スプーキー𖤐マジックウォーズ!

丸玉庭園

文字の大きさ
8 / 11

8 めらめら! 明かされる新たな野望

しおりを挟む
 プリンガレット家の忠実なる執事スサノヲは、これまでの一部始終を見守っていた。
 公園に植えられたクルミの木の影から、ポインセチアの悲痛なるつぶやきを、しかと耳で聞きとっていた。
「あのポーチさまが……絶対的自信を宇宙のかなたまで突破させたお嬢さまが……幼いころからの野望実現への道のりに立ち止まるときがくるなんて!」
 わなわなと震えながら、スサノヲはグッとこぶしをにぎりしめた。
 ベルリラの屋敷からポインセチアたちを追いかけるスタノヲも、気づけばエクレア公園に立っていたのだ。
 これもトットのしわざか、と歯噛みする。
 今回の大魔法戦争は、何かがおかしい。
 なんとかしなければ、ポインセチアの望みが叶わない。
 だが、どうすればいいのだ。
「今、おれがあの場に出て行っても、むだだ。ただのAランク魔法師に、できることなど何もない。相手はあの赤い月を作った、偉大なる魔法師トット・ベリーマフィンだというのだからな。くそっ、何か手はないのか……」
 しばらく考えこむと、スサノヲはスマホを取りだし、どこかへと電話をかけはじめた。
「……申しあげます、リースさま。スサノヲ・サンフラワーです」
「おお、スサノヲか。どうした。ポーチはどうかな。元気にやっているかな、活躍しているかな」
 何も知らないリースは、近況報告が聞けるのだと思っているのだろう。
 声から、ご機嫌っぷりがわかる。
「もちろん主人公的活躍をしておりますよ。ところで、旦那さまにご相談したいことがあるのですが」
「なんだなんだ、あらたまって。よーもーや、ポーチになにかあったとかいうんじゃあないだろうなー? あはは、まさかな」
「そのとおりです。だから、お電話したのですよ」
「なんだって!!!! なにがあったんだ!!!!」
 スピーカーからボリュームがバグったリースの叫び声が響き、スサノヲはスマホを遠ざけた。
「どこの家の魔法師にケガをさせられた? いえ! ベリーマフィンか!! チョコレートパインか!? よし、私が出よう!! ポーチにあだなす馬の骨め、その骨ひろうことなく粉砕して、海のもくずにしてくれるわ!!」
「落ちついてください。旦那さま。ポーチさまは無事です。ケガひとつしていませんよ。それよりも、ベルリラさまが不老不死になりました」
「はぇ、なんて!?!?!?!?!?!?」
 すっとんきょうに声をあらげる、リース。
 スマホの向こう側で飛びあがって驚いているさまが、目に浮かぶようだ。
「お父さ……ベルリラさまがなぜそんなことに? いや、たしかに不老にも不死にもなりかねないような、魔法狂いの隠居ジジイではあるが」
 実の親だからこその歯に衣着せぬ物いいに、スサノヲは若干胸をすっきりさせつつ、これまでの経緯を主人に説明する。
 やがて、リースから重苦しい沈黙がおりた。
「な……え……赤い月が三日月になって、その原因がお父さまで、だけど月は満月にもどって、かと思ったらトット・ベリーマフィンの先祖の、トット・ベリーマフィンが出てきて、そいつも不老不死で、しかも身内びいきで……??????」
「大丈夫ですか。旦那さま。何か、わからないところはありますか。応用問題のつまずきはだいたい基礎が不十分な場合が多いですよ。いちからやっていきましょう」
「わ、私だって、これでもベルリラ・プリンガレットの息子なんだ。ちょっとどころか、かなり強い魔法師なんだぞ。問題などあるわけがないだろう! ……ううっ」
「旦那さま、泣かないでください」
 おおかた、ダーッと滝のような涙を流しながら、つねに持ち歩いている、天国にいってしまった妻の写真を抱きしめているのだろう。
「ポムさあん! ポインセチアはがんばっているよ~~。どうか見守っておくれ……」
 おいおい泣きながら、写真をぎゅうぎゅうしめつめているリースのようすが脳裏によぎる。
 いつもの光景だが、これ以上悠長にはしていられない。
