いつも眠たい翠君は。

黄金 

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3 花の香りだけ


 それからの日々は意外と穏やかだった。高良が来るまでは………。
 俺は秋穂と今日は天気がいいわりには風が涼しいねと言って、お昼ご飯を外で食べる事にした。
 樹々の影が射すベンチを見つけ、人も少ないので此処にしようとお弁当を広げる。
 二人でたわいも無い話で盛り上がり、近付いてくる人影に気付いていなかった。

「翠、漸く会えた!」

 話しかけて来たのは高良だった。
 三週間ぶりくらい?
 俺としてはもう会うつもりは無かった。

「あ、うん。どうしたの?」

「どうしたのって……。俺は後で会って話そうって言ったよね?」

 そう言えば言われたかも………。でももう婚約者でも無いし、高良は番がいるのだ。何か話すべき事がある様にも思えない。謝られて俺は許したし、家同士の繋がりも今やほぼ無いのだ。うちの両親は物凄く怒っている。
 秋穂と目を見交わせて、どうしようと困った顔を作った。

「佐々成はもう翠とは関係ないだろ?」

「君にはこそ関係ない話だ。」

 高良は穏やかにそう言ったが、目が笑っていない。あーこれか……。成程、秋穂に冷たい。

「話なら此処で手短に話してよ。」

 止まったお弁当を食べる手をまた動かしながら、俺はそう言った。
 高良は少し驚いた顔をした。
 俺は今まで高良に逆らった事も我儘を言った事もない。今思えば高良は上手に俺に甘えたフリをしながら誘導していたんだと思う。俺は自分で考えて動いているつもりで、高良の思う通りに動いていたのだ。高良は別の場所で二人きりで話すか、秋穂を何処かに行かせようと思っていたに違いない。

 少し逡巡して、高良は話し出した。

「俺は今まで通り翠と仲良くしたいんだ。登下校も一緒にしたいし昼も一緒に食べたい。」

 俺と秋穂はポカンと口を開けた。
 何言ってるんだ?
 番の白石先輩はどうした!

「何言ってんの?白石先輩は今どうしてるの?アルファの番としてオメガは守れよ。」

 俺は間違った事は言ってないはず。
 と思うんだけど、高良の顔が驚愕に包まれている。何故?

「春乃がいた方がいいならそうするけど……。」

 ????
 いや、俺がいたらダメだろ?
 そうだよね?秋穂を見ると、うんうんと頷いている。
 秋穂の頷きに心を強くしたおれは、もう一度言う。

「俺はもう部外者で、高良と白石先輩は番だろ?一緒に二人でいたらいいだろ?」

 やや口調が荒くなるのは許して欲しい。俺だって今回の事で傷付いたんだ。その当事者が理解できない事を言い出したのだから、苛つくもんだよね?

「番は二人でいるのが当たり前って固定観念は必要ない。一緒にいたい人間といればいいだろ?」

 俺と秋穂はまたもやポカンとする。
 だったら何で白石先輩と番ったんだよ!

「いやいやいや、白石先輩のこと大事にするって言ってたよね?大事にしなよ!好きだから噛んだんじゃないの!?まさか、本当に古賀生徒会長に当て付けでやったんじゃ無いだろうな!?」

 だったら許せない!!
 俺の剣幕に高良は一瞬怯んだが、何故か秋穂を睨んだ。

「お前の入れ知恵か?翠はそんな下世話な事情知らなかったはずだ。」

「何で知らなかったって事をお前が知ってるんだよ!後、秋穂を悪く言うな!!」

 高良がこんな性格だと何で今まで気付かなかったんだろう!?
 
 俺達は人目も気にせず話していたので、人が集まり出している事に気付いていなかった。
 
「翠、そんな奴と過ごすのはやめろ。昼は待ち合わせよう。携帯に入れるから。」

「ヤダ。それにもうブロックしてるし。」

 俺はあの生徒会室での様子を見て、秋穂に勧められてブロックした。高良の俺に対する執着は誰も間に入れない程酷かったらしく、番が出来ても関係を続けようとしてくるかもしれないと忠告を受けたからだ。案の定本当に寄りを戻そうとして来たので驚いている。番がいても愛人を作るアルファはいる。まさか俺にそうなれと言ってる?

