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竜が住まう山
33 炎の竜より怖い炎
いいでしょう。情報提供の対価として炎竜を討ちましょう。
貴方が隠し持つ器と竜の魂については問いません。私も新しいものから用意したいですからね。
そう気軽にクオラジュはトネフィトの小賢しい思惑を水に流してくれた。
念の為に炎竜をお勧めした他の理由も付け足した。
万能薬を作るには、それ専用の器が必要になる。
死者の魂は、満月の夜、冥界の炎によって燃え上がる。その燃える光を使って万能薬を煮詰めるので、作るものが簡単なもの程、魂の光は少なくて済む。ツビィロランという予言の神子を作った時は長時間煮詰める為に、あの大量の魂の核が必要だったのだろう。
そして煮詰める時の器も、冥界の炎に耐えられるものでなければならない。
だから炎竜をお勧めした。
竜の骨と鱗なら冥界の炎に耐えられるので、竜の骨と鱗を使って器を作り、その器で煮詰める必要がある。普通の竜より炎の竜の方が耐性が高い。しかも炎竜ルワントは長く生きてその鱗は硬く強靭だ。
その説明にクオラジュは頷いた。優し気な表情からは何も伺えない。
トネフィト達は天上人と話すのはこれが初めてだったが、天空白露とはこんな天上人が住んでいるのかと恐怖した。
海に落ちたらしいが一生近付きたくない。
炎竜ルワントは老いていながらも、まだまだ力溢れる竜だった。
数少ない同族をまとめ上げ支配する手腕は確かなものなのだが、弱い同族には容赦なかった。
トネフィトは目が見えない。
ロジチェリとカンリャリは珍しい双子。双子と言っても親の腹から卵が二つ出る方の双子ではなく、一つの卵の中から竜の赤子が二匹生まれた方の双子だった。
双子は力が弱く体も小さい。
生まれたばかりの二匹は山に捨てられた。
今住んでいる山は、そういった不完全な形で生まれた竜を捨てられる場所だった。
二匹の赤ちゃん竜はたまたまトネフィトに拾われた。
乳が必要だと思ったトネフィトは野生の親山羊を捕まえ飼うことにした。蹴られながらも乳をとり、赤子に与え、穀物や薬草を擦り潰して与え続け、育てていった。
小さかった赤子はスクスクと育ち、今は三人で暮らしている。
そんなトネフィト達のことを疎ましく思い、荒らしに来るのが炎竜の配下だった。
捨てたのだから構わなくてもいいのにと腹も立つが、多勢に無勢になる為、いくらロジチェリとカンリャリが強くても、トネフィトという足手纏いがいてはやられてしまう。
これはいい機会ではないかと思い、この恐ろしいクオラジュという翼主を嗾けてみようと思ったのだが、どうもお見通しだったようだ。
こんな山の中に引っ込んでいるような自分が、騙せるような存在ではなかった。
よく命を取られなかったなと、今更ながらに足が震えた。
後からそれを聞いたロジチェリとカンリャリからは怒られたし、黙ってクオラジュの後ろにひかえるように立っていたトステニロスは可笑しそうに笑っていた。
クオラジュの存在感に対して、トステニロスは同じ翼主とは思えない程に存在感が薄い。
炎竜ルワントは強い。
その炎は全てを燃やし尽くし、黒い炭と変える。どんな技も神聖力も、ルワントの前では無意味だと言われる程の炎を持つのがルワントだった。
だからこそ竜の王者となり得ていたのに、そのルワントの赤黒い瞳には恐怖が滲んでいた。
「…………何故っっ!………なぜ!?」
いくら炎を吐いても涼し気に流される。
人型では埒が明かないと、巨大な竜体に変わり口から炎を噴き出した。しかしそれもこの天上人には一切効かない。
「竜の炎とはこの程度なのですか?」
氷の瞳は冷たくルワントを侮蔑していた。これで王を名乗るつもりなのかと語っている。