 スサノヲは、リースが泣き止むのを待てず、たんたんと話を続けた。
「とにかく旦那さま。ことは急をようします。赤い月がベリーマフィンびいきである以上、大魔法戦争で正式に不正が行われたと考えるべきです」
「ぐすっ……うむ。そうだな。御三家の当主で集まり、話し合いを行おう」
 気を取りなおし、威厳のある声を出そうとがんばっているリースに、スサノヲはスマホ越しに頭を下げた。
「おれもポーチさまのサポートのため、現在のベリーマフィン跡取りである、トットさまを探し、現状をお伝えようと思います」
「待て」
 リースから、低い声で静止を受ける。
「ポーチはどうするんだ。ひとりになってしまうではないか」
 もちろん、こういわれることは予想済みだった。
 スサノヲは今、リースからポインセチアのようすを見守るようにと命じられている。
 リースには、今ポインセチアの隣にソーダがいることを伝えていない。
 伝えられるわけがない。
 そんなおぞましいこと、言葉にできない。
 さらに、それをリースにも伝えれば、どんなことになるかは明白。
 壊れた蛇口のごとく涙を流しつつ、からだをハリケーンのように回転させながら、チョコレートパインの屋敷へ突撃しに行くことは確実だ。
 だが、スサノヲは優秀な執事である。
 すでに、準備は万端だった。
「旦那さま。おれはいつだって、ポーチさま優先です。ですが、今は一刻をあらそう。現在、おれの精霊をポーチさまにつけております。草の精霊デュラン。おれの幼いころからの友達です。必ずや、役に立ってくれるでしょう」
「そうか。お前の精霊がついててくれているならば、安心だ。あのチョコレートパインのドラ息子がポーチのことを口説いたりなどしていないかと、ずっとはらはらしていてなあ。心配ばかりだよ、ハハハ」
 からっと笑うリースののん気に、スサノヲはめまいがした。
 しているが!?
 あのチャラ男、ポーチさまと喫茶店などに行って、茶をしばいていたが!?
 なんなら、付きあうだのなんだのとほざいていたが!?!?!?
 くらり、と再び気が遠くなる。
 リースにいえるわけがない。
 主人の精神の健康のためにも、おのれの執事としての役目をまっとうしなければ。
「プリンガレット家のため、今はすべて、このスサノヲ・サンフラワーにお任せください」
「うむ、期待しているよ。スサノヲ」
「……はい」
 ぷつ、と通話を切った。
 遠くでいい争いをしているポインセチアとトット、そして、それを見守っているらしいソーダをにらみつける。
「ソーダ・チョコレートパイン。今に見ていろ。きさまの化けの皮、近いうちにはぎとってやるぞ!」
 草の精霊デュランに、ソーダの監視を任せ、スサノヲは名残惜しそうにしながらも、その場を離れた。
「最初の報告では、トット・ベリーマフィンはオレンジメロン山にいるという話だったが……」
 オレンジメロン山は、前回の大魔法戦争で蜜の紋章のかけらが見つかったとされている場所だ。
「あの時点でかけらが見つかっていれば、今ごろ大魔法戦争は終幕している。ということは、かけらは見つからなかったのか。今どこにいるのやら……」
 スサノヲは、脳内で過去の大魔法戦争の歴史をふり返る。
「これまでの魔法史のなかで、大魔法戦争が行われたのは、三回。第一回目で、蜜の紋章を手に入れた魔法師は、ベリーマフィン家のベア。二回目は我がプリンガレット家のヤドリギ。三回目はベリーマフィン家のホワイト。チョコレートパインはまだ一度もない。まさか、ソーダがポーチさまに近づいてきたのは、蜜の紋章を横取りするためか!? プリンガレットと仲の悪い今の当主が、ソーダに何かしら吹きこんだというわけか。いまいましい」
 いや、それは置いておこう。
 今、問題なのは、かけらの場所だ。
「一回目は、パピルス川……二回目は、スプレー砂丘……そして三回目が、オレンジメロン山……」
 だとすると、次はスプレー砂丘に向かうだろうか。
 それとも、まったく別のスポットを探すだろうか。
