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94 街道を挟んで
しおりを挟む翌日、予定通りナリシュとオリュガはフィマーゼン伯爵邸に到着した。
「ニンレネイ兄上~~~~っ!」
「オリュガ、無事だったか?怪我などは?」
ないよーとオリュガは元気よく答える。
「兄上も大丈夫だった?父上から嫌味言われてない?殴られてない?王弟殿下から掘られてない?足立ってる?」
「ん?ほる?足は、立ってるじゃないか?」
ニンレネイは最後あたりの質問が分からず頭を傾げた。
「ははは、そんな急にやれるわけないだろう?下準備がいるんだぞ!」
「二人とも止めようか?」
ナリシュは会話を止めさせた。
出迎えたノビゼル家の両親が目を白黒させている。流石に親には意味が分かったらしい。分からないのはニンレネイだけだなとナリシュは思った。
イゼアルとノアトゥナはハイディンブの町で別れ、ナリシュとオリュガは真っ直ぐフィマーゼン伯爵邸にやってきた。護衛にはミリュミカとシカヒィーロがついて来ていたが、二人には先行して辺境伯爵の城に向かわせた。ちょっとした城下町があるので、そこで待機させている。
ナリシュは手早くオリュガの両親に挨拶をした。割と雑だ。手前の街に一旦寄り、馬車で手土産になる貴金属類を差し出す。
ノルギィ王弟殿下からもしこたま貰ったはずだが、王太子からも贈られて喜んでいた。
「単刀直入に伝えますが、今から辺境伯領周辺で戦闘が開始されます。今回の訪問はその確認と、予想通りならば開戦準備を手配する予定でした。」
「なに!?」
「父上は母上と町の人達連れて避難して欲しいんだ。」
オリュガもナリシュの言葉を繋いで、ここから逃げるよう伝える。
そこから慌ただしく避難が始まった。
辺境伯領からこの町まで距離はあるが、来れない場所ではない。もし迂回路としてこの町を使われては被害が出てしまうのだ。
両親と町民の避難を手伝いながら、オリュガはナリシュに尋ねる。
「いつ行く?」
「二日後かな?」
まるでちょっとお出かけするようなオリュガの質問に、ナリシュも軽く答える。
「ね、今度はナリシュ様の魔法と僕の魔法、混ぜようよ。」
コソコソとオリュガは耳打ちする。ナリシュの瞳が楽しそうに細まった。
そんな二人を見ながら、ニンレネイは心配になる。
「何をこそこそと…。」
そんなニンレネイの肩に、ノルギィは手を乗せた。
「そう、心配するな。俺もついて行くから。」
「見張っててくださいね?」
頼れるのはノルギィしかいない。そんな信頼した表情に、ノルギィは安心しろと微笑む。
「心配なんです。」
「ああ、任せるんだ。」
これだけ心を砕いてくれているのだから、そろそろ良いだろうかと、戦闘とは全く関係ないことをノルギィは考えながら頷いていた。
南にガルクラープ山岳地帯が広がる辺境伯領は、針葉樹林が広がる広大な土地を持っている。寒さが厳しく、夏の間しか農作物が育たない。主な産業は林業と畜産に頼っていた。
鉱山でもあれば収入になるのだろうが、そんな金の卵があるわけでもなく、細々と慎ましやかな生活を強いられる土地だった。
そんな時、リマレシア王妃から声を掛けられた。
人を売ればどうかと。
北の人々は色が白い。そして髪や瞳は薄い色が多く、まるで妖精のようだと言われている。そんな土地のアルファやオメガを売れば良いと唆された。
最初は孤児ならばと売人を通して売ってみた。
高く売れる。
それからは次々と子供達を渡していった。そして数が足りないときは大人でも構わなかった。ここは雪に閉ざされた貧困に喘ぐ土地だ。家族が、友人が、平気でお金欲しさに渡してくる。
「ふぅーーーん、だから奴隷商に売ってもいいって?」
緋色の瞳が燃えるように怒りに揺れている。
辺境伯領にやって来たオリュガ達は、笑顔で出迎えた辺境伯をまず殴りつけた。
各領には独自の軍備の備えを許してはいるが、辺境伯は国から軍事、行政、司法の独立を許された領主になる。それは隣国の侵略に備える為の権限であり、国を守る為の重要な役割を持っている。
その辺境伯が率先して罪を働き、敵国を招き入れる裏切りを行っている。
その証拠は現在捕えられたロズノセムテ侯爵とリマレシア王妃側から集められているのだが、現地にはサマファル国側に真っ直ぐ伸びる街道が作られているのを見ると、どんな言い訳も意味をなさない。
先に乗り込んだオリュガ達によって、戦時に向けて集められていた兵士達はなす術なく捕えられた。
「軍事費は国から下りていたんだけどね。」
何に使ったんだろうね?と優しくナリシュ様は問いただしているが、目が笑っていない。
