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竜が住まう山
27 仲がよろしいことで
しおりを挟むコンコンと俺はノックして遠慮なく扉を開いた。扉の前には護衛の兵士が二人立っており、ズカズカと進んだ俺を止めようとしたが無視をする。
扉を開け中に入り、室内の状況を確認して俺はニコッと笑った。
「あーーー、すまん。お楽しみ中だったか。」
大きなベットに横たわる聖王陛下の上に、アゼディムが乗っかっている光景が見えた。アゼディムはキッチリと軍服を着ているが、聖王陛下のガウンのような夜着は前がはだけていた。
回れ右して俺は廊下に戻った。止めようとした兵士は涙ぐんでいる。アゼディムの部下なんだろうな。すまんな。
「なぁ、止める時は声出して何で入ったらダメなのか言ってくんない?」
「申し訳ありません。」
神聖軍にいて聖王陛下の護衛やってるくらいだから、コイツも天上人なんだろうに、アゼディムの教育の賜物か予言の神子には順従だ。勝手に入ったのは俺なのに素直に謝ってくる。
さっきの抹茶頭もちゃんと教育したらいいのに。
閉めた扉が中から開いた。出て来たのはアゼディムだ。
「俺、この時間に来るって言ってたよな?」
「聖王陛下はお疲れでお目覚めにならなかったんだ。入っていいぞ。」
部下は俺のことを敬ってくれるのに、てっぺんにいるアゼディムの態度は今も昔も変わらず横柄だ。コイツ絶対聖王陛下に纏わりついていたツビィロランのことを鬱陶しく思っていたに違いない。俺を見る目が厳しいのだ。
アゼディムの後をついて部屋に入ると、ちゃんと着替えた聖王陛下ロアートシュエが待っていた。
「すみません。こんなに寝坊してしまうとは思わず。」
申し訳なさそうにフワリと笑う。相変わらず金緑石色の髪と瞳は綺麗に艶々と輝いている。急いだ所為か服はいつもの長くゆったりとした神職者の服ではなく、簡素なブラウスとズボンだった。こんな格好初めて見たなと思う。
天上人で神聖軍以外は皆ズルズルとした長い神官服っぽいのを着るので体型が分かりにくいのだが、聖王陛下はゲームの攻略対象者なだけあってスタイルも抜群だった。決してガリガリではない。長く地下に閉じ込められていたとは思えない回復力だ。俺があげた透金英の花が役に立ったとは言われていたけど、そんなに効果があったんだろうか。
「いいよ。忙しいんだろ?俺は何もしてないし手伝うこともできなくて悪いな。」
アゼディムには文句を言うが、聖王陛下は人が良さそうなので文句を言うのはやめておこう。
ソファに促されたので座ると、対面に聖王陛下が座り、その後ろにアゼディムが立った。この定位置昔からなんだなぁ~。ツビィロランの記憶の中でもこの二人の位置はこれだった。アゼディムは金魚のフンだ、番犬だ。どっちがお似合いだろうか。
「それで、外に行きたいと言うのは何か目的があるんでしょうか?」
聖王陛下に尋ねられて、俺は手に持ったままだった透金英の枝を目の前に出す。漆黒の花から枝の動きに合わせて金の粒がハラハラと散った。
「これ。この枝はさ、ここに来てから親樹の方から折ったやつなんだ。地上にいた十年間は花守主の森から盗ったやつ持ってたんだよな。小さい時止まりの袋に入れて、枝と咲かせた花をい~~~ぱい入れてたわけ。」
「十年間?それは沢山溜まったでしょうね。」
ロアートシュエはツビィロランの神聖力が尋常でないことを理解している。あの巨大な透金英の親樹に一瞬で一斉に花を咲かせることが出来るのだ。ロアートシュエでも無理な量になる。
地上では透金英の花一つ売るのでも大変だろうと予想出来るので、相当溜まり続けたのではないかと思った。
「うんうん。それがさ、その袋失くなったんだよなぁ。」
ツビィロランが気付いた時には失くなっていた。親樹から折った枝を持ち歩いていた所為で気付くのが遅れたのだ。荷物は全部予言者の屋敷に置いていた。泥棒が簡単に入り込める屋敷ではないので、内部犯かかなりの実力者になる。
で、サティーカジィに犯人探しを頼んだところ、クオラジュ達ではないかということになった。
そう説明を受けて、聖王陛下は悩ましげに眉を顰めた。その姿は攻略対象者というよりは攻略される側だなと思う。男なのに綺麗な顔だし色気がある。
後ろに控えたアゼディムを見ると、俺の顔を憮然と見ていた。聖王陛下を見るなとでも言うつもりか?
