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19 貴方の為に歌いましょう
いつになく精霊殿は騒がしかった。
連れられていく私を見つけて、ジェセーゼ兄上が走り寄って来ようとしたが、司祭達に止められた。
兄上は怒ってもがいていたが、私と眼が合い笑って首を振ると悲しそうに止まった。
緑の泰子が側にいるから大丈夫だろう。
連れられて奥の方にある窓のない部屋に押し込められた。
扉は外から鍵を掛けられ、逃げられない様に見張りが外に付けられたようだ。
この部屋は落人を最後に入れて置く部屋だ。
罪を犯したら落人となるこの世界に、牢屋というものは無い。
ただ招霊門から落ちるだけ。
「訳も聞かずに簡単に落人行きとか、ある意味怖い世界だよね。」
誰にともなく呟く。
きっと明日の朝には門の前に連れられて行く。
その時に金の泰子を助けよう……。
ベットもない固い床の上で丸まって眠った。
鍵を開ける音で目を覚ました。
意外と何処ででも寝れるもんだなと思いながら、誰かが入ってくるのを待つ。
普通に司祭が入って来てホッと息を吐く。
翼がまた無邪気そうに笑って入ってくるのではないかと思うと嫌だった。
何も聞かず、何も話さずついて来なさいと言われて歩く。
重厚な石の扉の前で一旦止まり、司祭が重い扉を開けた。
入る様に言われて素直に従う。
覚悟を決めていた事なので躊躇うことは無い。
広い大広間の一番奥には、大広間の入口より大きな招霊門の石の扉。
はるか昔に五人の精霊王が半精霊人を招いた門。
門から現れた翼を見て弓弦の記憶が蘇ったのが始まり。
門の前には司祭フーヘイル様が立っていた。
「残念でなりません。白の巫女から落人が出るなど………。」
フーヘイル様の前に立つと、残念そうにそう言われた。
見回せば、翼と金の泰子が並んで立っている。反対側にはジェセーゼ兄上と緑の泰子、赤の泰子とサフリがいた。
青の泰子はいない。本当に大丈夫だろうか。
遠巻きには司祭様達と他の白の巫女達が集まっている。
何気にこれ立ち並び方がゲームのエンドっぽい。
「白の巫女ジオーネル、貴方は今から白の巫女ではなく唯の落人となります。遥か昔に分け隔てられた人世に戻り、人の理に戻りなさい。」
パキパキと音が聞こえる。
これは自分にだけ響いた音。
白の巫女という柵から抜け出た音。
ゲームでもこんな事言われてた気がする。
涙を流して醜悪な顔を歪めて世界を呪うジオーネル。
司祭が祝詞を唱え精霊力を招霊門に送ると門が開き、ジオーネルは最後まで落ちたく無いと金の泰子が好きだったんだと言いながら落ちて行く。
ゲームではなんの感慨もなく見れた場面も、自分自身だと思うと悲しくなる。
私だってまだ金の泰子の事は好きなんだ。
歌を褒められて、綺麗だと言われた言葉が、まだ心の中にキラキラと残っている。
だから、この世に美しい心をくれた貴方の為に歌おうと思う。
白の巫女ならこの部屋で歌う時はいつも白巫女装束だった。
でも今は唯の落人だ。
緑の精霊王は言った。
招霊門の部屋は精霊が集まり易いように、精霊力が響くように出来ている。だから、この部屋で歌えば届くだろう、と。
狂った精霊力を跳ね除け元に戻せるだろうと。精霊を動かし手伝ってくれると言った。
ジオーネルと金の泰子が一緒にこの部屋にいるのは祭事の時のみ。
後は、私が招霊門から落ちる時。
「せめて招霊門を開けるのは自分でやりたいのですが宜しいでしょうか?」
司祭フーヘイル様は複雑な顔をした。
自分が落ちる為に門を開けたい等と言う落人はいないだろう。
「ちょっと!変な事せずに早く落とさないと、また罪を犯しますよ!」
翼がキンキンと叫んだが、フーヘイル様は同意の言葉の代わりに招霊門の前を開けてくれた。