それもそのはず、辺境伯は自領に城を持っているのだが、外観は無骨な石造りながらも、内側は装飾を施した華美な様相を呈していた。
辺境伯もその妻も娘も、高級な生地で王都でも流行りのデザインの服を作らせ、宝石で飾り、ふかふかの絨毯の上で王族相手にふんぞり返る姿を見て、オリュガはうーわーと声に出して言ったくらいだ。
国の資金を使い込み、足りないからと領民を奴隷として売って贅沢三昧したらしい。
「宰相子息は婚約解消されて良かったじゃないか。」
笑顔でノルギィ王弟殿下は言った。
グリーラヒがこれを知ったら卒倒するかもしれない。
捕えた辺境伯親子とその縁者は、とりあえず地下にあった牢屋にぶち込んだ。
この城は防衛の為の拠点となる城なので、城壁は広く堅固な造りになっている。ノルギィが連れて来た魔法師団は余裕で駐留出来るし、後から来た騎士団も入ることが出来る。
ファーブリマ騎士団長はオリュガの召喚とあって、喜び勇んでやって来た。王都から来るには時間がかかるので、事前に呼び寄せておいたのだ。騎士団の人数は一万程度いるらしい。
「来てくれてありがとぉ。」
「いいえ、勿論オリュガ様の呼び出しならいつでも馳せ参じます!本日も麗しく、私は、ぐおっ!」
オリュガの前に跪き、手を取って恭しく甲にキスしようとしてナリシュ様に「鬱陶しい。」と離されてしまった。
「ふふふ、サマファルは攻めてくるかなぁ?」
オリュガは楽しそうに微笑みながら首を傾げる。
オリュガ達が到着する前、メネヴィオ・キーゼアンが護衛達を引き連れて、作りかけの街道を馬で通り過ぎていったらしい。
街道は作り続けられていた為、定期的に雪は除雪されていたので、まだ作られていない場所以外は安全に通れるのだという。
サマファル国軍は今、国境辺りを通過中だという。
来る戦いにオリュガは武者震いをした。
メネヴィオは護衛兵を連れて、アニナガルテ王国から急ぎサマファル国へ帰国していた。
予定通りなら既に国境まで到着しているはずだ。
この戦争は無謀だ。
メネヴィオは前世で一通り見ていたシナリオから、戦力差を予測できる。アニナガルテ王国が負ける時はいつも、王妃の計略が成功し、ホワルフィ・カフィノルア国王陛下が毒にやられて戦えなくなり、ノルギィ・カフィノルア王弟殿下は戦力を封印され、ナリシュ王太子殿下は人生に投げやりになってやる気がない。そんな状況になった時に負けるのだ。
主人公が誰か一人でも攻略に乗り出すか、カフィノルア王家でなくとも彼等に関わる攻略対象者の攻略に乗り出すと一気に戦況が変わってしまう。まさしくカフィノルア王族は一騎当千の戦力になるのだ。
それが今現在、三人とも元気に参加している。
そしてリマレシア王妃派は壊滅し、傭兵部隊は解散。辺境伯の騎士団もあったはずなのに、存在すら感じない。
ゲームの時よりも明らかに向こう側は戦略過多だ。勝てるわけがない。それにアニナガルテ王国側はこの戦争状況を知り尽くしている者達がいる。通り過ぎてきた辺境伯領にはまだ来ていなかったが、リマレシア王妃達を捕えたのだから直ぐにやってくるだろうと思った。だから急いで通過してきたのだ。
十中八九辺境伯領で待ち構えてくる。
それを伝える為にメネヴィオは急ぎ自国の軍隊に戻ってきた。もしかしたらいるかもしれない。いや、いるはずだ。
傾国という言葉があるが、それは義弟の為の言葉だろうと思う。フェロモンを感じないはずの実の父親ですら彼の色香に惑わされている。
アニナガルテ王国側の街道は秘密裏に行っていた為まだ完成していなかったが、サマファル国側は既に国境まで繋がっていた。
綺麗に作られた街道が終わり、元々あった細く曲がりくねった道を馬の手綱を引いて雪の中を歩きながら、眼前に軍隊が見え出した。サマファル国軍だ。
今は雪も止み、雪の銀世界の中に寒々しく銀の鎧を着た人々が見える。
近付いてきたメネヴィオ達に気付いたようで、数人が急いで近寄ってきた。
「王太子殿下!お待ちしておりました。急ぎご報告をとのことです。」
騎士が敬礼後直ぐに報告してくる。
事前に到着を告げていたので、問題なく会えるようだ。向こうもアニナガルテ王国の動向を早く知りたいのだろう。
普段は願っても会おうともしないくせに、こんな時ばかりは早い。
ゲーム上でもそうだったが、メネヴィオの立ち位置はかなり危うい。現王は子供が多い。多ければアルファの子供も沢山生まれる。メネヴィオで十人目のアルファだが、王位継承順位は苛烈を極めていた。
幼少期に死ぬ者、殺される者、新たに生まれる者。
