鳥居の下で

犬山田朗

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おそかった

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高富は正人の近所を毎日かかさず見張っていた。心配で仕方ない。
「今日は遅いな。」
車の中でうっかり居眠りをしてしまった。救急車やパトカーの音で目が覚めた。おそかった。
音や光のある神社の方へ急いで向かった。
正人の意識はなくぐったりしていた。母親らしき人が横で泣きじゃくっている。
あいつは全く同じように鳥居に正人を釣りさげた。後追い自殺を想定させてるのだろう。
父親も駆け付けて来た。そのとき高富は父親の後ろをついてきた女の子に目を疑った。
紗季にそっくりだった。自分はおかしくなったと思った。すぐまた探したがもういなかった。
付近にいたあいつはすぐ捕まった。思った通りだ。しかしこの状況で何も自慢できない。わかっていたのに、すぐそばにいたのに、油断しなければ助けられたのに、悔しくてしかたない。
「どうか無事でいてくれ。」
犯人は生徒にだけは人気のある先生、柏木だ。女性の先生からも評判が悪いので、あいつが一番働いては駄目な職場である。

柏木は生徒に人気の先生だ。一度決めたことにまじめに取り組む。言い方を変えれば執着心がとても強い。
勢いのある熱血な性格で、それでいて明るい。容姿もモテるタイプだ。
とりわけ麻実が気に入っている。
いつものように麻実を見つめていると、紗季の気を失わさせてしまった。
罪をなかったことにするため、何とかしなければいけないと考えた。
柏木は自分の正義、麻実のためなら紗季の命など大したモノではない。
様態が、命に影響を及ぼす程度なのかなんてどうでもよかった。
少しの汚点もつけてはだめだと思った。
紗季を麻実が隠れていたところに寄せて、車に乗せる準備を始めた。
何食わぬ顔で段ボールと台車を用意して運んだ。
自殺に見せかけるため、紗季の家の付近を物色していたら鳥居が目に入る。
「雰囲気もちょうどいいじゃないか。」
体格がよく、力も強いのですぐに終わった。

正人は両親が近くにいる中、生死をさまよっている。
紗季は、とてもそばでは見てられないという理由にして、人目のあるときは病院にいかなかった。
夜、一般の面会時間が終わり、そっと紗季が来た。
ちょうど三人そろったとき、正人の心臓が止まった。蘇生が始まる。
「俺、死んだっぽいな。」
紗季には当然のように見えている。いたたまれないふりをして紗季は飛び出した。正人に手招きをして。
「そうね、幽霊カップル誕生ね。」
「俺たちカップルだっけ?」
「あほ、最後くらい感動的に分かれましょ。」
じっと正人を見つめて、無駄口のような会話から、声の調子を変えた。
「私ね、恩返しできるくらい力がついたみたいよ。」
「おいそれって。」
「そう、忙しい別れになっちゃったね。時間がない。さようなら。楽しかった。」
正人が瞬きをして目をあけると、両親が嬉しそうに自分を見つめている。
母親が言った。
「さっき紗季ちゃんがたまらず部屋を出て行ったのよ。呼んでくるわね。喜ぶわよ。」
二人になった時、父親が言った。
「お前もさすがに自分が一回死んだときくらいは泣くんだな。」
正人は初めて紗季を思って泣いた。
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