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4 襲芳舎の奇怪と内裏焼亡
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扉の外に深まる闇に青い閃光が走った。破壊音が轟き,ごうと目もあけていられない爆風が押し寄せる。幾重もの屏風が薙ぎ倒される。男もよろめく。体をよじって胴と二足に絡む腕を振りほどき室外へ逃げだす――
「そちらはならぬ! 行ってはならぬ!」
張りつめた声だった。声が全身に纏わりつく。下腹部から恐怖が突きあげた。叫んでしまったかもしれない。
もつれる足を懸命に動かした。木階も,煤けて黒ずんだ戸も,廂も,渡殿も全てが揺れていた。何かに躓いて転倒する。柔らかく,しまりのないものを下敷きにしている。それに埋没しながら目を凝らす。
両眼を剝いた顔面が目前にある。
「ひゃっ……」
跳ね起きる。
肥えた女房が臥しているのであった。口中から泡をふいている。
1人ではない――灯火の消えた通路に所狭しと大勢の官人官女が倒れている。
「……あの,いかがされまして――」
「お立ち去りくださいませ!」
女房の容体を確認しようとして制止される。
時折じりじり燻る天空に点滅する青光が,はずれかけの壁代裏から現れた人影を浮かびあがらせた。
「どうかしたの!」
2人に駆け寄る。
全身黒ずくめの衣に身をつつむ華奢な足柄に支えられ,頑強な体格の兄がぐったり項垂れている。
「早う! 一刻も猶予なはりませぬ! 直ちにこの場をお離れくださいませ!」
足柄の顔つきに事態の深刻さを看取する。
「何があったの」
兄が足柄に抱えられたまま苦しげに目をあけて正気づく。
「おまえ――何故いるのだ!――すぐに逃げろ!」
足柄から離れ,私の背中を押す。
「待って,何があったのよ」
「いいから早く――」
私の手をひき,ふらつきながら前進する。
「モノガタリヒメ!」
遥か前方の闇のなかを祐子内親王が駆けてくる。
「行かないで! 月へ帰らないで!」
落雷により御殿の方々に損傷が生じ倒壊の危険があるため近づいてはならない――そう足柄が早口で説いてはみたが,幼な子に分別のつくはずもない。
視界が激しく揺らいだ。壁が崩れ落ちる。真木柱が折れて倒れかかる。
みなが同じ言葉を発した。足柄が次々と落下する損壊物を振り払いつつ救出にむかうが――いけない,間にあわない!
「大御祖父さま,何卒お力を――」
祖神道真公に念じた。
山吹に立ちこめる塵芥の間隙に,背上に柱を受け,うつ伏す頼通の姿が窺われた。腹下から,のそのそ内親王が這いだす。
頼通が内親王を救ったのである。
「ああぁ,ああぁ,ああぁ~ん!」
内親王がしゃくりあげる。
「嫌い,嫌い,大嫌いぃ,死んだりしたら,大きらぁいぃ!」
頼通がわずかに動いた。
「……死ぬものですか……死んだら余計に嫌われますから……」
重たげに腕がのびて内親王の頭を撫でる。
「死にはしません。爺は何処までも生き延びて,あなたさまをお守りいたしますぞ」
「爺さま――」
内親王が頼通の頰に鼻先を擦りつけて泣いた。
「至急よきに計らえ」
そう命じた兄の言葉に,足柄が迅速かつ的確に奉仕した。
落雷に伴う御殿倒壊の余波であるのか,その後篝火を火もととする火災が起こり内裏は焼亡した。天皇や皇太子が恙なく適所に移渡するに際し,頼通の咄嗟の判断が功を奏したが,それには兄の機転も大きく加勢していた。
公の危急を回避させた働きに一目置いた頼通は,妹の伺候先に出いりする勝手を申しでる兄の希望を無下に処することはできない。祐子内親王のたっての願いで,出産先へ移御する嫄子一行に加わった私の傍らには,常に兄が附随していた。
「そちらはならぬ! 行ってはならぬ!」
張りつめた声だった。声が全身に纏わりつく。下腹部から恐怖が突きあげた。叫んでしまったかもしれない。
もつれる足を懸命に動かした。木階も,煤けて黒ずんだ戸も,廂も,渡殿も全てが揺れていた。何かに躓いて転倒する。柔らかく,しまりのないものを下敷きにしている。それに埋没しながら目を凝らす。
両眼を剝いた顔面が目前にある。
「ひゃっ……」
跳ね起きる。
肥えた女房が臥しているのであった。口中から泡をふいている。
1人ではない――灯火の消えた通路に所狭しと大勢の官人官女が倒れている。
「……あの,いかがされまして――」
「お立ち去りくださいませ!」
女房の容体を確認しようとして制止される。
時折じりじり燻る天空に点滅する青光が,はずれかけの壁代裏から現れた人影を浮かびあがらせた。
「どうかしたの!」
2人に駆け寄る。
全身黒ずくめの衣に身をつつむ華奢な足柄に支えられ,頑強な体格の兄がぐったり項垂れている。
「早う! 一刻も猶予なはりませぬ! 直ちにこの場をお離れくださいませ!」
足柄の顔つきに事態の深刻さを看取する。
「何があったの」
兄が足柄に抱えられたまま苦しげに目をあけて正気づく。
「おまえ――何故いるのだ!――すぐに逃げろ!」
足柄から離れ,私の背中を押す。
「待って,何があったのよ」
「いいから早く――」
私の手をひき,ふらつきながら前進する。
「モノガタリヒメ!」
遥か前方の闇のなかを祐子内親王が駆けてくる。
「行かないで! 月へ帰らないで!」
落雷により御殿の方々に損傷が生じ倒壊の危険があるため近づいてはならない――そう足柄が早口で説いてはみたが,幼な子に分別のつくはずもない。
視界が激しく揺らいだ。壁が崩れ落ちる。真木柱が折れて倒れかかる。
みなが同じ言葉を発した。足柄が次々と落下する損壊物を振り払いつつ救出にむかうが――いけない,間にあわない!
「大御祖父さま,何卒お力を――」
祖神道真公に念じた。
山吹に立ちこめる塵芥の間隙に,背上に柱を受け,うつ伏す頼通の姿が窺われた。腹下から,のそのそ内親王が這いだす。
頼通が内親王を救ったのである。
「ああぁ,ああぁ,ああぁ~ん!」
内親王がしゃくりあげる。
「嫌い,嫌い,大嫌いぃ,死んだりしたら,大きらぁいぃ!」
頼通がわずかに動いた。
「……死ぬものですか……死んだら余計に嫌われますから……」
重たげに腕がのびて内親王の頭を撫でる。
「死にはしません。爺は何処までも生き延びて,あなたさまをお守りいたしますぞ」
「爺さま――」
内親王が頼通の頰に鼻先を擦りつけて泣いた。
「至急よきに計らえ」
そう命じた兄の言葉に,足柄が迅速かつ的確に奉仕した。
落雷に伴う御殿倒壊の余波であるのか,その後篝火を火もととする火災が起こり内裏は焼亡した。天皇や皇太子が恙なく適所に移渡するに際し,頼通の咄嗟の判断が功を奏したが,それには兄の機転も大きく加勢していた。
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