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サチとサンジン様

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 幼少期は、むしろ山へ遊びに行く子どもだった。上原の他にも、山の中で遊ぶ子どもはいた。同じ小学校だったり、名前も知らない違う町の子どもだったり。

 しかし、ある時からさっぱり行かなくなってしまった。

 その頃だ、サンジン様を恐ろしく感じるようになったのは。

「蝋燭、消しちょこうか」
「ああ」

 部屋を出てからも考える。何かきっかけがあったに違いない。

 上原は自室に戻ると、古いアルバムを手に取った。

 数年前に他界した母が子煩悩で、三人いた兄弟全員のアルバムをそれぞれ作ってくれていた。

 まだ気軽に何十枚も撮れる時代ではなかったけれども、何かの催しの際は率先して撮ってアルバムに収めた。

 小学生までは山に行っていた。転機は中学生か。

「これや」

 目の先に、三角巾で腕を吊るしている学生の写真があった。

 上原は中学生に上がったばかりの頃、山の斜面で滑り、左肘を骨折した。初めての骨折で、しかも一人だったのもあり、たいそう痛くて泣きながら帰ったことを覚えている。

 写真を見たことでだんだん思い出してきた。

 病院で骨折と診断され、帰り際付き添いで一緒にいた父にサンジン様で転んだことを伝えたら、ひどく叱られたのだ。

 なんでも、サンジン様は町を守ってくれる神様ではなく、荒ぶる神であると。生贄を捧げることでそれを鎮めているとのことだった。二度と遊ばないようにと約束させられた。

 聞かされていた話とは逆のことを言われ、その時はひどく驚いた。それ以来、進んで山へ入ることはなくなった。

「そうだった」

 ようやく、長年の謎が解けた。昔過ぎてすっかり自分でも忘れていた。

 あの頃遊んでいた他の子どもたちはどうしただろう。上原が行かなくなってからも、あそこで遊んでいたのだろうか。それだけは少し残念に思う。

「お父さん、ご飯よ~」

 台所から妻の声がした。アルバムを仕舞って部屋を出る。

「じいさん。ご飯」
「おお」

 父は元気だが、耳が遠い。特に高い音が聞き取れないらしく、動き出さない時はこうして迎えに行く。

「いただきます」

 三人だけの食卓にも慣れた。妻はたまに味気ないと言うけれども、年を取るというのはこういうことだ。時が流れ、小さかった子どもたちもとうに成人した。

 食事が済み、また一人になったところで電話のことを思い出した。

 この時間なら家にいるだろう。電話帳を開き、上原は再度浜西に電話をかけた。

 二回コール音を聞いたところで浜西が出た。

『はい、浜西です』
「阿河の上原です。ご無沙汰です」
『ああ、こりゃどうも』

 急な電話でも邪見にあつかわれず、たわいもない世間話の後、上原が切り出した。

「実は、ここ最近地震が多くて。そちらも揺れますか?」

 少しの間があって、浜西が答えた。

『言われてみれば、揺れますね。地震速報にも出んき、気にしちょりませんでした』

 やはり、山の近くの地域は揺れているらしい。予想が確信に近付く。

「こうぎょうさんあるのはおかしいですき、町内会で話し合うたがですよ。それで、サンジン様が関係しちょるんやないかと」
『……サンジン様ですか』

 最後の生贄は三野町から出した。三野と言っても合併される前の町なので、とうに無くなっているが。あそこは元々人口も少なく、合併する際は十人程しかいなかったらしい。

『効力が切れたがかな』
「そうかもしれません」

 呟きのようなそれに同意する。

 生贄や呪いなど、現代で口に出したら時代遅れだと笑われてしまう。しかし彼らは大真面目だった。

 上原が努めて明るい声を出した。

「それでですね、拝み屋さんの連絡先を聞きましたき、一度来てもらって、あこを清めてもらおうかと思っちょります」
『それはえいですね』

「日程擦り合わせして、浜西さんも参加で宜しいですか?」
『はい』

 あまりあそこは行きたくないが、参加しないと効き目が無さそうな気もする。向こうも同じ思いなのか、迷うことなく賛同してくれた。

 上原から言い出したことなので、祈祷師への連絡は上原の仕事となった。通話を終了させ、とりあえず今日すべきことは済んだ。

 岩間に書いてもらった祈祷師の連絡先を机に置いて、上原は一日の疲れを癒すべく風呂に向かった。
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