「私はもう白の巫女では無く落人なので白巫女装束は必要ありませんよね。」
フーヘイル様は頷いた。
ならば先程の頭に響いた音は間違いなく私が白の巫女の制約から解かれた音。
緑の精霊王はここまで言って無かったが、これは私の我儘だ。
最後に聞いて欲しくて。
ジオーネルとして聞いて欲しくて、歌う我儘。
手を胸の前で組んで息を吸う。
翼が何をするのかを察してギョッとした顔をした。
金の泰子を見て、目を閉じる。
今の私の眼は黒。
歌う歌は愛の歌。
いつも同じ歌を歌うのは、貴方が好きだったから。
精霊王を敬いながら、精霊に敬意を表しながら、こっそりいつも愛を乗せた。
大好きです。
愛しています。
グワンという圧力が部屋全体を埋め尽くした。
緑の精霊王が集めた精霊が所狭しと飛び回っている。
ゆっくり伸びやかに囁くように歌う。
「何これ!?」
「きゃあ!?」
「…助けて!」
翼の叫び声が聞こえた。
普段は穏やかに幻視を運ぶ精霊達が、激しく動きだし、人々は恐慌状態となった。
ゆっくりと目を開く。
翼を庇う様な態勢で金の泰子は固まっていた。
精霊達が集まり目当てのものを探すように、銀色に光る枝を所狭しと伸ばしていた。
人を貫き葉を伸ばし花を咲かせ花びらを落とす。決して人は傷付けない。幻視は透明ですり抜ける。
枝は騒めき探し当てた。
目当てのものを。
歌は私の感情。
私の心を乗せて精霊達は動きだす。
金の泰子は銀の枝に葉に、次々と貫かれた。
視認出来ない程に集まり光り輝いた精霊達が、力の圧で翼を弾いた。
「ぎゃっ……!!」
黒の巫女を厭うように銀の枝は翼を避けて空洞を作る。
精霊に感謝を。
私の願いは好きな人が健やかである事。
綺麗事をと言われてもいい。
笑われてもいい。
偽善であってもいい。
私は幸せを乗せて歌った。
私はいつものようにただ歌うだけだけど、それでいいと緑の精霊王が言ったから信じた。
それで貴方が助かるなら。
金の瞳と銀の瞳が重なり合った。
いつもベール越しに見ていた金の光は、今は遮るものが無く真っ直ぐに見つめていた。
高く、長く、歌いきる。
最後の一雫まで、貴方に届きますように。
金の泰子は右眼が痛いのか手て抑えていた。顔色が悪そうだったけど、精霊達は上手くいったよと褒めてくれたので大丈夫だろう。
安心して一歩下がる。
招霊門は私の精霊力に当てられて全開していた。
精霊達は鳴いていた。
行くのか?と。
ジェセーゼ兄上は涙を流していた。
「うぐ……えぐ……ジオーネル行かないでぇ~~っ!」
さよならを知っていただけに、涙が溢れ出ていた。
緑の泰子が寄り添って抱き締めているから、笑って手を振った。
幻視の銀の花がサワサワと吹き荒れ消えていく。
一歩また一歩下がって、金の泰子が手を伸ばそうとしているのを見やる。
翼がギリギリと睨み付けているのを、笑って見返した。
「あはは、ざまぁみろ。」
金の泰子は元に戻った。
後は緑の精霊王が上手くやってくれると言ったから信じる。
更に一歩後ろに下がって………。
消えいく幻視の花びらを纏って。
私は門の中へ落ちた。
ふっと空気が変わった。
清廉な精霊の気配に満ちた風が止み、辺りは湿気を含んだ懐かしい大気に変わっていた。
目を開けるとそこはあの日の夜。
人気の無い公園を、酔っ払った先輩達が歌ったり喋ったりして騒がせていた。
手にはホットのミルクティー。
帰って来たのか………。
翼は?
見回せば翼はいない。
向こうにいるからいないという事でいいのかな?
蒼矢は何人かの先輩達に囲まれて喋っていた。
今日の月は明るい。
濃く出た影をみてそう思っていた事を思い出した。
振り返れば満月で、翼に落とされた欄干が均一な影を落としていた。
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