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番外編
125 王弟殿下の紅玉⑦
しおりを挟む生き別れた兄弟が出会えたのは幸せなことだと思う。その片方の命がもう短いということは、とても不幸なことだと思う。側から見ればそうなのだろう。
だがそれは当人たちのみが受け止める現実で、他人が決めつけることではない。そう思えるのは本人達のみ。
ノルギィ王弟殿下とヤビラが静かに話し笑い合うのを、ニンレネイは静かに見守るだけだ。時折ツィーニロが二人の間に入り、穏やかに流れる時間を見ながら、ノルギィ王弟殿下が本当に欲しかったものはこんな風景なのかもしれないと思いながら、ほんの少し自分が残念だと感じていることを寂しく思うだけだ。
ツィーニロはまだ世間に公表出来ないし、ヤビラの体調があるので、ラスラナテル侯爵領から二人を動かすことは出来ない。だから二人を預かるニンレネイもずっと自領に引き篭もっていた。
それが王都であらぬ噂を広めているとも知らず、ニンレネイは秋に行われる実弟オリュガの結婚式の為の準備をしていた。
ラスラナテル侯爵としての王都の屋敷もあるのだが、そこは使わないからと人に貸している。いつも王都ではノビゼル公爵邸で寝泊まりしていた。自分の家だし今までそれでなんの不都合もなかったのだが、今の自分はどちらに行くべきかと悩んでいる。
王弟殿下とは婚約間近という関係。王命により決定していることなので、王弟殿下のもとに行っても良いのだが………。
行くとなると王宮の中……?
オリュガの近くに住むと思えば悪くないが、プレッシャーを感じる。
うーん、と考えていると、寝ていたヤビラが目を覚ました。
「…………どうしたんですか?」
ニンレネイはヤビラの看病がてら、よく側で本を読むことが多くなった。窓辺の一人掛けの大きな椅子に、ゆったりと座って読むのが好きだ。
王都ではノビゼル公爵家の補佐と、ナリシュ王太子殿下の側近として補佐も務めているので、そこを離れてラスラナテル侯爵領を治める仕事だけになると手持ち無沙汰になってしまう。
だが今はちょうどいい。
ニンレネイも少し自分のことを省みたいと思っていた、
「いや、なんでもない。それより暫く屋敷を不在にしなければならないから、そっちの方が心配だな。」
「……すみません。こんな俺までお世話になるつもりはなかったのに…。」
「そんなことを言わずきちんと療養して欲しい。」
ヤビラは有難うございますと申し訳なさそうにする。
本当にヤビラにはここにいて治療を受けて欲しいと思っている。医師からも手の施しようはないと言われたが、それでも少しでも長くと思っている。
コンコンと扉を打つ音と執事からノルギィ王弟殿下が訪問した旨が伝えられた。
王弟殿下は数日おきに尋ねるようになった。
ニンレネイはヤビラの話から、ノルギィ王弟殿下とヤビラは実の兄弟なのだろうと思った。そしてツィーニロは王弟殿下の甥になる。
そう思ったから三人がいつでも会えるようにした。
相変わらずノルギィ王弟殿下はまずニンレネイを抱擁して、それから寝ているヤビラに挨拶をし、ノルギィが来たと寄ってきたツィーニロを抱っこする。
ニンレネイは無視されたわけでもないのに、三人が仲良く話す姿を見ると、なんとなく居た堪れなくて部屋を出るようにしていた。
晩餐前まで話し込むだろう。
ヤビラはベータであることも関係するのか、ノルギィ王弟殿下のような体格の良さはないが、男らしい顔立ちはどことなく似ている。今は病に冒され痩せているが、健康体ならばもっと似ていたのではないだろうか。
美しくも儚い光景だと思う。先の長くない弟と、残される子供。彼等に寄り添う実の兄。王弟殿下が二人に寄り添うのは当たり前だと思うのに、ニンレネイの心は晴れない。
なんとなく庭園に出て歩きながら、心が狭いのだなと苦笑した。
いつの間にかニンレネイの心の中はノルギィ王弟殿下が占める割合が多くなっていた。
前までは兄弟が一番で、次に学友達。いや、ナリシュ王太子殿下も重要なのだが、自分の心の中にそれ以外のものが大きく入り込む日が来るなんて思いもしなかった。
庭園の端まで歩いてしまい、戻るのも億劫に感じてベンチに腰掛けた。時間的に庭師達の仕事はもう終わっているだろう。
昼間はまだ暑いが、夕方からの風は少し冷たくなってきた。秋が深まればナリシュ王太子殿下とオリュガの結婚式だ。
あの二人がまさかこんなに仲良くなるとは思いもしていなかった。思い出して小さく笑う。
手に持っていた本を開き、続きを読むことにした。まだ陽は落ちない。そう思ってページをめくった。
「…………さまっ!」
遠くから呼ぶ声がした。
「ニンレネイ様っ!ヤビラさまがっ!」
屋敷から使用人が走ってきた。
「どうした!?」
急に咳き込み意識を無くしたのだという。
慌てて屋敷の中に戻ると、医師が応急処置を施していた。
「王弟殿下、ヤビラの容態は…。」
「……あぁ、急に具合悪そうに真っ青になったかと思ったら……。」
ここに来た時から、そう長くはないと言われていたヤビラだ。
ヤビラは魔力の流れが悪くなり、内臓の機能が魔力の流れに乱されて徐々に衰弱していた。衰弱した身体では小さな病気でも命取りになると言われていたから注意していたのに…。
冬は越せないと言われていたが、こんな早くに?
