落ちろと願った悪役がいなくなった後の世界で

黄金 

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竜が住まう山

26 ある朝の日常

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 ヒソヒソと囁かれる声にツビィロランは今日も朝からイライラとする。

「あれが、生きてたのか……。」
「何故ホミィセナ様が犠牲になられて、あの男の方が残ったのでしょうか……!」
「シュネイシロ神はどうお考えなのか…。」

 ツビィロラン自身で判断した結果とはいえ、かなりうるさ過ぎる。

「はぁーーー、地上行くかな…。」

 天空白露が空ではなく海に浮かぶようになったので大陸を地上というのもおかしいけど、長年の習慣から大陸のことを皆地上と言っている。

「え?じゃあ、僕も!」

 ボソリと呟いた声に、隣を歩いていたイツズはぴょんと跳ねた。

「ダメですよ!?」

 慌てて却下したのは予言者サティーカジィだ。イツズが自分のつがいと分かるや否や、屋敷に住まわせ方時かたときも離さない。
 イツズは説明を受けはしたものの、自分がサティーカジィの番だとは信じきれておらず、サティーカジィの努力も虚しく未だに他人行儀だ。

「そんな……、ツビィは僕の家族なんです!」

 番の自分よりもツビィロランを取るイツズに、サティーカジィは地味にショックを受けていた。サティーカジィの予言でイツズは間違いなくサティーカジィの番なのだが、二人の距離は進展しておらず番になれていないのが現状だ。
 そんな二人を横目に見て、前途多難だなと他人事のようにツビィロランは眺めていた。
 イツズは色無なので寿命が短い為、天上人のサティーカジィと番になれば長く生きられる。なのでツビィロランとしても応援はしようと思っているのだが、イツズは自己評価が低いので予言者一族の当主と番うなんてと尻込みしている。
 ちょっと前までサティーカジィに憧れのような恋愛感情も持っていたようなのに、現実の壁が高すぎて引っ込んでしまったようだ。

「お願いです、ツビィロラン。出ていくなんて言わないで下さい。」

 真剣にサティーカジィが頼んできた。

「いや、お前が頑張れよ。」

 相思相愛なのに何つまずいてんだよ。無理矢理でも許されるんじゃ?などと思いながら、ふと疑問が浮かぶ。
 番ってどーやってなるのか?俺はここに異世界転移して十年経つ。地上でも番だというペアにはいっぱいあってきたが、具体的にどうするのか知らなかった。ツビィロランの記憶にもない。

「どーやったら番になれるんだ?」

 なので聞いてみることにした。

「貴方は今おいくつでしたっけ?」

 えぇ?とサティーカジィが慄いている。悪かったな!二十五歳だよ!
 それでもサティーカジィは教えてくれた。
 番とは精神と精神の繋がりであり、人は自分一つの精神しか持ち得ないので、人生に一度っきりしか番えない。
 しかし自然と繋がる番とはお互いが相手を欲して初めて繋がることが出来るので、その精神状態になることが条件になる。心から相手を愛し愛されないとダメなのらしい。
 一番精神が繋がりやすいのは性交時。感情が高まり身体を繋げることで心も繋がりやすくなるんだとか。
 でも本当に気持ちが通じ合えば抱き合うだけ、触れ合うだけでも精神が繋がり、番になれる。
 番になりたいのになかなか上手くいかないというペアは結構いるらしい。そんなペアは特殊な媚薬を使って番になれる。透金英の花を原料に作る媚薬なので高価だが、これに頼ることはままある。政略結婚をする場合はほぼ使うらしい。
 そこまでして番になる必要があるのかと疑問をぶつけたら、身分が高くなる程体裁もあるし、番である方が神聖力の高い子供が出来やすくなるので、媚薬を使って番になるのは公然の秘密なんだそうだ。
 天上人は番一人を伴侶として大事にするが、地上の王侯貴族なんかは番の他に側妃や愛人を作ったりする。番が必ず正妻ではない場合も多いらしい。