「ブロック!?」

 高良はまた秋穂を睨んだ。俺の背では百七十センチある秋穂を隠せないが、秋穂を隠す様に背に庇う。
 高良からアルファの威圧が出ている……、はず。俺は最近フェロモンが分かりにくくなってしまっているが、アルファの威圧は少し分かる。でも前程じゃない。秋穂も周りにいた生徒も顔色が悪くなって来た。
 高良は上位アルファだ。これに勝てる奴は同じ上位アルファだけだろう。
 
「秋穂、大丈夫?」

「う、うん……。何とか…。」

 俺が秋穂を心配していると、高良は尚更秋穂の存在が頭に来たのか、秋穂を睨みつける。

「翠、そいつが心配なら俺と一緒に来いよ。」

 脅し?
 頭に血が昇ったアルファには近付きたくない。いくら幼馴染でも、今の高良は怖い。
 かといってこのままでは秋穂が危険な気がする。
 困っているとフラリと眩暈がした。
 あ、ダメだ………。眠たい……。
 ストレスを感じると眠たくなるという変な症状も、最近は少しずつ良くなってきていたのに、高良の意味の分からない主張に眠気が出て来た。考えてみればこの眠たくなるのも高良関連だなぁと思いながらも、足を踏ん張る。
 様子の変わった俺に、秋穂が気付いたようで、腕を持って逆に支えようとしてくれた。

「触るな!!」

「うっ!」

 高良が怒鳴りつける。
 秋穂は小さく呻いて顔を顰めた。小さな汗が出ている。直接威圧を受けているのは秋穂なので、相当キツイだろう。


「そこまで。」


 唐突に高良の威圧が抜けた。
 重苦しい空気が綺麗さっぱりと無くなり、清々しい風が吹く。
 花の香り………。
 そこで俺の意識は途絶えた。






「佐々成はクラスに帰るんだ。皆んなも。」

 騒ぎに駆けつけると、揉めていたのは佐々成と七木翠だった。威圧を受けている七木翠の友達が青褪めて懸命に立っているが、倒れそうなのは七木翠の方で、具合が悪いのだろうか。

「古賀生徒会長には関係ありませんが。」

「かなり噂になり出している。大人しく帰った方が身の為だぞ。」

 周りに人が集まっていたのに気付いていなかったのだろうか、佐々成は見回して舌打ちをした。
 一緒に駆けつけた律が七木翠と友人を支えているのを確認して、また佐々成の方へ向き直る。

「じゃあ翠を保健室に連れて行きます。」

 今の佐々成にはとてもじゃないが七木翠は任せられそうにない。何を揉めていたのか分からないが、興奮した人間がまともに対応するか疑問だ。

「いや、僕が連れて行くよ。三年は自習なんだ。君は授業があるはずだ。もう始まるから行くといい。」

「いえ、俺が………。」

「行きなさい。事を大きくしたくないなら………。」

 流石に今揉めるのは悪手と思ったのか、仕方なく佐々成は諦めたようだ。
 睨み付けて立ち去って行った。

「えっと、君も……。」

「あ、俺は翠の友達の久我秋穂です。」

「そうか、久我君も保健室に行こう。顔色が良くないから少し休んだ方が良い。」

 支えていた七木翠を受け取った。
 横に倒して頭を胸に抱え込む様にして、脇と膝に腕を通して抱っこする。
 身体は小さく柔らかかった。微かに瑞々しい樹々の匂いがする。彼の薫りだ。
 律がそのまま久我君を縦抱っこする。

「うわっ、俺は歩けます!」

 久我君はオメガにしては身長がある方なので、抱っこが恥ずかしい様だ。
 アルファは番や恋人をよく抱っこしたがるので、学校でもよく見かけるが、あまりされた事が無いのだろう。