「かけらは、過去三回のどれも、建物内で見つかっていない。これを法則とすると、次も屋外だと予想するのが自然だ。トットもそう考えたとすれば……」
 スサノヲは、トットの次の目的地を探る。
「候補とするなら、オレンジメロン山のふもとの竹林か、それともフルーツ園の裏の池か……?」
 いや、赤い月はもっと、一般人に見つかりにくい場所に隠すはずだ。
 大魔法戦争は魔法師のみが知る、偉大なるお祭り。
 一般人に知られてはならない。
 あの夜空に浮かぶ奇妙な赤い月も、魔力のない人間には見ることすらできないのだ。
「とりあえずは、スプレー砂丘に向かってみるか」
 スサノヲは杖を取りだし、草の精霊たちに呼びかける。
「伸びやかに天を突け、健やかなる種よ、命のさえずりよ」
 たんぽぽが一気に成長し、花が咲き、わたげとなる。 
 そのわたげのひとつをビーチパラソルほどの大きさに巨大化させると、スサノヲはその軸につかまり、ラグビーボールほどになった固い種子に足をかけた。
「スプレー砂丘の方角は、っと……」
 ふよふよと風に運ばれながら、スサノヲはトールパフェの田園風景を飛んでいく。
 町のほうへ行けば、少しは発展しているものの、基本トールパフェは田舎だ。
 フルーツプレート大陸は、大陸とはいわれているものの、歴史上大きかったのははるか昔のこと。
 今では大陸は分裂し、それぞれ独立している。
 犬のようなかたちのフルーツプレート大陸とは、そのなれの果て。
 まわりの大陸と比べてとても小さな、まるで島のような大陸となってしまった。
 ここパンケーキ地方は、そのなかでも山が多いド田舎だ。
 今でもたくさんの魔法師が住んでおり、病やケガを治してほしいと他の地方の住人たちがおとずれることもある。
 しかし、魔法師たちがこうして、赤い月が浮かぶ夜に大魔法戦争をしていることを知るものはいない。
 大魔法戦争とは、魔法師たちによる魔法師たちだけの祭典。
 手に入れれば必ず願いが叶う蜜の紋章の存在は、魔法師だけのもの。
 ほかのどの種族にも知られてはならないのだ。
「……いい夜だ」
 ふわり、と風に乗って、声が聞こえた。
 その穏やかな春のような気配は、スサノヲをかえって緊張させた。
 ただならぬ気配だと思わされる、ゆったりとした心地のよい声。
 魔法師に違いない。
 わたげにのっている自分の耳に、鮮明に声を届かせる手段など、魔法以外にあるはずがなかった。
 ハッとして、地上を見おろした。
 地上から、スサノヲを見あげている、見たことのある顔。
 群青のローブが、スサノヲの脳裏でひらりとひるがえる。
 だが、違う。
 あれは別人だ。
 雰囲気も、笑い方も、そして魔力もまったく違う。
 なにより、群青色の不老不死ジジイと比べ、顔つきが幼い。
 見た目十二歳と、本当の十二歳はこれほど違うものなのか。
 現在のベリーマフィン家の跡取り息子であるトットが、夜空に浮かぶ巨大なわたげを見あげ、ふわりと目を細めた。
「降りてこれる?」
 テレパシーなのかなんなのかはわからないが、また声が鮮明に聞こえた。
 耳元でいわれているみたいだ。
 この魔法、スピーカーの性能がよすぎる。
「うるさい」
「きみ、執事のくせに、態度悪いな」
「……ベリーマフィンに仕える執事ではないのだから、礼儀をわきまえる必要はない」
「執事とは、いついかなるときも使えている主人の名を汚さぬふるまいを心得よ。まだまだ未熟だな、サンフラワーは」
 スサノヲがやっと地上に降り立ったところで、トットがからかってくる。
 ぐうの音も出ないとはこのことか、とスサノヲはくちびるを噛みしめた。
 今年で十五歳になるというのに、三つも年下のやつにいい負かされた。
 スサノヲはおとなしく、足をおり、膝を地につけた。
「無礼をおわびいたします。トット・ベリーマフィンさま」
「ええ~。やりすぎやりすぎ。まあまあ、今は大魔法戦争の真っ最中。真剣勝負に、礼儀も無礼もないんだからさ」
 じゃあ、はじめからからかうな!