折角ノルギィ王弟殿下は実の兄弟と会えたのに?
王弟殿下はヤビラの手を握っていた。
まだそんなことを理解することのできないツィーニロは、ペルリャに任せるしかない。
奇跡とはそう簡単に起こるものではないのだなと思う。
ヤビラは次の日の朝を迎えることが出来なかった。
ヤビラは平民だ。
ノルギィ王弟殿下の実の弟だと公表することも出来ない。
だから葬儀は簡単に質素に行われた。
「ニンレネイ……。有難う。」
全てを終えて屋敷に戻り、ノルギィ王弟殿下は普段よりも力無い声でお礼を言った。
「……………当然のことをしたまでです。」
死を間近に感じることも、死ぬ前に実の兄に出会えたことも、もう時期死んでしまう弟に会えたことも、今死に別れてしまったことも、その辛さは当事者にしか分からないことだ。
他人がとやかく言うことではない。
それでも、ニンレネイのこの気持ちだけは自分のものだと言える。
表情を無くして墓地を見るノルギィ王弟殿下を見て、力になってあげたいと思うのはニンレネイの心だ。
ニンレネイはノルギィ王弟殿下の手を握った。
「殿下、ツィーニロを二人で育てよう。」
ノルギィ王弟殿下はポカンとした。
ツィーニロは王族に迎え入れる予定だが、その扱いは出奔した従兄弟の子供にしようということになっていた。少し従兄弟というには遠いが、一人消えた令嬢がいたらしい。
ホワルフィ国王陛下とナリシュ王太子殿下が二人がかりで探しまくって見つけたのだという。
ヤビラの子供と公表することも、本当はノルギィ王弟殿下の甥っ子だと言うことにも出来ないが、養子にして引き取ってもいいはずだ。
王宮で一人育てられるよりはいいはずだ。
ナリシュ王太子殿下が養子として引き取ってもいいと言われたが、あそこはもう時期子供が産まれる。比べられて育つのが目に見えていた。
自分達なら子供が出来ることはまずないのだから、丁度いいはずだ。
ヤビラはラスラナテル侯爵邸の近くの墓地に埋葬した。そこなら人目もつかないし、ニンレネイがよく知る場所だったからだ。
もうそろそろ王都に向けて出発しなければならない。そんなある日、ノルギィ王弟殿下がニンレネイの申し出について話があると言った。
「………無理は、していないか?」
ノルギィはニンレネイに尋ねた。
最近目を合わせてくれなかったニンレネイが、真っ直ぐにノルギィを見ている。きっとずっと考えていたのだろう。
ニンレネイを蔑ろにしたつもりはないが、もう直ぐ死んでしまう弟の為に、空いた時間はヤビラに使った。その自覚があるので、ノルギィもニンレネイには申し訳なく思っている。
それをニンレネイが寂しいと感じていることも理解していた。ニンレネイは貴族として培ってきた教育のおかげで表情には出さないし、元々我慢強い性格の所為か何も言わない。
全部が終わったら文句を言わせるつもりだったのに、何故か今は緋色の瞳を輝かせてツィーニロを引き取ろうと言っている。
「無理は………、しているが……。」
しているのか…。そんな自分が無理してまで頑張らなくてもいいのに。
「ツィーニロは王家が責任を持つと陛下も言っていた。だからニンレネイは無理をしなくていい。引き取れば何を言われるか分かったものじゃない。」
王弟が三歳になる王族に連なる者を引き取ったことによって、王太子の子供と政権を二分しようとする者も現れかねない。
何より子供の養育なんてニンレネイに負担でしかない。
そう言うのにニンレネイはそれはダメだと言う。
「ナリシュ王太子殿下が引き取れば、オリュガだって大変になる。ツィーニロと生まれて来る子で争いになるだろう?俺たちが引き取った方がいい。」
「……………正直に言おう。引き取ると本気で俺の隠し子だと言われるぞ?」
今でも噂がいろいろと飛び交っているのだ。ニンレネイは王都に戻っていないから知らないだろうが、ノルギィとニンレネイの不仲説が出回っている。
そんな時にツィーニロを連れてってみろ。
王弟殿下に隠し子が発覚して、それを知ったニンレネイが怒っていると言われるに決まっている。
「不仲説…?知らなかった……。」
「そうだ。俺はニンレネイと不仲だと思われるのも我慢ならないのに。」
