酒屋は盛るよ

永井晴

文字の大きさ
1 / 1

酒屋は盛るよ

しおりを挟む
  ある街の酒屋はいつも人々でごった返していた。
 「下劣な連中が溜まって、建物から溢れんばかりだよ。ああ、匂いがついちまう!」
 「あんな奴らのことなんか、直ぐに忘れちまうさ。まあ匂いはちと残るけどな。」
通りがけのスーツを着た二人が小言を吐いていった。酒屋からは酷い匂いが漏れて出て、店の通りには、並んだ建物の壁に寄りかかる、飲み潰れた悲惨な酒飲みの姿が幾つも見られる。もちろん彼らが戻したものも至る所で見受けられた。

  酒場はその奥まで人で犇めいている。
 「ああ!もうないのか!」
 「ええい、こっちもねえや!」
 「だめだ!こっちはもう半分だべえ!」
とうの昔に、人で狭い酒屋の壁には叫び声が染みついてしまった。劣悪酒と酔いの廻った汗のきつい匂いで、店内には煙ったいような空気が充満している。
 「早く酒を出せえ!」
煮詰まった泡のような群衆の何処からか、カウンターへ一枚の硬貨が投げ込まれた。店主は金額の確認も瓶の確認もせず、ただ無造作に酒を取りだした。
 「投げるぞ!」
野太い声が汚い声の混淆の中を貫いて、響いた。一同がカウンターの方を見上げて、あわよくばこちらに来やしないかと疼いていた。こっちだ!こっちだ!と喚く者も当然あった。まるで水族館の給餌のようである。しかし、店主も彼らのことを汲み取って、追い出すことも出来ぬままだ。
  瓶が投げ込まれた。店主は硬貨が投げられた所をしっかり分かっていた。その気遣いは店主の彼らへの配慮でも、情けでもあった。
 「いちいちうるせえぞ!」
酒を頼んだ客の一人が叫んだ。初めから期待もしていない一同は、すぐに元に戻った。その客は瓶のまま酒を飲み出して、小さな円卓にそれを叩きつけると、顔を赤くして涙を零した。
 「あ、ああ、、これしかねえや!」
 「いいなあぁ、、おめえさんは、まだ金があるんだねえ、おれぁなんかもうかえる金もつかっちまったあよ、、」
 「俺も金なんかもうねえや!ちびちびしかできねえ俺らを、恵んでくれるやつぁいねえのかねぇ!」
 「ほんとぅだねぇ、、でぇもそれでいきとぁるんだからぁ、、ひとっちゅうもんはすげぇなぁ、、」
 「この壁の向こうで、鞄持って、清潔装ってる奴らなんかぁ、低俗に金集めてるだけなんだわ!それで気取っちゃってえ、えぇ恥ずかしい!」
 「ほんとぅだねぇ、、おれぇらみたいのが、いるのをぉ、
、しらんのだろおぅねえ、、、しっかりいきてなぇと、いのちもねえとおもってるんでぁろうねえ、、、」
 「賎しいのはどっちだってんだい、ってなあ!生き物としていきや出来ない奴らなんざあいつらぁ!こちとら仕事なんか奪われても生きていける人間様だぞお!」
 「ほんとぅだねぇ、、もうすっかぁりここもぉ、しごとをなくしたやつらぁばっかになったねぇ、、、」

  奥の方で注文の声がした。至る所で、酒に飢えた者達の羨望の言葉が漏れ出る。
 「いいねえ、あすこは金があるだぁ、、」
 「本当ですねえ、でもみんな同じような人たちだからなぁ、憎む気にはなれないですなぁ、」
 「なあに、おめえさんもかねなしかあ、、」
 「おあいにく、今はないですねえ、、」
 「なぁんだぁ、、おめえさんなんやってたんでぁ、、」
 「私は教師やってましてねえ、、社会なんか教えてましたねえ、、それはぁ、もう大変な仕打ちを受けましたよ、、公務員なんて言うのはあ、安定した仕事って言われてたのに、泣く泣く、私も、職なしですよ、、はぁ、、暇が出来ればあ、人々が幸せになれるなんでえ、ギリシアの時代で終わったのでしょうねえ、、」
 「むずかしいこといいなさんなあ、だんなあ、、きのどくぅに、、ほら、まだすこしのこってらあ、、」
若い方の客は少しの酒を注いで、勢いよく飲んだ。
 「うぅぁぁ、、泣けてきとぁすよおぅ、、、、」
 「おめえさんのなんだみたらあ、おれぁもう、さけなんぞいらんね、、、」
若い方の客は拠れたスーツの袖に目元を押し付けた。赤くなった彼の顔を見ながら、もう一方の客は残りの酒を注いで飲んだ。 

  今頃はそんな会話が、どの酒屋のどの席でもされていた。まだ酔いつぶれてない者や金の無くなった者の多少は、帰宅や便所のために自主的に店を出て、それ以外の者や酔いつぶれた者なんかは、つまみ出された。そうして店は回っていた。

  昼時、ある酒屋の店主は飯を食った帰りに公園のベンチで休んでいた。どっかの酒屋からの怒号も聞こえる。
 そこに一人の若者がやってきた。
 「こんにちは。お隣失礼しますよ。」
 「どうぞ遠慮なく。」
 「あっ、申し遅れますけれど私、○○会社でAIの開発に携わっておる者です。貴方、酒屋の店主と見えますが。」
 「その通りさ。随分エリートさんなんだな。」 
 「いえいえ。人間皆一緒ですから。そんなご謙遜なさらず。」
爽やかな顔で若者はそう言った。
 「ご休憩中ですか?」
 「その通りだよ。」
また怒号が聞こえた。若者は面白そうに、酒屋の店主に言った。
 「あいつらがいる限り、貴方方は儲けもんでしょうね。」
 「なに、金なんか増えやしない。馬鹿どもに付き合うのもまた馬鹿どもさ。哀れなもんだよ、仕方がないから俺は彼らに酒をまくのさ。」
若者はそれを面白そうに聞いた。店主はそれが癪だった。
 「やっぱり、商売って何でも大変なんですね。」
 「当たり前なこと言うんじゃないよ。」
 「いえいえ!馬鹿にするつもりはないんですよ。」
 「ならいいけども、仕事が良すぎるのもどうなのかねえ。」
 「ん?どうゆう事ですか?」
 「その使える頭で考えな。」
 「はあ、」
その時若者のスマートウォッチがなった。
 「そうだった、少し早くなったんだっけ。すいません、お話ありがとうございました。おかげで、いい案が思いつきそうですよ。じゃあ私はこれで。」
若者は会社へ戻っていった。店主もまた店へ戻っていった。
  酒屋はまた一層賑やかになっていった。
 
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

処理中です...