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65 小さな楓
しおりを挟むバース性は産まれてすぐに遺伝子検査で判明する。
楓はアルファの母とアルファの父から産まれた。楓の両親はアルファ至上主義で、オメガ性の楓に落胆した。滅多にアルファ同士から産まれないのにと、父は母の不貞を疑うほどだった。
せめて家の為に優秀なアルファと番になり、優秀なアルファ性の子供を産めと、幼少期からずっと言い聞かせられて来た。
オメガは綺麗な見た目だけの劣等種。
何も出来ない、お荷物だと言われ続け、楓自身そうなんだろうと思って育ってきた。
アルファの母は何度も産みたくないから、楓を早く結婚させて子供を産むように言いつけた。
見つけて来た婚約者が久我見湊だった。
分家の子供らしいが、楓より六歳年上の優秀なアルファだった。
お互いの顔合わせは楓が五歳、湊が十一歳の時だった。
楓の発情期は身体が子供を産める歳にならないと発現しない。
発情期になったら直ぐに番になるのだと言われた。
オメガはアルファに仕えなければならない。
両親はそう楓に言い含め、湊の側に楓をつけた。楓の方が本筋の子供で、敬われる立場であるはずなのに、楓は湊の小間使いになった。
湊の家は立派な日本家屋の平屋で、離れに楓用の小さな部屋が作られ、楓はそこで生活する事になった。
久我見家は小さな楓を本当に小間使いの様に扱った。
久我見の家もアルファ至上主義。
オメガは同じ待遇で暮らしてはいけないと本気で思っている。
久我見家にはオメガの使用人がもう数人いた。戸籍の無いフリフィア産まれの望まれない子だ。彼等を違法に買い付け使い捨ての使用人にしていた。
そんな彼等にも上下関係がちゃんとあった。
久我見の旦那様に可愛がられるオメガは立場が上。見た目が貧相で相手にされないオメガは下。だから、相手どころかまだ五歳の楓は一番下だった。
楓の直ぐ上の立場の子供は九歳と言っていた。女の子のオメガで、華やかさは無いが可愛い顔をしていた。きっとこの環境が彼女の愛らしさを損なわせているんだろうと思った。
名前は沙織と言った。
沙織は楓を弟の様に可愛がってくれた。
自分よりも下が出来たのが嬉しそうだった。
寝る所もあるし仕事はベータの使用人に混じってやるので、そこまでキツくなかった。
楓は要領がいいので、彼等を使うのが上手かったからだ。
立場は下でも歳は幼くとも、可愛がられる術を知っていた。
だんだん彼女は楓に近付かなくなった。
周りに溶け込む楓に、沙織はついていけなかった。
「沙織を虐めているそうだな。」
ある日、湊に呼び出されてそう言われた。
何を言ってるんだと思った。
今や沙織はオメガ使用人の中でも上の立場だ。何故なら湊が沙織を可愛がっているから。
楓は八歳。沙織は十二歳。湊は十四歳になっていた。
沙織はいつも綺麗な女の子らしい服を着ていた。楓は洗いざらしのヨレヨレのズボンとシャツだ。寒い日に着るには薄着だが、ここでのオメガは碌に着る物もない者もいる。楓はマシな方だった。
綺麗な個別の寝床とご飯があるので不便はなかったが、沙織の待遇は湊の許嫁並だった。
いくらアルファ至上主義とはいえ、自分のオメガは可愛いらしい。
久我見家の旦那様も湊も、自分のオメガには愛情を向けていた。
僕の方が許嫁なんだけどね…。
そう言いたかったが、ここでの楓の立場は低い。普段は仲良くする使用人達も、流石に身体を張ってまで主人に逆らう者はいない。
謝らない楓は数日ご飯抜きになり、離れに閉じ込められた。
空腹でヨロヨロになっているところを、湊に引っ張られて行き殴られた。
顔も腹も手足もバラバラになる程痛い。
「数日したら入れてやろう。お前はオメガだ。そこらへんの奴に媚びて生きてみろ。」
楓は大きな正面の門から放り投げられた。
八歳の身体に激痛が走り動けない。
ここはフリフィア。
大きな屋敷の並ぶ富裕層の屋敷ばかりとはいえ、治安はあまり良く無い。
外は冬で見上げると寒空が広がっていた。曇り空に白い吐息が昇っていく。
お腹は空き過ぎて吐き気がしていたのに、蹴られて胃液を吐いたら、空腹なんて通り過ぎてしまった。
動きたく無いなと思った。
楓はどんな境遇でも割と上手に生きていける方だ。
それでも八歳の身体には耐え難い痛みだった。
このままここに寝てれば死ぬ?
