のチラシを見せて指差す。
父さんは暫く凝視していたけど、金額を見て少し多めに現金を出してくれた。
相変わらず父さんは何も言わない。だけど嫌な顔をしないだけでも良かったと思う。
浴衣を買って電車に乗った。
あれから付き纏っていた元同級生は現れないから気が楽だ。
「予想以上だった!」
待ち合わせた高校からの最寄り駅では、和壱が驚いていた。可愛い格好を指定しておきながら浴衣は予想していなかったらしい。
二つにしたお団子頭も褒めてくれた。
「花火といえば浴衣だろ?」
なんだか勝った気分だ。
花火の前にコンビニでおにぎりを買って、公園に移動して二人で食べた。
どこで花火をやるのかと思えば、公園の奥の海辺だった。
人はあまり来ないが、民家も少しあるし道路には等間隔に街灯があるので真っ暗ではない。
コンビニでおにぎりと一緒に買った花火を出して、小さなバケツを和壱がバックから出した。折りたたみのバケツだ。バケツに水を入れて花火の袋を開ける。
「なあ、なんでいきなり花火?」
もうすぐそこの公園で花火大会があるのに。
和壱は郁磨に花火を一本渡しながら、少し笑った。
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