落ちろと願った悪役がいなくなった後の世界で

黄金 

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空に浮かぶ国

7 湖にいる探し人は

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 このような歓待は不要と書いておいたのに……。ゲンナリとした顔でクオラジュは注がれたグラスに口をつけた。
 少し離れた隣でもサティーカジィが困った顔で女性二人に挟まれている。勿論クオラジュの両隣にもいるわけだが、クオラジュの隣に配置された二人は少しビクビクしていた。

「お、お注ぎ致しましょうか?」

 初めは馴れ馴れしくシナを作りクオラジュの身体に寄りかかっていた二人だが、「これがあなた方の仕事なのかもしれませんが、許可もなくそのように身体に触れるものではありませんよ。」と真面目くさって説教され、それでもめげずにベタベタと身体を触っていると、冷たい氷銀色の瞳がさらに温度を下げて彼女達を見下ろしていた。
 冷淡な瞳で動物以下のごとく見下ろされ、彼女達の心は折れていた。
 この美しい天上人に囲われたいという野望は塵と消えたのだ。
 その様子を眺めるイリダナルは、相変わらずだと笑いを堪えている。クオラジュの融通の効かない性格は嫌いではないが、たまには羽目を外せばいいのにと思う。
 サティーカジィの方はといえば、温和な気質が表に出ている所為か、クオラジュに付いていたはずの片方の女性がサティーカジィ側に行ってしまった。
 結果三人の女性の相手をサティーカジィがする羽目になっているが、クオラジュは気にした様子もなかった。
 耐えかねたサティーカジィは女性三人に相手をする必要はないと断りだした。

「申し訳ありませんが、私には許嫁がいますので、必要以上の接触は控えていただきたいのですが。」

 イリダナルはたまらず吹き出してしまう。

「サティーカジィもクオラジュも、少しは遊べばいいのではないか?彼女達は由緒ある姫君たちだ。天上人に会えると聞いてめかし込んできたのに、お前たちがそれでは可哀想だろう?」

「最初から歓待はいらないと伝えていたはずです。何故女性を呼んだのですか?」

 クオラジュは文句を言った。正直このような場は好きではない。
 イリダナルは仕方ないなと手を叩いた。直ぐに使用人達がやって来て、女性達を全員奥へと連れていってしまった。

「はぁ、もうこのようなことは辞めてください。それで、昼間に言っていたツビィと言う名の青年について詳しく聞きたいのですが?」

 漸く本体に入れるとクオラジュは出された食事に手をつける。

「ああ、水色の髪がツビィと言って、金色の髪がイツズと言うらしい。流れの薬師で数ヶ月ごと移動している。これが地図だ。」
 
 大陸の地図に彼らの移動した場所と月日が書かれていた。遡って十年分調べてあった。

「十年前は?」

「ない。」

 簡潔な答えがイリダナルから返ってくる。

「時間が経ち過ぎたと言うことですか?」

「いや、純粋にない。その二人は流れの薬師らしく移動しながらも売っていたから足跡を辿れたが、十年前に現れた町までしか辿れなかった。」

「……そうですか。」

 地上で移動しながらも薬を売る薬師は、師が弟子をとり連れ歩きながら教え育てる。そして一人前と判断した時、それぞれ別々の道を歩み出す。たまたま十年前に師から卒業し離れたのだとしても、名前がツビィというのが引っ掛かった。それにツビィという青年の神聖力をもう一度目の前で確認したい。

「それからもう一つ、十年前に現れたその二人は、そこから二年前辺りまで透金英の花を闇市に卸していた。まだ若いから買い叩かれてしまっていたようだが、その花の色は黒だ。しかも最後のあたりに売っていた花は黒色に金色の粒を撒き散らすそれは美しい透金英の花だったそうだ。」

 クオラジュは傾けていたグラスをピタリと止めた。

「それは本当ですか?」

 黒色に金なんて、まるで………!

「まるでツビィロランのようですね。」

 クオラジュが息を詰まらせて言えなかった言葉を、代わりにサティーカジィが言った。
 黒い髪に琥珀色の瞳をした子供の姿がぎる。
 あの子が生きていたということだろうか?確かに心臓が止まるのを確認したのに、生き返ったのか?
 そして天空白露から逃げ、地上を生きて来たということだろうか。
 
「直ぐに確認したいですね。」

 はやる気持ちを抑えてクオラジュは訴える。
 
「まぁ、待て。今二人はこの首都にいるらしい。見張りをつけているので夜に行こう。」

 天上人が彷徨うろついては騒ぎになる。人目を避けるために日が暮れてから行くことで二人は同意した。








 ト、ト、ト、と軽快な足音を立てて二人は走っていた。首都の城門は夕方には閉まってしまう為、急いで荷物を纏めて飛び出したのだ。
 ツビィロランの予想では天上人である攻略対象者達は日が暮れてからしか動けない。なにしろ目立つ。
 城門を出てから走り続けると、城壁もその奥にある町も城のてっぺんも、全て森に隠れたが、空に浮かぶ巨大な浮島はまだまだ樹々の間から見えている。本当に巨大な島だ。あれが神聖力で浮いているというのだから、一体どれほどの力が必要なのか。

 かなり離れた辺りで二人は止まった。今日は野宿になるが仕方ない。それに向こうに予言者サティーカジィがいるのなら、追いつかれる可能性が高かった。
 
「もう少し行ったら湖があるから。」

 そう言って後ろに続くイツズを振り返ったツビィロランの髪は、黒に近い紺色に変わっていた。
 ツビィロランの身体は神聖力に溢れている。定期的に神聖力を透金英の枝に吸わせないと髪色が直ぐに戻ってしまうのだ。

