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4 そんなことするはずないのに
4
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廊下の天井から、ふわふわと何かが落ちてくる。
「これは、蜘蛛の糸……? いや、違う」
目の前に現れたのは、コピーパッドではない、新しいタブレットだ。
閻魔パッドの裏には、炎のマークが刻まれていたが、新しいパッドには、ハスの花が刻まれている。
パッドはゆらゆらとゆれながら、おれの前で漂っている。
タブレットの画面を見ると、見慣れた裁判画面になっている。
『タップして、裁判を開始しましょう。
氏名 〇〇
罪名 〇〇
判決 〇〇』
これにさっきの項目を入力したら、『有罪』を『無罪』に変えることができるかもしれない!
新しいタブレットに、手を伸ばそうとしたときだった。
「それに、触れるな!」
ウシトラが叫んだ。
「稲荷千弥。気をつけて。それは、ゴクラクパッドだよ」
「閻魔パッド以外にも、タブレットがあるのか」
等々力が、顔を引きつらせている。
「これは極楽……きみらでいうところの、いわゆる天国というところが管理するタブレットだよ」
「でも、これがどうしたんだよ。極楽のものなら、いいものなんじゃないのか。なんで、触っちゃだめなんだよ」
おれがいうと、ウシトラは眉間にシワをよせて、くちびるをとがらせた。
「最初からいってるでしょ。このゲームできみたちが勝ったら、不老不死をあげるってさ。でも、そのゴクラクパッドできみたちが勝ったって、意味がないんだ。不老不死はあげられないんだよ。ゴクラクパッドは、極楽が管理しているタブレットだからね。しかも、極楽は寿命をちまちまと管理している、つまんない組織だ――だから、不老不死のこともよく思っていない」
「なぜだ?」
「魂の期限をいじるからだよ。これは極楽側のルール違反だからね。あいつらも、自分たちのルールには厳しいんだよ。ゴクラクパッドを使えば、一発で、きみたちが今していることはバレるだろうね。獄卒とゲームをし、不老不死になろうとしていることがさ。すっごい怒られるだろうし、もしかしたらとんでもない罰が待っているかもなー。キヒヒ、いやあ、こわいねえ」
ニヤニヤを抑えきれないようすの、ウシトラ。
なんだよ、こいつ。
結局、おれたちにゴクラクパッドを触ってほしいのか、触らないでほしいのか、どっちなんだ。
おそらく、獄卒という役人気質の性格が、このゲームを正しく終わらせたいから、「触るな」といったんだろうが。
今は、おれたちがゴクラクパッドを触り、とんでもない罰を受けるところが見たい、という顔をしている。
こっちが、こいつの本音なんだろうな。
さすが、鬼。性格が悪い。
「……そもそも、なんでここにゴクラクパッドが落ちてきたんだ?」
首をひねるおれに、ウシトラも同じしぐさをしてきた。
「さあね。極楽で働いてるやつが、うっかり落としたんじゃないかな? ……そういえばさあ」
ウシトラが、つまらなそうにたずねてきた。
「稲荷千弥。きみさあ、不老不死をもらったらどうするつもりなの?」
肩が、ぴくりと動いた。
なんで鬼のくせに、そんなことを気にするんだよ。
「夕凪恵麻の話を聞いて、等々力万里と出口舞鳥はかなり驚いていたよね。でも、きみはちっとも驚いたりしていなかったじゃん。ずっと冷静だったよねえ。気になるなあ」
「何がいいたいんだ、ウシトラ」
「知ってたんでしょ? 夕凪恵麻の弟の話」
出口が、心配そうにおれを見あげた。
ウシトラは、おれたちのようすなど眼中にないとばかりに、話を続ける。
「きみはこのゲームに勝って、不老不死を手に入れたら、それを夕凪恵麻の弟のために使おうとしていたんじゃない?」
