月夜のモノガタリヒメ

たそかれぼたん生雨(きう)

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15 万事休す

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 執子とともに検分を受けたほかの女房7人が詮議の間より出されることとなった。執子が地団駄を踏み,泣き叫ぶ。
「情を交わした仲ともなれば救ってやりたかったが,こうなっては手立てもないよ」
 能信は執子の背を撫でた。
「もう少し身持ちのかたい相手なら俺だってもっと頑張ったのに――浮気勝ちな女など,よその男に守ってもらえと思ってしまうさ」
 口先を尖らせて執子の衣を摘んでこする。
「上質な小袿だ――自分で揃えたのではないね? 誰に用立ててもらったの?」
 俄に執子が泣きやむなり,化粧崩れした顔面をひょいとあげた。能信の肩越しにむける眼差しに念がこもっていた。
「お優しい方でございます。異国の血をひく私を,好奇の目で見たり軽視したりなさらず,対等にお付きあいしてくださる。それにお強い。調和を重んじながらも,御自身の意思をしっかり通されるのです。そうした聡明なお人柄ゆえ,憧憬の念をいだいておりました。単なる物欲ではなく,憧憬の念をいだく方の衣ゆえ,欲したのでございます」
「おまえは何を申しておるのだ?」
 能信が執子の話をとめた。
「ですから――」
 一度言葉をのみこむが,決意の面持ちを見せる。
「私は流行りの香しかつけておりません――名香はこれから漂うておるのです!」
 立ちあがり,身に纏う衣を脱ぎ捨てた。
「私のものではございません! とったのです! これは盗んだのでございます!」
 二藍の小袿が翻りながら床に落ちて広がった。昨夜,足柄が逢瀬に誘引される際,私にかけてくれた小袿である。
 執子の訪いを思いだす。午の刻を過ぎた時分であった。事件のことで頭が埋め尽くされてお喋りの内容は記憶にない。あのときにこの小袿を……
 能信が小袿を拾い,鼻先に近づける。
「確かに名香だ。上品で気高い。……しかし捨ておけぬ淫らな情を搔きたてもする艶めかしいにおいだ」
 両眼を閉じ,悦楽に浸っているような溜め息を吐く。
「小袿に染みつく妖香と,おまえの愛用する俗香とが混ざり,特異な香を調合せしめていたのだな……さすれば昨夜の女も同じ状況にあったと考えられよう」
 思案を巡らせる顔つきで,眼下の豊満な肉体の曲線を指でなぞっていく。
「妖香と俗香――その双方を身に纏うていた。そうとも,おまえと同様に単衣や袴,髪や肌には俗香をにおわせ,かつ妖香薫るこの小袿を着ておったに違いない」
 執子の肩を揺さぶる――
「誰から盗んだ? この小袿を誰から盗んだのだ!」
 私は執子を直視できないでいる――
 私も盗んだことにしよう。でも誰から? 名前を出した女房を無実の罪に陥れてしまう。拾ったと言えばどうか。でも何処で? 姑息な噓が通用するはずもない……
 万事休すである。
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