「くそっーーー、くそっ、ぐぞぉお゛ォォォォォォーーーーーーー!!!」
叫びながら吐き出された球体の炎は、マグマのように渦を描きドロリと溶けながら、クオラジュに向かってる飛んでいった。
案内してきたトネフィト達は、流石にあれはヤバいんではと背筋が凍った。
クオラジュ達が倒れれば、次に命を狙われるのは、案内したトネフィト達だ。
眩いまでの炎の塊は、クオラジュの眼前まで迫っていた。
クオラジュは手を翳して神聖力を練り上げる。
手のひらに丸い炎が出現した。
白く、眩く、ルワントが吐いた炎球さえも照らし出す炎の玉。
クオラジュが手首を前方に振ると、白い玉は大きな炎の球に吸い込まれた。
マグマのようにドロドロと溶け燃えていた球体が、不自然に空中で止まる。まるで生きているかのようにドクンと揺れて、ドロリと炎球は溶け落ちた。ドロドロ、ドロドロと流れ落ち、白い玉が最後に残る。落ちた炎は流れる形に暗く変色し固まった。
クオラジュが腰に手を伸ばし剣を抜いた。
長い長衣で見えないが、中には腰に剣を差している。上に羽織った服は前が開いているので目立たないだけで、クオラジュは常に剣を帯刀している。
「わしの、わしのっ、………炎がぁ、わしのぉぉっ!」
クオラジュは、ああ……、と声を漏らした。
「貴方の身体に傷が付いてはいけませんので、消させていただきました。」
なんでもなさそうに応えてくる。
竜の中でも一番強力な炎を吐くと言われていた炎竜ルワントでさえ、翼主クオラジュには敵わない。
その様子にトネフィトはぶるりと震えた。早く要件を済ませて帰ってもらわないと!ロジチェリやカンリャリが消されでもしたら………!何よりもそれが怖かった。
クオラジュの姿が音もなく消える。ほんの少しだけ、右足の爪先がジャリッと鳴ったのだけ理解出来た。
気付けばスパンという音と、巨体の首が跳ね飛ぶところだった。
「…………………っ!」
トネフィト、ロジチェリ、カンリャリの三人は、あまりの光景に言葉を失った。
炎竜ルワントを殺して魂の核を捕まえ、その身体の骨と鱗を器の材料にしたらどうかと提案したのはトネフィトだ。
だがそれは実現不可能なことだと思っていた。
ルワントは竜達の中の王だった。流石に目の前の天上人から唯ならぬ雰囲気を感じ取ろうとも、そう簡単に殺せるはずはないと思っていた。
お互い傷を負って牽制し合えばなと思っていたのだ。魂の核はルワントに侍るどこかの竜のでも十分だろうし、トネフィト達の後ろには強い天上人がいるのだと思ってもらえれば良かったのだが…………。
「……………えぇぇ、怖い。」
自分で勧めておきながら、簡単に実現したその事実に恐怖した。
「竜の王を殺した者が次の竜の王だよな?どーすんのかな?」
ロジチェリが何とも言えない顔で呟いた。
「………王になってくれるようには見えないな。」
これは大変なことになったと三人は抱き合った。
皮を剥ぎ、骨を取り出して、爪や牙、角、眼球と、武器や防具の材料になりそうなものを、それまで黙って静観していたトステニロスが手早く解体していく。
「眼球を差し上げましょうか?」
その様子を静かに見ていたクオラジュが、岩場の陰で覗き見していたトネフィトに声を掛けてきた。
眼球…………。欲しい。
トネフィトが作りたいのは自分の眼球だった。
「い、いいのかい?」
恐る恐る尋ねる。もし後から命を差し出せと言われたら、眼球を貰っても意味がない。
「ええ、私の方の材料には関係ありませんし、貴方が作りたいのは目ですよね?基礎にすれば他の材料が少なくて済むのではありませんか?」
その通りだった。
「じゃ、じゃあお願いします。あ、でも透金英の花は………。」
透金英の花は神聖力の塊だ。器を魂の光で燃やしつつ、材料を混ぜ合わせて、大量の神聖力を混ぜる必要がある。一気に神聖力を注ぐには透金英の花がうってつけだった。
