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11 はしたなさなら負けませぬ!
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「飛んで火にいる夏の虫とはまさしくこのこと――口封じするべき相手が自ら手にかかりにきてくれるとは」
頼成に襟首を摑まれた。
「襲芳舎で見てはならぬものを見たのが運の尽きですぞ」
「やはりそうなのですね――襲芳舎の事件もあなた方の仕業なのですね」
御湯殿に押しこまれ,背中を突かれた。
神経も肉も血も仰天した!
熱い湯に落ちたのである――
湯桶から這いあがろうとするが,内侍にしたたか頰をうたれた。
眼前の湯底から人体が浮かびあがる。湯に煮えた全身の肌が土色に腫れている。
「宮さま! 嫄子さま!」
中宮の反応はなかった。
「とうとう死んだようですな」
「あら,つまらない」
中宮を抱きかかえ湯桶を脱しようとすれば頭も顔も肩も打擲される。せめて中宮だけはと渾身の力を振り絞り,高熱を帯びる体を縁の外へと弾きだす。
「出過ぎた真似を!」
内侍が私の顔面を蹴った。
「ほぅっほぅっほぅっ,これはこれは,はしたない」
いっそう背筋を歪めて捧腹する。
「はしたなさなら負けませぬ!」
私は苦痛に気がたって声を荒げた。内侍が再度蹴りあげた足を,両手で摑み,湯のなかにひきずりこむ。狂ったみたいに内侍が暴れた。しかし腕には腕を,足には足を絡めて放してやらない。
「熱い,熱い,頼成さま助けてくだされ!」
「おおぉう,そうですな――」
頼成が閉じた扇で私を痛めつけようとするが,内侍を盾にして上手に避ける。低い鼻や,反り返る唇が叩かれる度に,糸のような両眼が腫れぼったい瞼に埋まった。
「何をされておる! 早うひきあげられよ!」
内侍が金切り声をあげた。
頼成が内侍の上衣を力任せに手繰った。衣が破けて胸が露出する。抉り取られたように乳房の一つがなかった。
「許すまじ! 物語かぶれの空け者が!」
細い目を尖らせて人とは思えぬ形相を見せつけるが,こちらも命がかかっているから怖じている暇はない。自身諸共内侍を抱き竦めたまま湯中に沈む。
内侍の口から大きな気泡が浮上しては割れるのを40ばかり数えた。敵の動きが静止した。
湯面を突き破り内侍の身体を頼成に投げつける。頼成は受けとめず傍らに逸れた。
湯桶の縁を這いあがり,そのまま頼成に詰め寄る。
「女にしておくには惜しい代物よ――よし,あたくしに仕えなされ。女の配下がおればよいとかねてより欲しておったのじゃ。殺さず生かしておいてやりますぞ」
無遠慮に人の顎を指先でもちあげる。
顎をしゃくり拒絶を示す。
「おやおや噂に聞いていたのと違うわい。頑なに気が強い……よしよし,配下になれば益ある術も教えてあげますぞ。ほに――」
片拳をひらくなり黒々とした小動物が飛びだす。目まぐるしく交差しながら飛翔するそれらは蝙蝠であった。
「黒兎だけでなく,あなたまでも陰陽の術を使うのですか」
「ほうっほうっほうっ,黒兎に術を授けたのは,このあたくしですぞ。我が父具平親王から術を学んだあたくしが,師として弟子のあやつを術師に育てあげたのじゃ。次はあなたを有能な術使いに仕立ててやりましょう。術が使えれば何でもできますぞ。望むなら内侍にも更衣にもなれるのだわい。みなに傅かれたかろう? 権力が欲しかろう?」
「欲しいのかもしれませぬ。でも欲しくないのかもしれませぬ。だって何だか恐いもの。ただ分かっているのは,あなたからは何も頂きたくないということです。権力も陰陽の術も頂戴しませぬ」
そう言うなり廊に飛びだし大声をあげた。
「誰か! 誰か,来てください! 宮さまが大変なのです! 早く助けにきて!」
「よされよ。諦めなされ。誰も来ませんぞ。みな薬で眠っておるわい」
「分かるものですか! これこのとおり,私のように眠っていない者もいる!」
頼成の顔つきが急変した。
「慈悲を垂れてやっておるに――後悔しますぞ!」
両腕を掲げて蝙蝠を集めると,嗄れた低い声で悍ましい命を下した。
頼成に襟首を摑まれた。
「襲芳舎で見てはならぬものを見たのが運の尽きですぞ」
「やはりそうなのですね――襲芳舎の事件もあなた方の仕業なのですね」
御湯殿に押しこまれ,背中を突かれた。
神経も肉も血も仰天した!