メネヴィオが王太子になったのも、先に産まれたアルファの王子、王女から命を狙われ、それに対抗し排除した結果だ。
別に王太子になりたかったわけではない。
サマファル王にとって王太子は誰でもいいのだ。サマファル王はまだまだ若く健康だ。他国に侵攻し領土を狙う征服欲旺盛なアルファの王でもある。
メネヴィオが王太子になった時に会ったくらいで、こちらから願い出て会えたことはない。
そんな王が唯一愛する子供がオメガの異母弟になる。
アヴィラワ・キーゼアン。青銀色の髪に琥珀色の瞳を持つ美しいオメガの王子だ。まだ十五歳ながら人を使う術に長け、彼の前に跪く者は多い。
かくいうメネヴィオも本来ならばその中のひとりだった。
メネヴィオ・キーゼアンはアルファではあるが、他のアルファの王族達とそう変わらない、言ってしまえば普通の王子だ。アルファだから見目はいいし、頭も武術も優秀だが、それは他の王子王女も同じだった。
そんなメネヴィオが王太子になったのは、アニナガルテ王国への侵攻に備えて、情報を収集することと、王太子を送り込む事によって相手を油断させるという意図からだった。
親交の証として王太子を送り出したと思わせる、王太子に危険な任務は与えないだろうと、アニナガルテ王国側に思わせる為でもあり、もし侵略戦争を企てていると発覚し、送り込まれたメネヴィオが危険な立場でアニナガルテ王国に取り残されたのだとしても、殺されても構わないという程度の扱いだ。
ゲームではメネヴィオは隠しキャラ扱いにしたが、それは毛皮のコートが出てきた時にのみ学院へ留学してくるからだ。実際は遊学なり商売なり理由をつけてアニナガルテ王国に毎回来ていた。ネイニィの前に出てくるかどうかというだけの話だ。
本来のメネヴィオは義弟のアヴィラワを愛していたが、前世の記憶を持つメネヴィオには愛情はない。
ネイニィがメネヴィオを攻略し番いになった時、メネヴィオは確かに幸せを感じていた。王太子という煩わしい地位も捨てたいほどに、ネイニィを愛していた。
それまで義兄のメネヴィオに興味すら無いといった態度を崩さなかったアヴィラワは、アニナガルテ王国に行く前まで自分に夢中だったはずの義兄が、戦争に勝利し帰国してきたと思ったら、番を迎えて幸せそうにする姿に衝撃を受ける。
アヴィラワは愛されて当たり前だと思っている。メネヴィオが他のオメガに目移りするとは思っていなかったのだ。
アヴィラワにとって義兄メネヴィオは特別な存在だった。
誰にも言っていない秘密の恋だったのだ。
メネヴィオが兄や姉の暗殺に立ち向かえたのも、王太子になったのも、実際はアヴィラワが国王を動かしていたからそうなっただけにすぎなかった。
メネヴィオは知らなかったのだ。アヴィラワに愛されていることを。
ゲーム上は番になってめでたしめでたしで終わらせたが、実際はその後ネイニィはアヴィラワによって殺される。
だからネイニィがメネヴィオ攻略に乗り出さないか心配で、ナリシュ攻略に夢中になるのを止めきれずにいたのだが、迷っているうちに悪い方向にばかり進んでしまった。
なんとかヨニアに接触して救い出すよう促したが、後で確認取れるといいのだがと思っている。
「王太子殿下、こちらです。お待ちですので直ぐにお入りください。」
騎士に案内されたのは、一際大きなテントだ。豪雪地帯だというのに雪を排除しながらここまできたのは、アニナガルテ王国の不意をつく為だが、既に知られているので退避した方がいい。
そうは思うが果たしてメネヴィオの言うことを聞いてくれるかどうか疑問だ。
中には大きな玉座が置かれていた。
王宮の中かと勘違いしそうな程飾り立てられている。一枚板の巨大なテーブルは黒々と艶を放ち、戦争にはいらないだろうと思われる衣装ダンスや調度品が置かれている。こんなとこまで持ってきたのかと呆れてしまう。
テントは奥にも続いているようで、おそらく巨大なベットでも運んできて、オメガの美姫を侍らせているのだろうと簡単に予想がついた。
サマファル王は五十代後半の男性アルファだ。メネヴィオと同じ銀色の髪には白髪が混ざるが、精悍な顔はまだまだ若い。翡翠色の瞳はギラギラと輝きメネヴィオを睨め付けた。
その隣には異母弟のアヴィラワが立って、サマファル王に寄り添っていた。
大きな琥珀の瞳はメネヴィオをジッと見つめている。
その瞳と一瞬目があい、メネヴィオは膝をつき礼を取るフリをしながら視線をずらした。
メネヴィオは何故自分がメネヴィオ・キーゼアンなのかと内心歯噛みしながら、ゆっくりと説明を始めた。
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