それを聞いた等々力が、目を見開いた。
出口も、口元をおさえて驚いている。
おれは、肺にたまったものを「はあ」と吐き出した。
「だから、なんだよ。それをお前が気づいて、どうだっていうんだ」
「賢いきみなら、もうわかったでしょ。ゴクラクパッドを使ったら、きみの夢を叶えられなくなるっていってるんだよ。よーく考えたほうがいい。きみは、このゲームをどう終わらせたい?」
「でも、このままだったら、おれは『有罪』のままだ」
「待って、待って。よく聞いて。ゴクラクパッドを使えば、ここにいるきみたち全員が、極楽のやつらから罰を受けるんだよ。つまり、不老不死の夢が叶わなくなるんだ。でもきみは、夕凪恵麻の弟が助かればいいんでしょ。だったら……どっちがオトクかは一目瞭然だよ。コピーパッドのままだと、きみは『有罪』になる。だけど、ふたりは生き残る。あとは、ふたりに叶えてもらえばいいじゃない」
ウシトラがニコニコしながら、閻魔パッドを人さし指で叩く。
「あれあれ。ねえねえ、やばいよ。カウントダウン、あと二十秒だ」
息を飲んだ。
まずい、時間がない。
迷っている暇はない。
決断、しなければ。
「い、稲荷くん。おれ、何もできないけどさあ。でも……」
「稲荷くん、あたし……」
等々力と出口がいいたいことは、わかっている。
しかし、おれは答えなかった。
ふたりの気持ちが、十分にわかっていたからだ。
何もいわないまま、ゴクラクパッドを手に取った。
ウシトラが、「はあっ」と色んな感情が混ざりあった息を吐き出したのが、聞こえた。
タップした場所から、ハスの花びらがふわりと浮かびあがった。
裁判画面が、自動でするりとスライドされ、『懺悔』と書かれたページに移動した。
その下に、入力ボックスが設置されている。
『懺悔
あなたの気持ちを入力してください。
〇〇〇〇』
「これは……」
懺悔って、自分がしてしまって後悔していることを、告白することだよな。
おれの懺悔を、しろってことなのか……?
一瞬、戸惑ったが、無我夢中で文字を打ちこんでいった。
『懺悔
おれは、恵麻に黙って、弟を生き返らせようとしていた。
なのに、仲間を助けられなかった。
樗木も、白金も、恵麻も地獄に連れて行かれてしまった。
おれの、せいだ。
おれが、ちゃんとしていなかったから、いなくなってしまった』
エンターを、押す。
すると、金色の光が画面からあふれだした。
まぶしいのに、あたたかく、おだやかな気持ちになる光だった。
どこからか、うめき声が聞こえる。
「この光、極楽の光……ッ?」
ウシトラだ。
「くそっ、息が苦しい……! どうしてだよ、稲荷千弥! きみは……恵麻の弟を助けたいんじゃなかったのッ?」
苦しそうに叫ぶウシトラに、おれは答えた。
「恵麻の弟は、極楽にいると思う。だから、地獄の獄卒に生き返らせてもらっても、嬉しくないんじゃないかと思ってな」
「……ふざけやがってッ! もういい。こんなゲーム、やってられるか!」
ウシトラがパチンと指を鳴らすと、その後ろに濃い闇がじわりと生まれた。
あのときの、闇だ。
しかし、ゴクラクパッドからの光で、あっというまに消し飛びそうになる。
消しゴムのカスのような闇を一生懸命にかき集め、ウシトラは濃い闇のなかへ逃げようとした。
「ウシトラ!」
「なんだよ」
「あいつらは、どうなるんだ!」
「……地獄におちたものを連れ戻すことは、禁忌なんだ。だから、おれにはもう、どうしようもないよー?」
へらっと首をもたげさせると、地獄の鬼は闇のなかへさっさと消えていった。
ウシトラがいなくなったと同時に、ゴクラクパッドからの光も、嘘のように消えてなくなってしまった。
出口が「はあ……」と疲れを吐き出し、廊下にうずくまった。
等々力も、倒れるように壁にもたれる。
終わった、のか?