「………実は私もクオラジュについて話があったのです。」
「何だ?」
「ツビィロランは大陸の中央にある竜の住まう山についてご存知ですか?」
竜の住まう山とはそのまま竜が住んでいる山だ。竜は天上人よりも数が少ない種族だ。寿命はさらに長く、五百年から千年生きると言われている。実際どの程度の個体数が住んでいるのか誰も把握したことはない。神聖力も性格も強い個体ばかりで人間や天上人との親交は不可能と言われている。
「常識的な範囲は?個人的には会ったことない。」
「私もです。殆どそうだと思いますよ。彼等が山から降りてくることは稀ですし、向こうから連絡してくることも無かったのですが、今回これが送られて来ました。」
コトンと机にガラス瓶が置かれる。中にはほんのりと光る羽が一枚入っていた。色は青から紫、橙色にグラデーションする黎明色。
「クオラジュの?」
天上人の羽は神聖力で出来ている。身体からこうやって一枚離れても、暫くすれば大気に溶けて消えてしまうのに、クオラジュの羽は瓶の中に入ったまま消えずにいた。
「時止まりの術が掛けられています。昨日届いたのですが、宛先も用件もなくこの瓶だけ届いたので、神聖力の質を調べていくと竜の気配がするのです……。」
竜の?クオラジュが竜に捕まっているとか?いや、そんな弱っちい男じゃないしなぁ。剣の腕しか見たことないけど、聖王陛下の代わりにこの天空白露を飛ばしてたくらいだし、神聖力も相当な強さがあったはずだ。それとも竜とやらの神聖力の方がよっぽど強いのか?
「ふぅーん……。何で天空白露に送って来たのかな?」
「意図がわかりませんね。何にしてもクオラジュが竜の住まう山に居るのではと思うのですが、そこに行くには少々危険かと思います。調査はアゼディムに任せてくれませんか?」
安全性を考えると任せるのが一番か?折角クオラジュから盗まれた物を取り返すという口実を考えたのに、外に出る機会がなくなってしまう。
天空白露が以前飛んでいた大陸の外周ならば、人が集まり国や集落を作っているから大丈夫だろうけど、大陸中央にある竜が住まう山には誰も寄り付かずどこの国にすら所属していない。無法地帯だと聞いている。
俺一人では地理にも明るくないし危険か?
「誰か案内してくれる人付けてくれたらいいんだけど。」
聖王陛下が困った顔をした。
「貴方には危険になど飛び込まず安全な場所で平和に暮らしていて欲しいのです。……今更かもしれませんが…。」
聖王陛下の憂い顔にアゼディムまで顔を曇らせている。イチャつくなら俺が帰ってからにしろ。
「あー、うん、別にそんなに気を遣わなくていいよ。」
殺されたのはツビィロランであって津々木学ではない。俺はツビィロランの身体に入っている別人なのだ。ツビィロランに同情はしているが、だからといって聖王陛下達に恨みがある訳でもない。天空白露が落ちればいいと思っていたのもツビィロランに同情したからであって、落ちて海に浮かぶ今は思うところは何も無かった。
こうやって気を遣われると逆に居ずらいのだ。
だから外に出たい。
俺が居ずらそうにしているのを聖王陛下達も理解しているようで、お互い顔を合わせれば言葉に詰まることが多い。
「もし、行くのなら必ず護衛をつけて下さい。私の一族に竜の住まう山一帯の地理に詳しい者がおりますから、その者をつけますので必ず同行して下さい。」
結局いつも聖王陛下が折れてくれる。
「うん、ごめんな。」
いいえ、と聖王陛下は微笑んだ。そんな聖王陛下を常に守るように神聖軍主アゼディムが側に控える。
ツビィロランは子供だったこともあり気付いていなかったが、どう見ても二人はできている。
無愛想なアゼディムが聖王陛下を見る時だけは優しいし、聖王陛下もアゼディムを見る時は目の下が赤くなり恥ずかしげに微笑む。ツビィロランはよくこの二人の空間に入れたなぁと感心する。無知って怖い。俺も身を焦がすような恋愛なんてしたことないけど、それなりの経験はあるので、二人を見れば関係性がすぐに見て取れる。
番ってこんな仲睦まじいもんなのかなぁと、出された紅茶を啜りながら眺めていた。
イツズとサティーカジィもこうなるのか?寂しいなぁ。父親が子供を嫁がせる気分だ。
「なぁ、二人はどうやって番になったんだ?」
興味本位で聞いてみた。この二人に媚薬は必要なさそうだ。
え?と聖王陛下の頬が染まる。この人本当に攻略対象者だったのかな?
「俺たちは手を取り合い未来を助け合うと誓い合った時に番になったんだ。」
「え?やってねーんだ?」
手を取り合っただけで?
思わず尋ね返すと二人は頷いた。
「私にとってアゼディムだけが唯一心を許せる味方でした。アゼディムがいてくれれば失敗したとしても心残りはないと思うほどに、アゼディムが側にいてくれることが嬉しかったんです。」
「ロア………。」
二人の雰囲気が甘くなり、お互いの手を取り合い見つめ合いだした。絵に描いたようなラブラブカップルだな!?これ本当に周りにバレてなかったのか!?
こらこらこら、俺のこと忘れてるだろうが!
でも手を取り合っただけで精神が繋がったんなら、二人の愛情はとても深いということだろう。
ふむー、サティーカジィの先行きは困難だな。イツズがいないのは寂しいが、置いていくしかなさそうだ。連れ出してさらに二人の距離が遠のけば可哀想すぎる。
イツズの代わりに誰かいないかなぁ。話し相手。
同じくらいの年で話しやすくて、俺を神子として敬うでも嫌厭するでもないくらいの、特に天空白露に必須ではない、ちょうどいいやつ。
うーーーん、と考えた。
「あっ!そうだ!アイツ連れてってもいい?」
一人顔が思い浮かび、俺は目の前でイチャつく聖王陛下に提案した。
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