それとも誰かに拾われる?
オメガだって気付かれてどこかに売られる?
さぁ、どんな未来が待ってるんだろう?
楓は自らに起こる事を他人事のように感じた。どうなってもどうにかなる。
どんな不幸も克服する順応性を持っている。
だから、大丈夫。
そう言い聞かせた。
「子供?」
第一発見者が現れたようだ。いや、面倒事に気付かずに近寄った一般人かもしれない。
声は若い男性のもので、動揺した感じからフリフィアに慣れていないのが分かった。
一本隣の通りに行けば、色んな店が並んでいる。間違ってこっちに来たのかもしれない。
楓ははぁと大きく息を吐いた。
ふわふわと上がる白い息に、男性の顔が隠れて見えない。
「………大丈夫か?」
大きな手袋越しの手が頬に当たった。
楓は目を瞑って、もうどうでもいいやと眠ってしまった。
目が醒めると暖かい布団に寝ていた。
部屋も空調が効いていて程よい。
「あ、目ぇ覚めた?」
目が開けにくい。と思い手の甲で擦ろうと思ったが腕が動かなかった。
「あちこち打撲と傷だらけだから動けないぞ。一応病院行って治療してもらったけど、入院費まで払えそうにないんで連れ帰った。」
目だけ動かすと、部屋の台所らしき所で何かを用意する姿が見えた。
初めて見たが、コレがワンルームというやつだろうか?
一部屋にベット、机、ソファ、隅には小さいキッチンがあった。
「うーん、見よう見まねでお粥にしてみたけど、のりみてー。」
何かを器に入れてぐるぐる掻き回しながら近づいて来る。
それが本当にお粥だとすると、そんなに混ぜたらダメじゃ無いだろうか。
大きい腕が頭と背中を一緒くたに抱き抱えて、楓の身体を軽々と起こした。
枕を縦にして背中に当てて座らせてくれると、漸く男性を正面から見ることが出来た。
まだ二十歳前後の若い男性で、整った容姿と体格からアルファなのかなと思わせる。
整ってはいるが湊のような冷たい印象はなく、好青年といった感じだ。
「食えるか?」
お椀を差し出して一掬いスプーンで掬ってくれた。
「……………………ぇ?」
白いぐちょぐちょの塊?
口元に寄せられるので口を開けて食べてみる。
「……くち、小さいなー。」
何か呟いていたがそれどころでは無い。
味がしない。いや、米の味はあるが、ドロドロ過ぎて食感も悪い。
せめて何か味が欲しい!
