深海

都築稔

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出会いの悪さ①

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あぁ、なるほど。あなたの彼氏さんなんですね。

バイト先の女の先輩の態度を見て察した。

私はただ、ここに来たばかりで仕事の内容がわからずによくバイトがかぶる男の先輩に仕事を教わっていただけだ。

ここで“女”、“男”と強調したけど、私自身はそんなこと気にしていなかった。

男の先輩は学生ではなく、この店の社員でもない。だからこそ店で働く時間が長く、この店に何年もいるので必然的に新人の教育係的な感じになっていた。私は店長から明確に言われた訳ではなかったけど、2~3人ずつ働いているそのメンバーにその先輩がいたら声もかけやすくなるというもの。といっても、他の人よりもその人に聞くことが多かった程度。

それに対して彼女である女の先輩は学生。私の1つ上の学年。私とバイトが被るのは、土日などの忙しくてバタバタして働いている人数も多い時。忙しい時なんて、わからなくて聞きたくても声をかけるタイミングがわからない。話す言葉も今必要な仕事のことばかり。

これでわかってもらえただろうか。私は別に先輩を男として見て声をかけたわけではない。むしろ仕事を教えてくれるなら誰でもいい。

そしてなんとなくだが、女の先輩も私が彼氏を狙っているわけではないのをわかってはいたのだろう。それでも自分もいるのに、彼にばかり聞いているのに納得いかなかったのだろう。

ちなみに、この時初めてこのカップル揃って一緒に働いた。

彼氏とだけ、彼女とだけはあった。彼女は人当たりがいい方ではなく、おそらく人見知り。だから余計に、話す機会は多くなかった。だからこの2人が付き合っているなんてつゆほど思っていなかったのだ。…今日までは。

あぁ、めんどくさい。あなたが思っているほど、あなたの彼氏は魅力的ではないですよ。強いて言うなら顔がいい方で、優しいだけ。社会人ではないから学生にスケジュールは合わせやすいだろう。でも社会人ほど収入はないだろうし、尊敬できる部分があるかと聞かれたら全く。

それくらい大したことのない人だった。

でも、彼女にとってはそんなことないのだろう。

当たり前か。

とりあえず、彼との話に区切りがついてからは彼女の前で話しかけるのはやめようと思った。

私は前のバイト先で、姉と因縁がある先輩と一緒に働いたことがある。案の定、いいように使われていじめられた。彼女は他の人も嫌がる仕事を押し付けてきた。私は嫌いではなかったから、それで仕事を辞めるほど嫌な思いはしなかったけど。決して、気分のいいものではなかった。

今回もこのままでは嫌な思いをすることになるんだろう。

察した私は彼女に歩み寄ることを決意した。
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