ニンレネイはえ?と顔を上げてノルギィを見た。そして驚いた後に少し頬が緩む。
「………………。」
ちょっと顔が赤い。ニンレネイは気付いていないが、ニンレネイは感情が動くと赤くなりやすい。普段は鉄壁の感情制御で揺れ動かないし、表情も冷たいものだが、少し動揺しただけで赤くなる。
この表情を見せられるとついつい手を出したくなる。
「どうして意外そうな顔をするんだ?」
ニンレネイは瞳をウロウロとしだした。
「………出自はどうであれ、王弟殿下ほどの方なら子孫を残した方がいいのではと、思って…。……………。……………。」
話しながらニンレネイは黙ってしまった。
その姿にノルギィは苦笑する。ニンレネイは俯いて暗い顔をしていた。
つまりまだ俺がどこかの誰かと結婚して子を成したほうがいいと思っているのか?あれだけ言ったのに?血の繋がりだけが家族というわけじゃないだろうに。ニンレネイは仲の良い兄弟と育ってきたからそう思うのだろうか。ヤビラが死んでしまったことで、兄弟は無理でも、血の繋がる実の子供がいいとでも思っていそうだ。だから甥っ子であるツィーニロを引き取ろうと言い出したのだろう。ツィーニロを引き取った挙句に実子をもうけたら、結局は王太子が引き取った場合と同じになってしまうと言うのに、きっと考えすぎて混乱しているのだろうな。ニンレネイらしい。
だがその考えが根本的にあるから俺に対して遠慮があるのだろう。
俺はニンレネイを束縛したいが、ニンレネイにも束縛して欲しいのに。
「……ニンレネイ、俺を見るんだ。」
ニンレネイの頬を両手で挟み、ノルギィは緋色の瞳を見つめた。
「嫌なら言うな。」
「………嫌なわけでは……。」
「じゃあなんでそんなに悲しそうな顔をしているんだ?俺がそこらへんのオメガと番になってもいいのか?」
ニンレネイはハッとして、嫌そうな顔をしてしまった自分に気付いて、しまったと口をキュッと結んだ。
普段は無表情に冷たい顔をしているが、それは感情を悟らせない為にやっているのだろう。本来はこうやって直ぐに顔に感情が出てしまう。
本当に、ノビゼル公爵の教育は『可愛いニンレネイ』を作り上げたのだろう。
まさか王弟に盗られるとは思わなかっただろうが。
ノルギィはニンレネイの左手を持ち上げ、薬指につけた盟約の指輪がよく見えるように自分の口元に寄せた。ジッと緋色の瞳を見つめながら、指輪に軽く口付けを落とす。
驚いた顔をしていたニンレネイの頬が、徐々に赤みを増して染まっていく。
「これをつけた時約束したはずだ。俺を助けてくれると。俺はニンレネイだから盟約の指輪を贈ったんだ。俺はニンレネイ以外の誰かと運命を共にするつもりはない。そしてニンレネイには俺以外を見て欲しくない。誰かに盗られたくもない。オメガのフェロモンで誘惑されるなんてもってのほかだ。」
ニンレネイの指先を握る力を少し強めて、態と分からせるように強く言う。
何度でも言わないとニンレネイは直ぐに離れてしまいそうだった。
ニンレネイはオメガではない。項を噛んで、一生を縛り付けることも出来ない。だからこの盟約の指輪で縛りつけた。
それをよく理解してもらわないと!
ニンレネイはオロオロしながらも頷いた。自分の指にはまった盟約の指輪の存在を忘れていたんだろうか。
「……指輪…。そういえば……。うん、これがあるなら、そうだな………。」
……………本当に忘れていそうだな?
ニンレネイもアルファだ。アルファ性は執着が酷い。ニンレネイだってそれなりにある、はず?
どーもニンレネイはアルファ性が弱い気がしてならない。
だがこの様子では盟約の指輪がある限り、ノルギィが他の存在に取られることはないのだと気付いて安堵しているようだ。
ノルギィはにっこり笑った。
ここまで好かれてるなら大丈夫だろう。
「ニンレネイ、今日は一緒に寝ようか。」
「………え?」
グイッと引っ張る。腰を抱き、後頭部を持ってニィと笑った。
「王都に戻った時、俺達は仲睦まじくある方がいい。……そう思うだろう?」
「…………え?」
ニンレネイは大きく目を見開いた。
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