漆黒の騎士と紅蓮の皇帝

太白

文字の大きさ
26 / 38

皇帝サイドXIII

しおりを挟む
    白薔薇の騎士Ⅴ

「………………あの、ユールさんが、『黒薔薇の騎士』だったの?」
「ええ、そうよ」
「じゃあどうして今は行商人なんかやってるの? 『黒薔薇の騎士』の称号を与えられるってことは、相当強かったんだよね?」
「そうね、強かったわ。私なんか、彼に勝てたこと一度もないのよ」

 リリィが勝てない人。よっぽど強かったんだね。でも、それなら、どうして騎士を辞めてしまったんだろう。僕が黙っていると、

「レックス。今から十ヶ月ほど前のこと覚えてる?」
「十ヶ月ほど前? 確か今の戦争が膠着化したぐらいだよね? お父さんも忙しそうだったよ?」
「そう、この戦争が泥沼に入った時期よ。その日は私達三騎士が陛下と今後の行末について、話していたところだったんだけどね——」


 その日、私達三騎士は陛下のもとで、今後の戦争について話していた。

「今、我々がなすべきことは速やかな戦争終結です」

 ユールがそう陛下に進言する。

「うむ、そうだな。これ以上戦争を続けていても民は苦しむだけだ。我は民衆の苦しむ姿をこれ以上は見ていることはできぬ。ときに、ユールよ。貴殿なら、この戦争をどのように終わらせる?」

 ユールはしばらく考えた後、

「そうですね、まずは西部戦線を撤退させましょう。あそこに配置されている軍は確かに強力ですが、このままでは、兵站、弾薬が持ちません。聞いた話では、野戦病院もかなり大変だとか。本来のトリアージが意味をなさなくて、逆のことを行なっているようです」
「つまりは、どういうことだ?」
「通常の医療現場をイメージしてください。陛下が医者なら、軽傷の者と、重傷の者、どちらを優先して治療にあたりますか?」
「ふむ……そうだな、我が医者ならまず重傷患者を助ける。そしてその後に軽傷患者を助けるな」

 そこに流れる少しの沈黙。それを破ったのは陛下だった。

「あ、……もしや、此度の戦争では——」
「そうです、陛下、戦場では重傷患者は役に立ちません。そこで、軽傷の者を先に治してしまい、再び最前線に送りこむのです」
「なるほど、そうであったか」
「はい、私も先日、西部の野戦病院を視察して参りましたが、地獄絵図でした。陛下、あちらではすでに、のですよ」

 麻酔がない。それは即ち、患者を麻酔なしで手術することを意味する。考えただけで恐ろしい。私は普段宮殿にいることが多いから、そのあたりはよく知らなかった。

「では、戦争終結に向けてでき得る限りのことをするよう、取り計らう」
「陛下に私の言葉が届いたようで、なによりです。それでは私たちはこれにて失礼します」

 私達が陛下のもとから去ろうとしたそのとき、本来開けられることのないはずの目の前の扉が勢いよく音を立てて開いた。

「動くな! やはり宮殿は人手不足のようだな」

 こんなところに軍人。それもひとりではなく、数十人。確か陛下は今日は軍人との謁見の予定はなかったはず。だとしたらこれは——

「やっぱり間に合わなかったか。時間切れかな」

 ユールがため息をもらす。そして、レイピアを構える。
 そう、これは軍事クーデター。私もいつか起こるとは思っていたけれど、まさか、よりにもよってこんなときに。

「陛下。ここは私たち三騎士にお任せください。陛下は御子息を連れてどこか安全なところへ」

 このような状況でも、ユールは動じない。私とヨーデルも急いで、レイピアを構える。

「分かった、この場は貴殿らに任せる。任せるが、命の危険を感じたら、即刻逃げてくれ。今この場所では撤退こそが最善の策」
「ありがたき、御言葉。でも私は『黒薔薇の騎士』。そう易々と首が飛ぶことはないでしょう」

 私達が軍人と対峙している間に、陛下は行ってしまわれた。

「ユール、私達三人で勝てるかしら」

 私がうっかり、本音をもらす。

「リリィ、君はふたりを葬ってくれ。そして、兄さんは五人。できるかな? あとは僕がまとめて相手する」
「ユール、何言ってるの? それじゃあ、まるで——」
「おっと、僕も安く見られたものだね。僕はこれでも『黒薔薇の騎士』だよ」
「そうだったわね、ごめんなさい。では、ヨーデル、私達は」
「私たちで」
「「最善を尽くそう」」

 はぁ、はぁ。普段は決闘しか慣れていない私にとって、軍人ふたりを相手するのは少しつらかった。ヨーデルもなんとか七人をやっつけたみたい。流石は『青薔薇の騎士』。奇跡を起こす男。でも、それより、ユールは——、

「ふう。残すはあとひとりか。ここが最後の踏ん張りどころだね。リリィ、兄さん、邪魔しないでくれよ」

 ガシャン。レイピアの音が鳴り響く。ヨーデルと違い、ユールの剣戟は軽い。だが——

「???!!!」

 油断した相手に次の一撃が、そしてまた次の一撃が飛んでくる。そう、ユールは手数の多さで勝負する。今まで何人もの軍人を相手してきたのにも関わらず、額には汗すら流してはいない。

「これで、終わりかな。あは、興醒めな幕切れだったね」

 そう言って、ユールのレイピアは軍人の胸を貫く。どうやら勝負はあったらしい。

「さて、僕たちも陛下と合流しよう。今ごろなら確か陛下と御子息は——」

 クーデターは失敗に終わった。私達もここを離れよう。そう思っていたとき、

 パァン。

 静寂を引き裂くような鋭い音。私には一瞬、何が起こったのか、よくわからなかった。きっとユールも、ヨーデルもそうだったと思う。だが、それは——さっき、倒したはずの軍人のリボルバーから放たれた弾丸は、ユールの左腕を貫いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた

しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。 すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。 早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。 この案に王太子の返事は?   王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...