「まぁまぁ、ふらついてるし、こっちが安全だよ。ほら、橙利もう行っちゃってるし。」

 律は面白がって抱っこし続けるつもりの様だ。


 保健室に着くと保険医が不在だったので、勝手にベットを借りる事にした。
 隣同士彼等を寝かせ、律には保険医を探して事情を説明してくる様に言い付ける。

「秋くん、ちゃんと寝とくんだよ~。」

「律先輩もちゃんと言い付け守るんですよ~。」

 律と久我君はなかなか性格が合う様だ。

「さ、君も1時間くらい寝ると良い。僕が見てれば問題はないだろう。」

 久我君は素直にすみませんといって布団に入った。
 二人分の寝息を聞きながら、窓の近くの椅子に座って外を眺める。
 保健室に向かいながら、久我君から七木翠の病気を聞いた。
 眠たくなるとは珍しい症状だが、ストレスを感じると急激な眠気に襲われているらしい。最初の頃は食事だろうが授業中だろうが関係なく寝てしまい、学校の行き帰りも両親どちらかが送り迎えをしないと危ないという事だ。
 最近は吹っ切れてきたのか昼間は寝なくなってきていたのに、佐々成の所為だと久我君は憤っていた。
 二人はとても仲が良いようだ。
 春乃にも彼等のように仲の良い友達がいれば、こんな事には成らなかったのだろうか。
 何故春乃が佐々成と番うことになったのか全く分からない。会おうといっても合わせる顔が無いからと断られた。
 僕達も七木翠と佐々成のように幼い頃からの友人で婚約者同士だった。
 オメガで庇護する存在だからと縛り付けるのは、春乃の人権を無視する気がして、好きな様にさせてきた。
 一緒にいたいと言えば時間を作って一緒に過ごし、出掛けたいと言えば一緒に出かけた。
 律にはもう少し縛り付けた方がオメガは喜ぶと言われたが、よく分からなかった。
 春乃は一緒にいれば喜ぶし、いつも有難うと言ってくれた。それが嬉しくて春乃の要求は何でも叶えようとした。
 春乃自身は我儘も少なく無理な要求も無いので、殆どが簡単なお願いばかりだった。
 春乃の心が分からない。
 僕を嫌いになったのか、佐々成の事が好きになったのか、春乃と佐々成は実は運命だったのか、それとも単なる事故なのか、何も答えは返ってこない。
 小さなため息を吐いて、二人が起きるのを待つ事にした。






 ああ、また夢か…………。
 何度も何度も繰り返すので、最近では起きる時に涙は出なくなった。
 もう見なくて良いのに、何故繰り返すんだろう。
 いつもの佐々成家の廊下。
 止める家政婦さんの声。
 ドアを開くと項を噛む高良が見えるのだろうと、諦めた気持ちでドアを開く。
 
 風が吹いた。
 清々しい清涼な空気と花の匂い。

 緑と黄緑と白と黄色、赤、青、桃色、紫。花、花、花…………。
 ドアも高良も噛まれた白石先輩も、全てが風で流されて、そこは一面の花畑だった。
 初めて違う夢を見た。
 花びらが風に舞って、遠くも空も花でしかない。
 
 「可愛い……。」

 自分の呟きで目が覚めた。
 もっと見ていたかった。
 久しぶりに違う夢で、良い夢だった。
 あんな花畑は夢でしか見れないのに。
 ボンヤリと見上げた天井は白く、白いカーテンと簡素なベットから保健室なのだと理解した。
 寝てしまったので運んでくれたのだろう。
 隣のベットへ続くカーテンは開いており、ベットは誰かが使った後のようにシワが寄ってシーツが捲れていた。
 楽しげな笑い声が複数聞こえる。

「もうそのくらいにしないと嫌われるよ。」

「ちょっ………やめてください!」

「え~櫛あるから直して上げようと思っただけだよ?」

 声から古賀生徒会長、秋穂、林野副会長かな?
 起き上がって靴を履き、カーテンから出ると窓辺に三人がいた。
 秋穂の髪が跳ねているので、隣のベットを使ったのは秋穂だったのだろう。

「あ、翠~~~!助けてよ!あの人イイって言ってんのにしつこいよ!」

 いち早く気付いた秋穂が俺に駆け寄って来た。

「秋穂の髪硬いんだね。寝癖ついてる。」

「良いよ別に!もう帰るだけだし!」

「ダメだよ、オメガは身嗜みをきちんとしないと。さっき恋人募集中って話してたじゃん~。」

「いや、あんたが質問攻めにするから……!」

 俺が寝ている間に秋穂はずっと林野副会長に遊ばれていたらしい。

「もう今日の授業は終わってしまったよ。お家には連絡済みだから、送って行こう。」

 俺の荷物は秋穂が取りに行ってくれたようで、全部揃っていた。久しぶりに長く寝てしまったようだ。

「すみません、ご迷惑かけます。」

 ただでさえ色々と迷惑を掛けてるのに、現在進行形で掛けっぱなしなのが申し訳ない。

「昼休みも会長達が止めに入ってくれたんですね。」

「うん、騒ぎに気付いた生徒が呼びに来てね。近くにいたから良かったよ。」

「放課後まで佐々成来たよ。近所だから翠を送るって言って。会長達が追い払ってくれたけど。」

 それを聞いて俺が顔を顰めると、古賀生徒会長が心配気に見てきた。

「大丈夫か?あまり執念いようなら気をつけた方がいい。昼もオメガ教室から出ない方が良いよ。」

「そうですね、そうします。」

 問題は登下校かな?
 とりあえず今日は古賀生徒会長んちの車で送ってくれるという事になった。
 一般家庭の秋穂は電車代浮いたと喜んでいる。林野副会長が電車通学は危なくないかと心配したが、慣れてるから平気と秋穂は平然としていた。

 四人で校舎を出ながら、花の香りがフワリと薫った。
 秋穂も林野副会長もフェロモンの香りはあるはずなのに、何故か花の香りだけ。それがあの雨の日に嗅いだ古賀生徒会長の花の香りだと気付いて、なんで生徒会長のだけなんだろうと今更ながらに不思議に思った。

















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