 ひたいに青筋を浮かべながら、スサノヲは立ちあがる。
「あなたの先祖が大暴れしていますよ。ベリーマフィンの魔法師たちは何をしているのですか?」
「一族でもっぱら、話し合い中だよ。トットさまが、トットさまがってね。あと、ひいきも止めてもらうことにした。あれは、赤銅さまふくむ、一族の老人たちが勝手にしはじめたことでね。ぼくは恥ずかしいだけだったんだよ」
 申し訳なさそうにしているが、目が猫の爪のようにするどく細められている。
 まるで、何かを隠し持っているかのように。
「名前もいっしょでややこしいだろ。だから、一族のあいだで彼をこう呼ぶことにしたそうだ。赤い月の魔法師、赤銅さまと」
 トットのブルーベリー色の瞳が、夜空のきらめきに怪しく光る。
 赤銅の魔法師とうりふたつの顔つきが、田園風景の冷たい風にさらされている。
 スサノヲはするりとスマホを取りだし、たぷたぷと画面を叩いた。
「たしかにややこしい。プリンガレット家のSNSからも広めておきましょう」
「わるいねえ」
「まあ、パインチョコレートとは仲が悪いですから、一族止まりでしょうけど」
「はははっ。パインチョコレート家だけ、ハブられているみたいになってしまうね!」
 チャラ男の一族のことなど、どうでもいい、とスサノヲは口元をへの字にするが、また執事の教養がうんたらといわれたらたまらないので、こっそりと内心で石ころをけった。
 ポインセチアは、スサノヲのみちしるべなのだ。
 あの方の自信は、夜の灯台のように、幼いころのスサノヲを照らしてくれた。
 だからこそ、スサノヲはポインセチアが見えないであろう、後ろを守る。
 ソーダなどに、渡すわけにはいかないのだ。
「きみが仕える一族は、パインチョコレートとなにがあったんだ?」
「主人の恥ずかしい過去をあなたなんかにさらすわけがないですよ。ひとつだけいえることは、おれがソーダをきらいであることだけです」
「主人を売らず、自分の感情のみを切り売りするとは執事のかがみだねえ」
 苦笑するトットを、スサノヲはわざとにらみつけた。
「そんなことよりも、あなた方は赤銅卿をどうするおつもりで?」
「赤銅さまに、公平に大魔法戦争をジャッジしてもらうためにも、ぼくが大魔法戦争を戦いぬけるほどの魔法師であることをわかってもらわなければならないね、という話になった」
「それは、つまり」
「ねえ、きみ。戦ってくれないか。ぼくが強いということを赤銅さまに証明するために」
 トットは星空のようなローブから、杖を取りだした。
 美しく、まっすぐな、白樺の木。
 なんの飾りっ気もない。
 無垢な杖だった。
「大魔法戦争という大いなる舞台にて、これより魔法をふるう。このトット・ベリーマフィンが蜜の紋章でもって、世界を救済するためだ」
 ぴくり、とスサノヲは動きを止めた。
「救済とは、どういう意味ですか」
「ふふふ、きみは運がいい。いちばんはじめに、教えてあげるよ。まだ誰にもいっていないことだ。親にも、親戚にも、誰にも」
 うたうように、トットはいう。
「ぼくは不老不死なんて、おろかなことだと思っている。生きることって、大変だろう。だから、ぼくはその逆こそが理想だと思っているんだ。安らかに、生きることを捨てる。世界の全人類を、みんないっしょに、一斉に、安らかに天へ送ってあげること。ぼくは、蜜の紋章を手に入れたら、そう願うんだよ」
 にっこりとほほ笑むトットに、スサノヲはこれまで感じたことのない恐怖と怒りを感じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

処理中です...