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僕の引っ越し
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台所で片付けをしていた祖母にも声をかけ、玄関に向かう。
「気を付けてねぇ」
「うん」
祖母が心配そうな顔をする。きっと彼女の中では、まだ腕に収まるような幼い孫なのだろう。
スマートフォンをポケットに入れ、玄関を出ようとしたら父に呼び止められた。
「買い物するなら、財布持っていった方がいいよ。現金しか使えない店が多いから」
「分かった。とりあえず大丈夫」
買い物するつもりはないので、他は何も持たずに家を出た。
外の空気が体にまとわりつく。東京より気温が高いと聞いた。
散歩のゴールはもう決めてある。車から見たあの山だ。家からだとかなり近く見えるので、歩いてもそうはかからないだろう。
祖父の葬式以外でここに来た時はまだ大人と手を繋いでいた頃だったため、山があるなんて小さな背丈では気付きもしなかった。こんな場所があったとは、実にもったいないことをした。
「暑……」
歩いて五分で汗が滲んだ。さっそく予定を変更し、古ぼけた自動販売機を覗く。父の言うことを聞いておけばよかった。
諦めてとぼとぼ歩き出すと、道の途中にぽつんとコンビニが立っていた。こんな田舎にどうしたことか。狸に化かされた気分になりながら、足はそこへ吸い込まれた。
お馴染みの入店音がし、ここが現実だと知る。恐る恐るレジを見遣る。バーコード決済が選択出来るタッチパネルは見当たらなかった。勝手に裏切られた気がして背中が丸まるが、最後の希望をもって、品出しをしていた店員に話しかけた。
「すみません。ここってスマホの決済で支払いは出来ますか」
「出来ますよ」
「有難う御座います」
喜びが顔に出てはいなかっただろうか。地獄に仏とはこのことだ。真新しいコンビニをハグしたい気分になる。清は飲み物売り場から水を取り出し、レジでスマートフォンをかざして無事支払いを済ませた。
外に出て振り向いてみる。コンビニはまだあった。手元に水もある。飲んでみる。化かされているわけではないらしかった。
「行こう」
改めて歩みを進める。山へ近づくにつれ、舗装された道に少しずつ砂利が混ざってきた。スマートフォンで確認すると、家を出てから二十分経っていた。
「わ、意外と大きい」
目の前に現れた山を見上げる。ここまで通り過ぎた通行人は一人だけだった。二十分かけて一人とは、田舎だからか、山の周りのみ極端に人気が無いからか。
「看板無いけど、ここが入口かな」
頂上まで行くつもりはない。半袖半ズボンの軽装備だ。適当なところで引き返そう。そう思いながら、清は山へと足を進めた。
ざく、ざく。
山の中は昼間だというのに静かで、自分の足音が気になるくらいだった。たまに鳥の鳴き声が聞こえるが、狸やリスの類も見当たらず、清は些か拍子抜けした。
「うさぎとかいないかな」
野生動物がどこかにいないかあちこち探し回ると、山道の横に獣道が伸びているのを見つけた。迷わずそちらへ進む。先ほどよりずっと木々との距離が縮まり、足元を草がくすぐるが、歩けないことはない。
獣道ということは、やはり獣がいるのか。それとも、昔の人間が使っていたのか。前者なら良いと清は思う。
「あ……」
獣道を少し歩いた先に祠があった。清の腰の高さ程の、こじんまりとしたそこには、お菓子が数個供えられていた。これがサンジン様の祠だろうか。
「へぇ、こんな目立たないとこに祠なんてあるんだ」
祠というものがどのような意味を持つのかもいまいち理解していないが、神様がいるということなのだろう。手を合わせて拝んでみる。
「ええと、サンジン様。今日引っ越してきました。宜しくお願いします」
挨拶を済ませ、後ろを向く。崖の窪みから、清と同じ年の頃の少女がこちらを見つめていた。
「え、だ、だれ」
先ほどの独り言を聞かれたため、顔が赤くなる。少女は気にしない様子で話しかけてきた。
「あの、すみません。ちょっと、ここから出られなくなっちゃって。手を貸してもらえませんか?」