深く、息を吸う。逢魔が時になってから、きちんと呼吸をしていなかったように思えるほどの、空気の冷たさを感じた。
保健室の時計を見あげた。
ちょうど、十八時になるところだった。
逢魔が時が、終わろうとしている。
「……あいつら、もう助けられないのか」
「地獄に、行っちゃったものを連れ戻すのは、禁忌だって……」
等々力と出口のひとり言のようなつぶやきを聞きながら、おれはゴクラクパッドを見つめていた。
これを使ったら、極楽からとんでもない罰がある、とウシトラはいっていたが、今のところ何も起こっていない。
そもそも、このタブレットは何でおれたちのもとに落ちてきたんだ?
最初に手に取った画面に、裁判画面が映っていたのも気になる。
まさか、最初はおれたちのことを裁こうとしていたのか。
途中で考えを変えて、正直に『懺悔』をすれば許そうと思ってくれたのか。
『蜘蛛の糸』という話で、主人公を助けようとしていたのは誰だったっけ。
おれたちを助けようとしてくれたのも、あの話と同じ存在なんだろうか。
とにかく、おれたちは不老不死になることもなく、クラスメイトを三人も失ってしまった。
閻魔ゲームは、サイアクの結末となって、幕を閉じた。
■
逢魔が時がおわり、おれたちはそれぞれの家に帰った。
その日の夜、恵麻の母親から、電話がかかって来た。
恵麻のゆくえを聞かれたので、「わからない」と答えるしかなかった。
ぼーっとしながら自室に戻ると、等々力と出口から、スマホアプリのチャットが届いていた。
樗木と白金も、もちろん帰っていないので、親が探しているらしい、という知らせだった。
おれたち三人とも、恵麻たちがどこに行ったのかは知っている。
しかし、誰も何もいえなかった。
地獄に行ってしまったなんて、いえるわけがなかった。
■
次の日、等々力と出口が、おれの部屋に来た。
ふたりに、いわなければならないことがあったのだ。
ベッドに座っている二人。その前の丸テーブルに、おれはゴクラクパッドをごとり、と置いた。
出口はそれを見ただけで、昨日のことを思い出したのか、うつむいてしまう。
等々力が、緊張ぎみに、話題を切り出した。
「あー、千弥。話って、これ?」
「ああ。あのあと、このタブレットをいろいろといじってみた。それで、わかったことがある。このタブレットが使える機能は、ふたつしかないみたいだ」
「ふたつ?」
目を丸くする等々力に、おれは、静かにうなずいた。
まずひとつめは、『懺悔を入力し、極楽に送信』できる機能。
もうひとつめは、『善行ポイントを貯める』ことができる機能。
「善行ポイントって……なに?」
「なんか……ゼンコウなんじゃね?」
頭の上にハテナマークを浮かべている、ふたり。
「ネットで調べてみた結果によると、『よいおこないをすること』。それを、『善行』っていうみたいだ」
「じゃあ、でぐっちゃんはいつもそれ、やってるってことじゃん」
等々力が、出口の肩にポンと手を置く。
出口は、樗木に告白されたときのことを思い出したのか、少しだけいやそうな顔をした。
「あたしのは……善行なんて、そんな大それたものじゃないよ。ただ、こうしたほうがいいだろうな、と思ってやってるだけなんだよ」
「それが善行なんじゃん? でぐっちゃんってさ、いいことしても『見返りを求めてない』だろ。おれ、何かいいことしたなあって思ったら、『いいことが返ってくるかも』って、つい思っちゃうもん。すげえよ」
複雑そうにしている出口に、等々力はふしぎそうに首を傾げた。
「ただ、褒めてるだけなんだけど。でぐっちゃんは、謙虚だなー」
「ごめん、等々力くん。……褒められなれてないんだ。だから、すなおに受け止められないっていうか」
申し訳なさそうに、ぺこりと頭を下げる出口に、等々力があわてて両手を振る。
「いやいやいや、ごめんねっ? おれこそ! 謝らせちゃって!」
頭を下げあっている、ふたり。
「あいだに割りこんで、すまん。話の続きなんだが……」
「これは、蜘蛛の糸……? いや、違う」
目の前に現れたのは、コピーパッドではない、新しいタブレットだ。
閻魔パッドの裏には、炎のマークが刻まれていたが、新しいパッドには、ハスの花が刻まれている。
パッドはゆらゆらとゆれながら、おれの前で漂っている。
タブレットの画面を見ると、見慣れた裁判画面になっている。
『タップして、裁判を開始しましょう。
氏名 〇〇
罪名 〇〇
判決 〇〇』
これにさっきの項目を入力したら、『有罪』を『無罪』に変えることができるかもしれない!
