淡い恋心

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「陸、消しゴム貸してくれ」

「昨日も貸してやっただろう。それはどうした?」

「机の中に入れていたが、今見たらなかった」

「またかよ・・・しょうがねーな」

俺は小峰 陸、今年で高校3年になる。そして、俺の後ろに座っている大峰 大地は同級生でもあり、家が隣といういわゆる幼馴染だ。

「ほらよ・・・」

「ああ、悪いな」

昨日半分に割った消しゴムを更に半分に割ると、後ろに座っている大地に片方を渡す。いつもは同級生の前でも表情を変えない大地の目が優しく見えた。

大地には姓も名前も完全に負けているが、負けているのはそれだけではない。小学生の時は辛うじて勝っていた身長も今となっては192cmと大地は驚く成長を遂げた。

(俺は170cmとサバを読んでるけど、実際には168cmなんだよな・・・明日から牛乳を飲む量を増やすか)

それにすっきりとした整った顔立ちに、バスケ部のキャプテンとだけあって爽やかだ。そんな大地は昔からモテるが彼女を作ったことがない。そして消しゴムの話に戻るが、大地が使っているものが欲しいのか消しゴムがよく消えるのだ。消しゴムは盗んでもいいということなのか?

(消しゴムもこうしょっちゅうだと馬鹿にできないんだけどな)

「今日クラブが終わるの待っててくれないか?」

「ん~、無理。今日はバイトだから」

「最近多くないか?」

「家族経営のお店だからな。今奥さんが出産で入院してるから人手が足らないんだよ」

「俺も雇ってもらえないか」

「何で大地が働くんだよ。お前ん家はバイトなんて必要ないだろ。それにバスケの練習もあるし、そんな時間ないだろ」

「・・・・・」

「おい、ちっこい方の峰。いい度胸しているな。俺の授業中にのんきにおしゃべりか?」

「あっ、はっはっは・・・授業中でした」

***

「じゃあな。ちゃんと練習に行けよ」

「ああ、お前も気を付けて帰れ」

「もう、子供じゃないんだよ」

鞄片手に下駄箱に向かうと、同じクラスの真理恵が俺を待っていた。

「陸、一緒に帰ろう」

「ああ、いいよ」

俺のバイト先と真理恵の家の方向が同じなので、ここ最近一緒に帰ることが増えた。真理恵はサバサバとした性格で女子からも男子からも人気も高い。

「それにしてもバスケ部は試合に向けて忙しそうね」

「ああ、3年生の最後の試合だからな」

「陸は応援に行かないの?」

「どうするかな。誘われてもないし、バイトになりそうな気もするし」

「そうなの・・・。それより考えてくれた?」

「真理恵と付き合うって話か。それって本気なの?」

「どういう意味よ?本気じゃないと思っていたの」

「だって、ちょっと前に大地に告白したって噂を聞いたから」

「あ~あ、やっぱり見られてたか。男子がタイミング悪く通ったからな。噂になってるんだ私?」

「・・・・ごめん」

「いいのよ。大地君のことは本気で好きだったからショックだったけど、失恋は新しい恋で癒せっていうでしょ。そしたら手ごろな男子が近くにいたって訳」

「それが俺かよ。酷くない?」

「今まで大地君に隠れて気づかなかったけど、陸もよく見たら凄く可愛い顔をしているし。前髪切りなさいよ。勿体ないじゃない」

「悪かったな。男の癖に可愛いくって」

「何?大地君に対抗して男らしく見られたいの」

「そういう訳じゃない・・・」

「じゃあ、大地君より先に彼女ができたってことで男として勝てたでしょ」

「そういうのは、勝てたって言わないだろ」

「何よ。私じゃ不満なの?」

「・・・不満じゃないけど」

真理恵と話しながら歩いていると、バイト先の八百屋に着いた。

「じゃあ、今日から彼女ということでよろしくね。バイト頑張って~」

「え?」

真理恵はそう言い残して帰って行った。お店に入ると奥に続く部屋からマンディの嬉しそうな鳴き声が聞こえた。早く扉を開けろと言わんばかりに、カリカリと前足で扉も掻いている。