熱い湯に落ちたのである――
湯桶から這いあがろうとするが,内侍にしたたか頰をうたれた。
眼前の湯底から人体が浮かびあがる。湯に煮えた全身の肌が土色に腫れている。
「宮さま! 嫄子さま!」
中宮の反応はなかった。
「とうとう死んだようですな」
「あら,つまらない」
中宮を抱きかかえ湯桶を脱しようとすれば頭も顔も肩も打擲される。せめて中宮だけはと渾身の力を振り絞り,高熱を帯びる体を縁の外へと弾きだす。
「出過ぎた真似を!」
内侍が私の顔面を蹴った。
「ほぅっほぅっほぅっ,これはこれは,はしたない」
いっそう背筋を歪めて捧腹する。
「はしたなさなら負けませぬ!」
私は苦痛に気がたって声を荒げた。内侍が再度蹴りあげた足を,両手で摑み,湯のなかにひきずりこむ。狂ったみたいに内侍が暴れた。しかし腕には腕を,足には足を絡めて放してやらない。
「熱い,熱い,頼成さま助けてくだされ!」
「おおぉう,そうですな――」
頼成が閉じた扇で私を痛めつけようとするが,内侍を盾にして上手に避ける。低い鼻や,反り返る唇が叩かれる度に,糸のような両眼が腫れぼったい瞼に埋まった。
「何をされておる! 早うひきあげられよ!」
内侍が金切り声をあげた。
頼成が内侍の上衣を力任せに手繰った。衣が破けて胸が露出する。抉り取られたように乳房の一つがなかった。
「許すまじ! 物語かぶれの空け者が!」
細い目を尖らせて人とは思えぬ形相を見せつけるが,こちらも命がかかっているから怖じている暇はない。自身諸共内侍を抱き竦めたまま湯中に沈む。
内侍の口から大きな気泡が浮上しては割れるのを40ばかり数えた。敵の動きが静止した。
湯面を突き破り内侍の身体を頼成に投げつける。頼成は受けとめず傍らに逸れた。
湯桶の縁を這いあがり,そのまま頼成に詰め寄る。
「女にしておくには惜しい代物よ――よし,あたくしに仕えなされ。女の配下がおればよいとかねてより欲しておったのじゃ。殺さず生かしておいてやりますぞ」
無遠慮に人の顎を指先でもちあげる。
顎をしゃくり拒絶を示す。
「おやおや噂に聞いていたのと違うわい。頑なに気が強い……よしよし,配下になれば益ある術も教えてあげますぞ。ほに――」
片拳をひらくなり黒々とした小動物が飛びだす。目まぐるしく交差しながら飛翔するそれらは蝙蝠であった。
「黒兎だけでなく,あなたまでも陰陽の術を使うのですか」
「ほうっほうっほうっ,黒兎に術を授けたのは,このあたくしですぞ。我が父具平親王から術を学んだあたくしが,師として弟子のあやつを術師に育てあげたのじゃ。次はあなたを有能な術使いに仕立ててやりましょう。術が使えれば何でもできますぞ。望むなら内侍にも更衣にもなれるのだわい。みなに傅かれたかろう? 権力が欲しかろう?」
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そう言うなり廊に飛びだし大声をあげた。
「誰か! 誰か,来てください! 宮さまが大変なのです! 早く助けにきて!」
「よされよ。諦めなされ。誰も来ませんぞ。みな薬で眠っておるわい」
「分かるものですか! これこのとおり,私のように眠っていない者もいる!」
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「慈悲を垂れてやっておるに――後悔しますぞ!」
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