新しいタブレットに、手を伸ばそうとしたときだった。
「それに、触れるな!」
ウシトラが叫んだ。
「稲荷千弥。気をつけて。それは、ゴクラクパッドだよ」
「閻魔パッド以外にも、タブレットがあるのか」
等々力が、顔を引きつらせている。
「これは極楽……きみらでいうところの、いわゆる天国というところが管理するタブレットだよ」
「でも、これがどうしたんだよ。極楽のものなら、いいものなんじゃないのか。なんで、触っちゃだめなんだよ」
おれがいうと、ウシトラは眉間にシワをよせて、くちびるをとがらせた。
「最初からいってるでしょ。このゲームできみたちが勝ったら、不老不死をあげるってさ。でも、そのゴクラクパッドできみたちが勝ったって、意味がないんだ。不老不死はあげられないんだよ。ゴクラクパッドは、極楽が管理しているタブレットだからね。しかも、極楽は寿命をちまちまと管理している、つまんない組織だ――だから、不老不死のこともよく思っていない」
「なぜだ?」
「魂の期限をいじるからだよ。これは極楽側のルール違反だからね。あいつらも、自分たちのルールには厳しいんだよ。ゴクラクパッドを使えば、一発で、きみたちが今していることはバレるだろうね。獄卒とゲームをし、不老不死になろうとしていることがさ。すっごい怒られるだろうし、もしかしたらとんでもない罰が待っているかもなー。キヒヒ、いやあ、こわいねえ」
ニヤニヤを抑えきれないようすの、ウシトラ。
なんだよ、こいつ。
結局、おれたちにゴクラクパッドを触ってほしいのか、触らないでほしいのか、どっちなんだ。
おそらく、獄卒という役人気質の性格が、このゲームを正しく終わらせたいから、「触るな」といったんだろうが。
今は、おれたちがゴクラクパッドを触り、とんでもない罰を受けるところが見たい、という顔をしている。
こっちが、こいつの本音なんだろうな。
さすが、鬼。性格が悪い。
「……そもそも、なんでここにゴクラクパッドが落ちてきたんだ?」
首をひねるおれに、ウシトラも同じしぐさをしてきた。
「さあね。極楽で働いてるやつが、うっかり落としたんじゃないかな? ……そういえばさあ」
ウシトラが、つまらなそうにたずねてきた。
「稲荷千弥。きみさあ、不老不死をもらったらどうするつもりなの?」
肩が、ぴくりと動いた。
なんで鬼のくせに、そんなことを気にするんだよ。
「夕凪恵麻の話を聞いて、等々力万里と出口舞鳥はかなり驚いていたよね。でも、きみはちっとも驚いたりしていなかったじゃん。ずっと冷静だったよねえ。気になるなあ」
「何がいいたいんだ、ウシトラ」
「知ってたんでしょ? 夕凪恵麻の弟の話」
出口が、心配そうにおれを見あげた。
ウシトラは、おれたちのようすなど眼中にないとばかりに、話を続ける。
「きみはこのゲームに勝って、不老不死を手に入れたら、それを夕凪恵麻の弟のために使おうとしていたんじゃない?」
それを聞いた等々力が、目を見開いた。
出口も、口元をおさえて驚いている。
おれは、肺にたまったものを「はあ」と吐き出した。
「だから、なんだよ。それをお前が気づいて、どうだっていうんだ」
「賢いきみなら、もうわかったでしょ。ゴクラクパッドを使ったら、きみの夢を叶えられなくなるっていってるんだよ。よーく考えたほうがいい。きみは、このゲームをどう終わらせたい?」