「…………花は持っているのですが、これは私の物ですので、作れそうな者達をここに連れてきましょう。彼等に私と同じように情報を提供して透金英の花を対価として要求して下さい。」
え、そんな面倒な………。手持ちがあるならくれたらいいのにと思ったが、そんなこと言えるはずもなく、トネフィトは分かったと頷いた。
クオラジュ達はそこから暫く滞在して、スペリトトの像を調べたり、トネフィトが調べた万能薬のレシピを考察したりとして過ごしていた。
クオラジュは恐ろしい男だが、礼儀正しく横柄でもない。文明の利器から遠い質素なトネフィト達の暮らしにも合わせてくれるし、なんなら手伝ってくれる。よく分からない男だった。
まるで従者のようにクオラジュに付き従うトステニロスは、人当たりがよく家事全般得意だった。ロジチェリとカンリャリ達に知らない調味料や調理を教えてくれて、二人は直ぐに打ち解けてしまった。おかげでクオラジュの相手はトネフィトがする羽目になった。
トネフィトの方も薬学に詳しいクオラジュとは、有意義な時間を過ごせるようになったので、いつの間にか慣れてしまった。
「そろそろ天空白露から誰か来るでしょうから私達はお暇します。」
ある日突然クオラジュからそう告げられた。
「そうなのか?次は器を作りに行くのかな?気をつけて。」
最初こそ怖かった翼主クオラジュも、今やすっかり友人のような気持ちになっていた。自分達には友好的で、共に知識を共感し向上し合う関係が良かった。
また遊びに来てくれと告げると、クオラジュは可笑しそうに笑う。最初ガタガタと震えていた姿を想像されたのかもしれない。
「また何かありましたら訪れます。」
「何もなくても来て欲しいな。クオラジュの知識はとても興味深い。」
「そうですか?光栄ですね。何か面白い書物を見つけたらここに送りましょう。」
書物と聞きトネフィトの顔が輝く。書物はロジチェリかカンリャリに読んでもらうしかないのだが、眼球が作れればいくらでも好きな時に読むことができる!
去っていく二人を見送ったのは数日前だ。
「うん…………?」
汲んでもらった桶で顔を洗いながら、ふと山に入る気配を感じた。
竜が住んでいる山にだけ共同で結界を張って侵入者が入り込まないようにしているのだが、誰かが山を登ってくる気配がする。この結界に入れる者は、それなりの神聖力がないと入れないので、麓の住人が入り込むことはそうそうない。
「どうした?」
桶から濡れた顔を上げたトネフィトに、カンリャリが布を渡しながら尋ねた。
「誰か山に入って移動しているね。」
三人の中ではトネフィトが一番感覚に優れている。目が見えない分、己を守る為に研ぎ澄まされた感覚だった。
「クオラジュが呼んだ天空白露の者か?」
滅多に山に他者が入ることはない。そうだろうとトネフィトは頷いた。
「俺が迎えに出てみよう。」
中からロジチェリが出てきた。もし天空白露から来た者じゃない場合、この中で一番神聖力が高いロジチェリが対応できる。
カンリャリが頷き、トネフィトは気をつけてと送り出した。
竜の住まう山の中で一番入りやすい山はトネフィト達が暮らす山だ。一応結界に入ってはいるが、この山は竜を捨てる山として扱われている。トネフィトや双子竜の様に生まれながらに問題がある者や、戦闘や病気で五体満足でいられない者が捨てられる。竜達の中ではどうでもいい生き残りがいるだけなので、結界が薄い。だから竜の住まう山に入ろうとする場合、トネフィト達が住んでいる山から入ろうとする者が多くなる。
ロジチェリは神聖力を身にまとい、トンと地を蹴って消えていった。
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