偽りオメガの虚構世界

黄金 

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37 フリフィアの番人

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 四人は同時に目を開けた。

「っ識月君!」
 
 仁彩は手を伸ばして叫んだが、ここはもう現実。フリフィアの商品《理想空間》のうちの一つ《学園の王子様》の中に入る為に、楓君が用意した部屋の中だった。
 それぞれベットやソファに寛ぎ仮想空間に入った。

「八尋が出て来た。」

 楓君が渋い顔でスクリーンを開き、何か操作を始める。
 僕はベットに寝ていて、起き上がれずにボロボロと涙を流していた。
 ソファに座っていた鳳蝶は立ち上がり、起き上がれないでいる僕を引き上げて座らせてくれる。ポンポンと背中を叩いて、ちょっと待っててと言って離れた。

「あの八尋って誰だ?」

「フリフィアシステムの人工知能でしょ?」

 鳳蝶の問い掛けに答えたのは麻津君だった。
 高速で動いていた楓君の手が止まる。

「何故、知っている?」

 何時もの潤んだ大きな目は、見たことも無い冷酷な光を放っていた。

「知ってるかと言われると知らない。噂だよ。フリフィアの人工知能である番人と、フィブシステムの圧縮プログラム、どちらが優れているのかって言う噂。」

 楓君は嫌そうな顔をした。

「史君、この状況で引っ掛けやらないでよ。」

 また楓君の手が動きだした。

「その八尋っていうのは何をしたんだ?」

 鳳蝶はテーブルに置いてあったティーセットを広げて、ポットの中のお湯を確認している。沸かし直しのスイッチを押して、紅茶を淹れる準備を始めながら、スクリーンを操作する楓君に尋ねた。

「あーー、まぁ別に秘密では無いけど、八尋は史君が言う通りシステムの番人、人工知能だよ。フリフィアのシステムは常に進化更新されているけど、やってるのは八尋。フリフィアは八尋という人工知能によって管理されてるんだ。」

 そこまで説明して、手を止めてスクリーンを睨みつける様にジッと見ている。

「よしっ!これで識月をプロテクト出来た。八尋が管理はしてるけど、上位権限はこっちが持ってるから、ここら辺は操作出来る。でも泉流歌の契約書があるからそれに則った法則でしか動かせない。これが契約書。」

 麻津君が代表で契約書を読み上げる。
 サブ垢ジンの買取り。識月君の精神をフリフィアへ固定。《理想空間》の使用と《学園の王子様》の貸し出し。要求が有れば《深層空間》へ案内する。

「《深層空間》って何?」

「そこは八尋の世界。フリフィアシステムの中枢で、フィブシステムが干渉できない場所なんだ。一般人が入れる場所じゃ無い。僕達浅木家の人間だけが許可が降りた時にだけ行ける場所だよ。契約時にはこれは無かった。後から付け足したか、隠蔽をしていたか、だね。」

 紅茶を入れ終わった鳳蝶は、それぞれにティーカップを渡し、僕にも手に持たせてくれた。
 ついでにハンカチで顔まで拭いてくれる。
 
「八尋は自分のテリトリーにあの二人を引き入れた。今入室許可を申請したけど弾かれてる。回答に条件が出されたんだけど、かなり難しい条件だよ。条件内容は『フィブシステムのファントム』を連れて来い。」

「無理では?」

 条件を聞いて直ぐに麻津君が否定した。
 フィブシステムのファントムは都市伝説化している。
 約十五年前に発売された『another  stairs』だが、それは全世界に広がるフィブシステムで使用される既存の枠組みを超えるプログラムで作られていた。
 誰も知らない独自のプログラミング言語、何処とどこか繋がっているのかもわからない圧縮プログラム。膨大な量のデータを瞬時に流すことが出来るソレを、惜し気もなく使われた仮想空間。
 本物よりも本物らしい偽りの世界。
 それを使用して作られ販売されたのがただのゲームだった事に、世界中が度肝を抜かされた。
 だがその仮想空間を世界が欲しがったのはいうまでも無い。
 従来ならばどんなに頑張っても百メートル四方が限度だった空間が、世界中を覆い尽くしたのだ。
 『another  stairs』の発売元であり、その会社の代表取締役雲井皓月は、元々フィブシステムの開発に携わって名を知られてはいたが、更にその名を不動のものにした。
 『another  stairs』の権利は雲井皓月が独占し、掌握している。
 それはあらゆる国に危機感をもたらした。
 もしそのプログラムを使ってテロでも起こされたら、ほぼ全ての人類に埋め込まれたフィブシステム用のチップは、雲井皓月に掌握されるかもしれない。
 もし雲井皓月が国の為に使用すれば、戦争になるかもしれない。
 人の命を握りかねないプログラミング。
 それだけ脅威になりうる。雲井皓月を排除する動きも出だした。