「おう、陸来たな。マンディのやつ陸が来るのを待ちわびて、この時間になると落ち着きがなくてな」

「ちょっと挨拶してきます」

「ああ、挨拶な」

「はい」

扉を開けるとマンディが勢いよく俺の顔を舐め始めた。マンディは9歳の柴犬だ。子供の頃から八百屋に来るたびマンディを撫でていたらすっかり懐いてくれた。俺の家はアパートで犬が飼えなかったからマンディ会いたさに良くこの店に来ていた。

そのお陰でバイトに誘ってもらえたのだ。

何故かその後すぐに大地がゴールデンリトリバーを飼い始めた。訓練された優秀なゴールデンリトリバーのアルフも可愛いいけど、訓練されてないマンディは表現が素直だ。俺が大好きでたまらないといった感情が伝わってくる。

ひとしきりマンディを撫でたら洗面台で顔と手を洗い、配達の準備を手伝い始めた。昼間の配達の時間はおばあさんの詩織さんが店番を務めているが、夜から営業が始まるスナックに配達に行く間俺が代わって店番をするのだ。

大型スーパーに多くの客が流れているが、古くからの馴染みの客がちらほらと野菜を買って行く。バイトは学校が終わって2時間。バイト代は高くはないが、家が近所なのと痛み始めた野菜をもらえるのが助かる。

「悪かったな。遅くなって」

社長の達郎さんが戻ってくると俺のバイトは終了だ。

「いえ、大丈夫です」

「陸、そこにある野菜を持って帰ってくれ」

「いつもありがとうございます」

大根と人参が入ったビニール袋をもって家に帰ると、腕まくりをし今日の献立を考える。俺の家は母子家庭だ。母親は看護婦として県立病院で働いている。いつもクタクタで帰ってくる母親のために食事を作るのが俺の役目でもあった。

昔は隣に住む大地のお母さんが、小さいのに一人では心配だからと預けられることもあった。大地と一緒にご飯を食べてお風呂に入ると、一緒の布団に寝かしつけられる。朝起きると寝ている間に母親が連れて帰ったのか、自分の布団だったということも良くあった。

ちなみに、隣と言ってもアパートの隣の部屋じゃない。アパートの隣に建っている豪邸が大地の家だ。

日本でも有名な大峰グループの社長が大地の父親なのだ。家政婦や運転手がいる絵に描いたような金持ちの豪邸に、幼いころは違和感もなく出入りしていた。

(だってお手伝いのナエさんも大地の家族も俺が遊びに来ると当たり前のように家にあげてくれるから、俺も勘違いするよな。そしてあの事件だ)

俺が6歳の時大峰グループの息子を誘拐する事件が起きた。その時、間違って誘拐されたのが俺だ。毎日のように出入りしている俺を見て、犯人は俺を息子だと勘違いしたらしい。連れ去られた車の中で『お前が大峰の社長の息子か』と聞かれて『僕は小峰です』と必死に説明すると、誘拐犯も困った顔になっていた。

ギャグみたいな話だが、大峰じゃないのか。僕は小峰ですと何度か応酬し、母親が服に書いていた『小峰陸』の字を見て、やっと人間違いに気づいた犯人は7駅も離れた駅で俺を捨てたのだ。

(それからだよな。大地が異常に俺をかまうようになったのは)

大地の父親はいつも冷静なのに動揺していたし、母親の玲子さんは泣きじゃくって『無事で良かった』と言ってくれた。慰謝料の話もあったようだが、俺の母親は俺が無事に戻って来たからときっぱりと断った。

それからも俺達はいい家族付き合いをしていると思う。

「最近は俺が距離をあけているけど・・・」

冷蔵庫から卵を取り出しゆで卵にしてから、おでんにするべく大根の皮を剥きながら土鍋に火をかけた。

大地のことは親友だと思っているけど、優しくされると最近は妙な気持になるのだ。

(俺はゲイじゃないよな。真理恵と付き合えばはっきりするかもしれない)

鍋にじゃがいもや竹輪を入れて味を調える。中学から始めた自作料理はそれなりに上手くなった。母親が返ってくるのを待つ間スマホを取ると大地から『無事に家に着いたか?』とLINEが入っていた。

返事をしようかと迷ったけど、なんとなく気が乗らない。画面をいつまでも見つめていたけど、コタツに入ると瞼が重たくなってそのまま眠ってしまった。
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