 ほうほう、なるほど。精神の繋がりかぁ~。ピンとこないな。

「イツズ、お手。」

 突然イツズに命令したツビィロランの手のひらに、イツズは何の迷いもなくお手をした。
 サティーカジィが何するんだと目を剥く。
 ツビィロランはそんなサティーカジィの手首を掴み、イツズの手とサティーカジィの手を握らせた。

「番になった?」

「え?特に何も感じないよ?」

 尋ねたツビィロランに、イツズは不思議そうに否定する。
 こいつらいつも手を繋いでるもんな。手を繋いだだけで番になってるなら、とっくの昔になってるか。
 サティーカジィがガクッと項垂れた。

「……あ、あ、貴方は、なんて酷い……!」

 こいつ面白いな。クオラジュがよくつるんでたの理解できるわ。
 ツビィロランの悪い笑顔にイツズは溜息を吐いた。




 天空白露が海に落ちた後、対外的にどうするかを聖王陛下ロアートシュエとツビィロランは話し合った。
 ホミィセナは母国であるロイソデ国と共に天空白露を牛耳るつもりだった。クオラジュに唆され手を出し、そのクオラジュによって滅ぼされたわけだが、天下の天空白露が地上の一国に乗っ取られかけたと知られるのはあまりよろしくない。
 しかも青の翼主の陰謀だというのも外に出すわけにはいかない。
 聖王陛下が弱みを握られ言いなりになった事実もよくないし、本物の予言の神子を殺そうとしたということも秘密にしなければならない。
 事実ありのままを発表すれば、天空白露はそんなに簡単に攻め込めるのかと思われるし、海に落ちた今、攻め込まれても防げるかわからない。天上人は強いが圧倒的に数に差があるのだ。
 何もかもを秘密にし、海に落ちた理由も予言者スペリトトの予言に沿わせて、翼主一人の所為で落ちたことは内密にしたい。
 兎に角そういうことで、予言通りに落ちかけた天空白露を、予言の神子ホミィセナが身を挺して海に落としたことにした。ホミィセナは帰らぬ人となり、母国のそばに落とすことで他国を巻き添えにしないようにしたということにした。
 そして創世祭の途中で現れた俺は、次期予言の神子として参加していたことになった。予言の神子にスペアがいたことにして、ホミィセナが死んだ今、ツビィロランが次の予言の神子として繰り上がったという話になった。
 過去に俺がホミィセナを襲ったという事実は、実際に傷付けていないことと、十年間地上に追放されており、その間に改心しシュネイシロ神の教えを守る恭順な信徒となったということにして、ツビィロランの罪は洗い流され天空白露に戻れたのだという事にした。念の為、予言者サティーカジィに神託が降りたということにして反対派を押し退けた。
 俺は天空白露が落ちたことだし、また旅の続きをして良かったのだが、旅のお供イツズがサティーカジィの重翼ちょうよくで番になる者であった為に出れずにいた。連れ出すわけにもいかないからな。
 俺が出て行こうとするとイツズもついてこようとするので、サティーカジィは半泣きで止めている。




 俺は予言の神子ということになったので、もう透金英の樹に神聖力を吸わせて髪色を薄くするということはしていない。
 聖王陛下から髪は伸ばしてほしいと泣きつかれて前髪は程よく切って後ろを伸ばし中だ。めんどくさいんだけど。
 髪が黒いので俺が誰だか一目でわかる状態になった。歩けばヒソヒソと噂されるのも日常茶飯事。
 ツビィロランの記憶を見てもそんな酷い態度をとったようにも見えないのに、かなりの暴君としてここの奴らの記憶に残っているらしい。ツビィロランより元々の俺、津々木学つづきまなぶの方が性格悪いと思うんだが、予言の神子ともなるとちょっと我儘言っただけで酷く悪く言われるんだろうか。それならば透金英の花を独り占めして贅沢三昧していたホミィセナの方が悪どかったと思うんだけど。上手にやってたんだろうなぁ。ツビィロランは我儘だけど素直過ぎてダメだったんだろう。