 それを予測出来ない皓月では無い。
 一部解読可能だったプログラムを世界に公開。そしてこれは自分以外の人間が作成した物であり、皓月には内容は分からない。皓月は一般的な知識はあるが、確かに専門的に学んだことも無い。皓月は経営者側だ。
 開発者は現在いないし、これを理解出来る人間もいないのでどうする事も出来ない、と公表した。
 使用したければ、『another  stairs』を購入すれば良い。使用料を払えばいくらでも使用できる。
 そうやって皓月はゲームという形で情報を世に送り出した。
 これにより、世界の仮想空間は広がる。
 一部公開されたプログラムだけでも、フィブシステムは飛躍的に進化した。
 解読出来ていない部分があるのも本当で、皓月の会社では独自の研究室もある。
 だが未だ全て読み解かれていない。

 このプログラムを作った人間がファントムと言われている。
 存在しない幽霊。
 ファントムが誰なのかも分からない。
 知っているのは雲井皓月だけ。


 だからこそ楓は思う。

「誘拐されたのは雲井皓月の息子、識月だよ?識月にはフィブシステム内でも強い保護が掛かっていたはずだ。それを突破出来る人間は少ない。そしてフリフィアの番人にはそれが出来たけど、今まで雲井家に干渉した事はなかった。それが突然の誘拐だ。雲井皓月が息子を誘拐したくらいでファントムを差し出すとは誰も思っていなかった。それくらい親子の関係が冷え切っているのは有名な話だったんだ。だけど八尋は動いた。何かファントムを炙り出す為の情報を掴み、それが識月を誘拐する事に繋がったと僕は見ている。」

 鳳蝶も同意した。

「可能性あるな。そうなるとあの皓月伯父さんを動かせるのは…。」

 皆んなの視線が未だ涙を流す仁彩に集中する。

「泣き落としかな。」

 史人が笑いながらそう言った。
 甥っ子に甘い皓月が頷けば良いが。

「僕、皓月伯父さんに頼んでみる!ファントム何処にいますかって。」

 勿論僕はやるつもりだ。
 泣いて了解してくれるなら、いくらでも泣く。
 じゃー決まりな。
 今日はもう遅い。鳳蝶の号令で解散になった。







 僕が泣き腫らした顔で家に帰ると、付き添いでついて来てくれた麻津くんがヒエッと悲鳴を上げた。
 玄関に出迎えてくれた伯父さんが睨んだからだ。
 玄関を開けると醤油の甘い匂いがする。
 和食の好きな雫父さんが、何か煮物でもしてそうな匂いだ。

「伯父さん、識月君が八尋に攫われたんだ。それで頼みたい事があるんだけど…。」

 それだけ言うと、皓月伯父さんは難しい顔をした。

「八尋はもしやフリフィアの人工知能の事か?………………そうか。成程………。とりあえず雫が晩御飯を用意して待っている。先に食べてから本邸の方で話を聞こう。史人も食べていけ。家の方はこちらから連絡を入れておく。」

 それだけ言うと伯父さんは中に引っ込んで行った。一人分増えた事を教えに行ったのだろう。基本父さんの晩御飯は多めなので大丈夫だ。

 まだ掛け布団の掛かっていない炬燵の上には白ご飯、イカと里芋の煮物、イカときゅうりの酢の物、豆腐と大根の味噌汁、メインにメンチカツが用意され並べられていった。
 相変わらず多い。
 僕と皓月伯父さんは無言で麻津君にご飯を勧めた。
 最初は美味しいと喜んで食べていた麻津君も、流石に最後はギブアップしていた。



 




 晩御飯が済んでから、本邸の応接室で事の次第を説明した。
 伯父さんは少し考えてから話し出す。

「…………明日は土曜日だな。」

 予想外の事を言われて、僕と麻津君はキョトンとした。

「うん、土曜日だけど、流石に病院に行ってる余裕は無いかなと思ってるんだけど……。」

 土曜日の午前中はいつも眠っているお父さんに会いに行っている。

「いや、明日はそのまま私も一緒に病院に行こう。史人も来るんだ。」

「俺もですか?というか、病院へは何をしに?」

 僕は僕のお父さんが入院している事を教えた。伯父さんが10分間だけ仮想空間に入っている事を付け加える。

「そこからファントムに会える。」

 麻津君はえ?と驚く。
 
「私は拒否されているので入れない。仁彩が行って説得して欲しい。流石にフリフィアの《深層空間》は手が届かない。行けるのはアイツだけだ。」

「アイツ?」

 お前のお父さんだよ。
 そう言った伯父さんの顔は哀しげだった。








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