「し、ぉ、は?」
口の端も切っているし、頬も腫れているので上手く喋れなかった。
「し、お?あー!塩か!塩ね!」
味付けしなきゃなのかー。と言いながら塩を取って来た。入れ物に入っていない袋の状態で。封も切られていない。
「どのくらい?」
「……………すこ、し。」
八歳の子供に聞かないで欲しい。
男性は慎重にスプーンで掬おうとして、米のついたスプーンを塩袋に入れた。
「うわっ!塩ついた!」
当たり前だと思いながら呆れた顔をする楓に、男性は誤魔化すように笑った。
男性は何も聞かなかった。
フリフィアで傷だらけになって路上に転がっていた子供なのだ。
戸籍なしか、店でミスをして捨てられたか、とでも思っていそうだった。勘違いされている事をいい事に、楓は傷を癒す為に男性の行為に甘える事にした。
男性は大学生だった。
アルバイトでフリフィアの中で家庭教師をしていたらしい。
あんな所で家庭教師するなんて、世間知らずだなと思った。
楓の傷は二週間でガーゼと包帯が取れ、後は痕が消えて残らないだろうと言われた。
何故か男性の方がホッと安堵していた。
「なんであんたの方がホッとしてるのさ?」
「え?だって楓は綺麗だから痕が残ったら大変だろう?」
笑ってそう言う顔が当たり前だと言わんばかりで、楓はどうしてこの人は親切にしてくれるのかと不思議になった。
「僕はあなたの好みの年齢じゃ無いけど、何かした方がいい?」
身体だろうかと思ったのだ。
楓は男性のスクリーンに入っているものを覗き見したことがある。
楓が寝ていると思ってコソコソと致していたのだろうが、力尽きて開いたまま眠っていたのだ。
なんて間抜けなアルファだろうと思った。
どうやら中学生から高校生あたりの男性オメガが好きらしい。今年大学に入ったと言うので、年下が好きなんだなと思った。もしくはショタか?
フリフィアなら楓くらいの年齢でも取引されている。
しかし十歳未満は買った形跡がないので、八歳の楓ではお返しにはならないだろうか。
「え?……え!?何でそんな話に!いやいやいや、嬉しい申し出だけど、流石に精通も来てないような子とは出来ないかなぁ。」
焦りながら否定したが、楓がそう言う年齢なら有りらしい。
なんて奴だ。
「じゃー、なんでこんなに良くしてくれるの?赤の他人のどこの子かも分かんないのに。」
「いやー、今後の成長を期待しつつ?拾っちゃったし、ちゃんと面倒見なきゃだし?なんか楓は可愛いしね。白い手足とか、大きい目とか眼福………。」
楓がジーと見つめて聞いていると、言葉が途切れてしまった。
楓の中で男性は真性ショタだと決定付けられた。
この小さな部屋で暮らす生活は、思いの外楽しかった。
寒い冬に身を寄せ合って寝るのも、手を繋いで買い物に行くのも、休みの日に遠くへ出掛けるのも、楓にとっては初めての事ばかり。
男性の握る手も身体も、温かくて大きくて、楓は安心することが出来た。
このままこうしていられたら幸せだろうにと思ったが、きっとダメだろうと理解していた。
楓は浅木家の本筋に生まれた子供。
フリフィアの八尋は浅木家の当主に仕える事になっている。
血筋でいけば楓は必要な存在なのだ。もし、久我見湊が当主になるにしても、結婚をして現当主か楓から、湊に譲渡する意思を八尋に伝えねばならない。
両親はお爺様を説得するのは困難と見たから、楓の婚約者に久我見家の長男を付けて、自分達は久我見家にぶら下がろうと考えているのだ。
両親はアルファなのに無能だ。
怠惰と贅沢を知り、努力と勤勉を怠った。
久我見の家はそれに付け込み八尋を手に入れようと考えたのだろう。
愚かな両親だ。
久我見家が八尋を手に入れた後、自分達が生きていられると信じている。
本当に、愚かだ。
楓は当主の座も八尋も欲しい訳ではない。今日この日が安全に生きていられれば良い。
だが楓は当主の座を取るか、消されるか二択しか無いだろう。
生きたければ当主になるしかない。
久我見湊と結婚する事になっても、権利を渡さなければいい。
弱みを見せてはいけない。つけ込まれるから、何も持たない方がいい。それは親であっても同様。クズであってくれて寧ろ助かった。
楓はまだ幼いながらそれに気付いていた。
ある日、楓が大学に行った男性を待つアパートに、チャイムの呼び出し音が鳴った。
楓は映った訪問者の映像を確認し、警戒もなく開け放つ。
この日を最後に、楓はアパートから消えた。
男性が慌てて探しても、楓の影も形も、ほんの少しの熱も、もう失われてしまった。
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