少女から発せられた言葉は、予想と少々違うものだった。
「気を付けてねぇ」
「うん」
祖母が心配そうな顔をする。きっと彼女の中では、まだ腕に収まるような幼い孫なのだろう。
スマートフォンをポケットに入れ、玄関を出ようとしたら父に呼び止められた。
「買い物するなら、財布持っていった方がいいよ。現金しか使えない店が多いから」
「分かった。とりあえず大丈夫」
買い物するつもりはないので、他は何も持たずに家を出た。
外の空気が体にまとわりつく。東京より気温が高いと聞いた。
散歩のゴールはもう決めてある。車から見たあの山だ。家からだとかなり近く見えるので、歩いてもそうはかからないだろう。
祖父の葬式以外でここに来た時はまだ大人と手を繋いでいた頃だったため、山があるなんて小さな背丈では気付きもしなかった。こんな場所があったとは、実にもったいないことをした。
「暑……」
歩いて五分で汗が滲んだ。さっそく予定を変更し、古ぼけた自動販売機を覗く。父の言うことを聞いておけばよかった。
諦めてとぼとぼ歩き出すと、道の途中にぽつんとコンビニが立っていた。こんな田舎にどうしたことか。狸に化かされた気分になりながら、足はそこへ吸い込まれた。
お馴染みの入店音がし、ここが現実だと知る。恐る恐るレジを見遣る。バーコード決済が選択出来るタッチパネルは見当たらなかった。勝手に裏切られた気がして背中が丸まるが、最後の希望をもって、品出しをしていた店員に話しかけた。
「すみません。ここってスマホの決済で支払いは出来ますか」
「出来ますよ」
「有難う御座います」
喜びが顔に出てはいなかっただろうか。地獄に仏とはこのことだ。真新しいコンビニをハグしたい気分になる。清は飲み物売り場から水を取り出し、レジでスマートフォンをかざして無事支払いを済ませた。
外に出て振り向いてみる。コンビニはまだあった。手元に水もある。飲んでみる。化かされているわけではないらしかった。
「行こう」
改めて歩みを進める。山へ近づくにつれ、舗装された道に少しずつ砂利が混ざってきた。スマートフォンで確認すると、家を出てから二十分経っていた。
「わ、意外と大きい」
目の前に現れた山を見上げる。ここまで通り過ぎた通行人は一人だけだった。二十分かけて一人とは、田舎だからか、山の周りのみ極端に人気が無いからか。
「看板無いけど、ここが入口かな」
頂上まで行くつもりはない。半袖半ズボンの軽装備だ。適当なところで引き返そう。そう思いながら、清は山へと足を進めた。
ざく、ざく。
山の中は昼間だというのに静かで、自分の足音が気になるくらいだった。たまに鳥の鳴き声が聞こえるが、狸やリスの類も見当たらず、清は些か拍子抜けした。
「うさぎとかいないかな」
野生動物がどこかにいないかあちこち探し回ると、山道の横に獣道が伸びているのを見つけた。迷わずそちらへ進む。先ほどよりずっと木々との距離が縮まり、足元を草がくすぐるが、歩けないことはない。
獣道ということは、やはり獣がいるのか。それとも、昔の人間が使っていたのか。前者なら良いと清は思う。
「あ……」
獣道を少し歩いた先に祠があった。清の腰の高さ程の、こじんまりとしたそこには、お菓子が数個供えられていた。これがサンジン様の祠だろうか。
「へぇ、こんな目立たないとこに祠なんてあるんだ」
祠というものがどのような意味を持つのかもいまいち理解していないが、神様がいるということなのだろう。手を合わせて拝んでみる。
「ええと、サンジン様。今日引っ越してきました。宜しくお願いします」
挨拶を済ませ、後ろを向く。崖の窪みから、清と同じ年の頃の少女がこちらを見つめていた。
「え、だ、だれ」
先ほどの独り言を聞かれたため、顔が赤くなる。少女は気にしない様子で話しかけてきた。
「あの、すみません。ちょっと、ここから出られなくなっちゃって。手を貸してもらえませんか?」
少女から発せられた言葉は、予想と少々違うものだった。
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