「でも、このままだったら、おれは『有罪』のままだ」
「待って、待って。よく聞いて。ゴクラクパッドを使えば、ここにいるきみたち全員が、極楽のやつらから罰を受けるんだよ。つまり、不老不死の夢が叶わなくなるんだ。でもきみは、夕凪恵麻の弟が助かればいいんでしょ。だったら……どっちがオトクかは一目瞭然だよ。コピーパッドのままだと、きみは『有罪』になる。だけど、ふたりは生き残る。あとは、ふたりに叶えてもらえばいいじゃない」
ウシトラがニコニコしながら、閻魔パッドを人さし指で叩く。
「あれあれ。ねえねえ、やばいよ。カウントダウン、あと二十秒だ」
息を飲んだ。
まずい、時間がない。
迷っている暇はない。
決断、しなければ。
「い、稲荷くん。おれ、何もできないけどさあ。でも……」
「稲荷くん、あたし……」
等々力と出口がいいたいことは、わかっている。
しかし、おれは答えなかった。
ふたりの気持ちが、十分にわかっていたからだ。
何もいわないまま、ゴクラクパッドを手に取った。
ウシトラが、「はあっ」と色んな感情が混ざりあった息を吐き出したのが、聞こえた。
タップした場所から、ハスの花びらがふわりと浮かびあがった。
裁判画面が、自動でするりとスライドされ、『懺悔』と書かれたページに移動した。
その下に、入力ボックスが設置されている。
『懺悔
あなたの気持ちを入力してください。
〇〇〇〇』
「これは……」
懺悔って、自分がしてしまって後悔していることを、告白することだよな。
おれの懺悔を、しろってことなのか……?
一瞬、戸惑ったが、無我夢中で文字を打ちこんでいった。
『懺悔
おれは、恵麻に黙って、弟を生き返らせようとしていた。
なのに、仲間を助けられなかった。
樗木も、白金も、恵麻も地獄に連れて行かれてしまった。
おれの、せいだ。
おれが、ちゃんとしていなかったから、いなくなってしまった』
エンターを、押す。
すると、金色の光が画面からあふれだした。
まぶしいのに、あたたかく、おだやかな気持ちになる光だった。
どこからか、うめき声が聞こえる。
「この光、極楽の光……ッ?」
ウシトラだ。
「くそっ、息が苦しい……! どうしてだよ、稲荷千弥! きみは……恵麻の弟を助けたいんじゃなかったのッ?」
苦しそうに叫ぶウシトラに、おれは答えた。
「恵麻の弟は、極楽にいると思う。だから、地獄の獄卒に生き返らせてもらっても、嬉しくないんじゃないかと思ってな」
「……ふざけやがってッ! もういい。こんなゲーム、やってられるか!」
ウシトラがパチンと指を鳴らすと、その後ろに濃い闇がじわりと生まれた。
あのときの、闇だ。
しかし、ゴクラクパッドからの光で、あっというまに消し飛びそうになる。
消しゴムのカスのような闇を一生懸命にかき集め、ウシトラは濃い闇のなかへ逃げようとした。
「ウシトラ!」
「なんだよ」
「あいつらは、どうなるんだ!」
「……地獄におちたものを連れ戻すことは、禁忌なんだ。だから、おれにはもう、どうしようもないよー?」
へらっと首をもたげさせると、地獄の鬼は闇のなかへさっさと消えていった。
ウシトラがいなくなったと同時に、ゴクラクパッドからの光も、嘘のように消えてなくなってしまった。
出口が「はあ……」と疲れを吐き出し、廊下にうずくまった。
等々力も、倒れるように壁にもたれる。
終わった、のか?