「湖には何があるの?」

「水がある。」

 イツズは知ってるよ!と頬を膨らませた。イツズは年下である所為かツビィロランに対して弟のように接してくる。ツビィロランが今のように説明なしに走っても大人しく信じて着いて来てくれるので、ツビィロランとしてもやりやすいし信頼も出来た。

「ふはっ、ごめんごめん、急いでたから説明しなくてさ。ほら、サティーカジィって水を使って占うだろ?その所為で俺達の居場所もバレるわけだしさ、ちょっと意地悪してやろうと思って。」

「意地悪?」

 ニマッと笑う俺に、イツズは首を傾げた。イツズにはいつも一つ俺の神聖力を吸って育った黒の透金英の花を食べさせているのだが、今は余分に三つも食べさせた。流石にお腹いっぱいだと文句を言ってきたが、そのおかげかいつもは淡い金髪が、色味を増して光り輝く眩しい金髪になっている。体内にある神聖力の量で髪色が変わるなんて不思議だなと思う。しかも食べたのは黒い透金英の花なのに、黒髪になるわけでもなかった。きっと本来持つべき色が出てくるのだろうと思う。

「さ、どうせならちゃんと用意してお客様を待とうぜ。」

 何をするのか全部聞いてもいないのに、イツズはいいよと笑顔で応えた。









 イリダナルが配置した兵は全て眠らされていた。神聖力に対応出来るようそれなりに鍛えられた者達ばかりだったはずなのに、彼等の神聖力は封じられ意識を刈り取られていた。
 宿に着いた天上人三人は、今は目立たないように羽をしまいフードを被っているのだが、顔は見えずともその体躯は輝かんばかりで注目を集めていた。しかも国の鎧を着た兵が平伏しているので悪目立ちしている。

「これは………、本気で元予言の神子様かもしれないなぁ。」

 額に青筋を立てて怒りを表し、イリダナルは平伏する兵達を睥睨した。
 意識を失っていた兵達は直ぐに目覚めはしたが、任務の失敗を悟り真っ青になって地面に額を付けている。

「ツビィロランが生きているのでしょうか。」

 サティーカジィは未だ半信半疑だった。もしかしたら新たなる予言の神子なのではとさえ思っている。それはそれで今いる予言の神子ホミィセナを偽物だと認識しているわけだが、天空白露が下降し透金英の樹が枯れていることから、そうとしか考えられずにいた。
 新たなる神子か、ツビィロランが生きているか。水鏡で占うなら対象はハッキリしていた方が当たる確率は上がる。
 だからこその質問だった。

「私は生きていると思います。」

 サティーカジィと違ってクオラジュはツビィロランが生きていると信じていた。
 あの時消えた命が助かっているのなら、会わねばと思った。

「おい、北の城門から夕方に二人組が出ていったらしい。もう日が暮れるし止めようとしたが急いでいると言って出ていったらしいぞ。どちらも旅用のフードを被っていたから人相は確認できていないが若い男性だそうだ。多分片方は鮮やかな金髪だったと言っている。」

「鮮やかな金髪?淡い金髪と聞いていましたが?」

 最初の報告ではそう言っていたはずだ。鮮やかな金髪というのなら、サティーカジィの色味と近いだろう。

「暗くなっていたから夕日の加減で照らされてそう見えたかもしれん。追うか?」

「勿論です。」

 即座に頷く。
 
「待って下さい。方角まで分かってるなら私の水鏡で見た方が早いでしょう。」
 
 サティーカジィは宿の主人から平たい皿を一枚借り、中に水を満たした。小さな皿なので直ぐに表面は静かに止まった。
 皿の中の水にサティーカジィは自分の神聖力を混ぜて行く。

「…………森の中、………湖にいますね。おや、どうやら私達を待つつもりのようです。」

 水に映る二人は湖面ギリギリの場所に立っていた。二人ともフードを被っているが、月明かりに照らされてはみ出た髪が見えていた。
 一人は鮮やかに輝く金髪で、もう一人は暗い色合いの黒に近い髪をしている。

「黒………というより紺色に近い気もしますが……。」

 紺色の髪の青年は長い前髪で顔は見えなかった。風が流れてフードの裾と長い前髪がサラサラと揺れている。

「髪の色は違いますが、売り子をしていた彼で間違いありません。」

 クオラジュが話し掛けた青年で間違いなさそうだった。しかし何故逃げたはずなのに湖で待ち構えているのか。

「コイツらは何をするつもりだ?」

 それは誰にも分からなかった。だがイリダナルはこの湖を知っている。よく国民が出かける手近な湖である為、整備も危険な動物の駆除も整えられている場所だった。
 手を振ると先程まで平身低頭謝っていた兵達が指示されることなく湖に向かった。馬を使えば直ぐだ。

 クオラジュは水鏡の中の青年を凝視していた。
 この人間がツビィロランだろうか。すっかり失念していたが、どんなに神聖力があろうとも開羽する前は皆普通に成長する。ツビィロランもあのまま成長すれば二十五歳近くまで大人になり、黒い羽を生やしてその姿でいたかもしれない。
 ちょうど十年。この男がツビィロランなのだとしたら、今二十五歳だ。
 瞳の色を確認できればハッキリするかもしれない。
 あの滑らかに光を放つ琥珀色の瞳を見れば、そうであるかもしれないという疑惑が確信に変わるのに。

「行きましょう。」

 サティーカジィの言葉に、クオラジュは頷いて水鏡から視線を外した。








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