 俺はサティーカジィとイツズと別れて聖王陛下のいる部屋に向かうことにした。今後の行動を決める為だ。
 聖王陛下のいる場所は高位者しか入れない区域になる為人が少なくなってくる。

「ツビィロラン様、本日の礼拝に何故来られなかったのですか?」

 広い回廊の途中で背後から声を掛けられた。誰かついて来てるなぁとは思っていたが、珍しく声を掛けてくる勇者がいた。
 振り返ると天上人と一目でわかる青年が立っている。長髪の多い天上人にしては肩で切り揃えた髪は珍しいが、何故天上人と判断できるかというと、背中に羽を広げているからだ。室内では邪魔になるので羽を出す天上人はあまりいないのに、これ見よがしに広げている。羽のない俺に見せつけたいのかなと思うが、俺は飛びたくないので羽はいらないと言ってやりたい。それに目の前の男性の羽は濃い緑色をしているが、至って平凡だ。緑といえば緑の翼主一族の一員なのだろう。羽があるので神聖力も多いのだろうが、聖王陛下達からすると見劣りした。きっとキラキラしい派手さが強い証拠なのではないだろうか。
 そう思い至った俺は、フッと軽く笑った。

「………何故笑うのです?」

 怒らせてしまったようだ。
 ホミィセナの後釜に入ったツビィロランは好かれていない。ツビィロランが犠牲になれば良かったのにと言うやからまでいるくらいだ。
 緑の翼主一族で青の翼主一族を没落させた主要人物達は、聖王陛下ロアートシュエと神聖軍主アゼディムの二人によって消されている。なので未だにのうのうとここを彷徨けているコイツは、ほぼ権力を持たない下っ端なのだろう。

「………いや?立派な羽をお持ちだと、ね。お詫びに俺も見せてやろう。」

 俺は腰に差していた透金英の枝を握った。十年間連れ添った相棒ではなく、透金英の親樹から折った枝の方だ。
 今は花も葉もないツルンとした枝だ。

「背にはもう羽は生えないのに、何が予言の神子だと言うのでしょう!?せめて礼拝くらい真面目にされてはどうですか?」

 相手は天上人だ。神聖力に優れた天上人の身体能力は高い。高いらしいが俺には遅く見える。俺は素早く神聖力を身体に纏わせ一歩踏み出し、グンと相手の目の前に立った。

 トン、と透金英の枝の先っぽを相手の胸に軽く刺す。当てただけなのに、当てられた方は驚愕に目を見開いて固まった。
 透金英の枝が急速に神聖力を吸い込む。相手の濃い緑色の髪が薄まり、背に広がっていた羽がスウッと消えた。
 透金英の枝に緑色の花が咲く。普通の透金英の花は天空白露の神聖力を吸っただけでは淡く金色に光る白っぽい花なのだが、吸った対象が人間だと、その人間の神聖力の色になる。
 地味だが濃い緑色の花が一つ咲いた。
 目の前で髪の色が薄くなった男がへたり込む。

「ふぅん、抹茶みてー。ほらよ、お前の花だ。」

 プチッと枝から千切って男に投げた。そして透金英の枝に俺の神聖力を与える。ブワッと花が咲き乱れ、溢れた花びらがチラチラと舞った。
 俺はこれ見よがしに髪を掻き上げる。神聖力を吸わせても俺の髪は漆黒だった。
 
「腰抜かしたようだから俺の花をやるよ。」

 俺の咲かせた漆黒の花を一つ掴んで枝から離す。それもポイと投げた。金の粒が軌跡のように跡を引く。
 神聖力を吸われて力を無くした男は呆然と座り込んだままだった。
 
 俺は透金英の花が付いた枝を肩に乗せ、クルリと方向転換してまた聖王陛下のもとへと向かった。






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