深く、息を吸う。逢魔が時になってから、きちんと呼吸をしていなかったように思えるほどの、空気の冷たさを感じた。
保健室の時計を見あげた。
ちょうど、十八時になるところだった。
逢魔が時が、終わろうとしている。
「……あいつら、もう助けられないのか」
「地獄に、行っちゃったものを連れ戻すのは、禁忌だって……」
等々力と出口のひとり言のようなつぶやきを聞きながら、おれはゴクラクパッドを見つめていた。
これを使ったら、極楽からとんでもない罰がある、とウシトラはいっていたが、今のところ何も起こっていない。
そもそも、このタブレットは何でおれたちのもとに落ちてきたんだ?
最初に手に取った画面に、裁判画面が映っていたのも気になる。
まさか、最初はおれたちのことを裁こうとしていたのか。
途中で考えを変えて、正直に『懺悔』をすれば許そうと思ってくれたのか。
『蜘蛛の糸』という話で、主人公を助けようとしていたのは誰だったっけ。
おれたちを助けようとしてくれたのも、あの話と同じ存在なんだろうか。
とにかく、おれたちは不老不死になることもなく、クラスメイトを三人も失ってしまった。
閻魔ゲームは、サイアクの結末となって、幕を閉じた。
■
逢魔が時がおわり、おれたちはそれぞれの家に帰った。
その日の夜、恵麻の母親から、電話がかかって来た。
恵麻のゆくえを聞かれたので、「わからない」と答えるしかなかった。
ぼーっとしながら自室に戻ると、等々力と出口から、スマホアプリのチャットが届いていた。
樗木と白金も、もちろん帰っていないので、親が探しているらしい、という知らせだった。
おれたち三人とも、恵麻たちがどこに行ったのかは知っている。
しかし、誰も何もいえなかった。
地獄に行ってしまったなんて、いえるわけがなかった。
■
次の日、等々力と出口が、おれの部屋に来た。
ふたりに、いわなければならないことがあったのだ。
ベッドに座っている二人。その前の丸テーブルに、おれはゴクラクパッドをごとり、と置いた。
出口はそれを見ただけで、昨日のことを思い出したのか、うつむいてしまう。
等々力が、緊張ぎみに、話題を切り出した。
「あー、千弥。話って、これ?」
「ああ。あのあと、このタブレットをいろいろといじってみた。それで、わかったことがある。このタブレットが使える機能は、ふたつしかないみたいだ」
「ふたつ?」
目を丸くする等々力に、おれは、静かにうなずいた。
まずひとつめは、『懺悔を入力し、極楽に送信』できる機能。
もうひとつめは、『善行ポイントを貯める』ことができる機能。
「善行ポイントって……なに?」
「なんか……ゼンコウなんじゃね?」
頭の上にハテナマークを浮かべている、ふたり。
「ネットで調べてみた結果によると、『よいおこないをすること』。それを、『善行』っていうみたいだ」
「じゃあ、でぐっちゃんはいつもそれ、やってるってことじゃん」
等々力が、出口の肩にポンと手を置く。
出口は、樗木に告白されたときのことを思い出したのか、少しだけいやそうな顔をした。
「あたしのは……善行なんて、そんな大それたものじゃないよ。ただ、こうしたほうがいいだろうな、と思ってやってるだけなんだよ」
「それが善行なんじゃん? でぐっちゃんってさ、いいことしても『見返りを求めてない』だろ。おれ、何かいいことしたなあって思ったら、『いいことが返ってくるかも』って、つい思っちゃうもん。すげえよ」
複雑そうにしている出口に、等々力はふしぎそうに首を傾げた。
「ただ、褒めてるだけなんだけど。でぐっちゃんは、謙虚だなー」
「ごめん、等々力くん。……褒められなれてないんだ。だから、すなおに受け止められないっていうか」
申し訳なさそうに、ぺこりと頭を下げる出口に、等々力があわてて両手を振る。
「いやいやいや、ごめんねっ? おれこそ! 謝らせちゃって!」
頭を下げあっている、ふたり。
「あいだに割りこんで、すまん。話の続きなんだが……」
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