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サチとサンジン様

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「はい……はい。宜しくお願いします」

 翌日、さっそく上原は祈祷師へ連絡を試みた。幸いすぐ繋がり、打ち合わせの日が決まった。急ぎだと伝えたら、明日の予定をずらしてくれるとのことだった。

 電話口の声が優しく、年甲斐もなく涙ぐみそうになってしまった。

 打ち合わせは上原が一人で行き、祈祷本番は上原と浜西が参加することになっている。

 これでどうにか収まるはずだ。散歩がてら町内を見て回る。

 阿河町は交通の便が悪く、車に頼らなければならない田舎だが、穏やかで、しかし活気のある町だと思う。上原はこの町を守りたい。その一心だった。

「こんにちは!」
「はい、こんにちは」

 近所に住む子どもが母親に連れられ歩いてきた。元気な声に笑顔で返す。やはり、子どもは元気が一番だ。子どもがいなくては未来に繋がらない。町全体で子どもを守っていきたいと思う。

 長年目を背けてきたものに向き合う時なのかもしれない。それが代表者の役目だ。

 一晩じっくり考えて、上原は一人、祈祷師の元へ旅立った。

 旅立つと言っても隣の郡なので、車を三十分も走らせれば指示された町に着いた。

 ナビに入力した住所に近付くと、林が現れた。祈祷師の言っていた通りだ。ここから先は車では通れず、歩きで行くしかない。

 外へ出て、鬱蒼とした光景に足が竦む。この林の奥に一人で住んでいるらしい。

「こんな辺鄙なところに一人とは、寂しくないがか」

 周りには店はおろか民家も無い。当たり前だ、ここは林の中なのだから。

 不幸中の幸いか、林は一本道が続き、迷うことなく祈祷師の家が見えた。途中、狸にでも化かされているのではないかという景色ばかりだったので、ようやく一息つくことが出来た。

 家は時代を感じる平屋だった。百年以上経っているのではなかろうか。

 呼び鈴もなく、引き戸の玄関を叩いて呼びかけた。

「すみません。お電話差し上げた上原です」

 中から返答は無く、不安になって腕時計を確認する。時間は合っている。聞こえなかったのかもしれない。もう一度叩こうとして、後ろから声をかけられた。

「こちらです」

 振り向くと、和服を身に着けた初老の男が立っていた。林から出てきたので、余計化かされている気分になる。

「あ、どうも」
「いらっしゃいませ。中へどうぞ」
「これ、つまらないものですが」
「お気遣い有難う御座います」

 玄関が開かれ、中に通される。一人暮らしと聞いていたので小ぶりの手土産を持参したが、渡した後で少々不安になってしまった。

 室内はもっと神社のような、独特の雰囲気を想像していたが、なんてことはないありふれたものだった。

 廊下の奥にある部屋で祈祷師を待った。ここは古そうな掛け軸に、大麻おおぬさが置かれている。

 ここまで来て、上原がふと疑問に思った。

──拝み屋さんは神主とどう違うが?

 単なる祈祷であれば神主に頼めば済む。お祓いもしてくれると聞いた。しかし、祈祷師は神主とは違うらしい。

 昔から困った時は祈祷師にと教わっていたので疑問に思わなかったが、よく考えてみれば、はてさて不思議だ。

「お待たせしました」
「お構いなく」

 目の前に茶と茶菓子が出される。勧められ、一口だけ口にした。

「さて、さっそくお伺いします。そちらの地域で困ったことが起きているということですが」

「はい。まず、阿河町と三野町の間にサンジン様という山がありまして。そこの地域だけ、地震が頻繁に起こっちゅうがです」

「なるほど」

 否定せず頷いてくれたのに気をよくして、上原がやや上擦った声で続けた。

「サンジン様というのは神様でして、百年前までサンジン様への捧げものとして少女を差し出す風習があったのですが、風習が無くなりましたき、サンジン様が暴れちゅうかもしれんと」

「ふむ。あり得ない話ではないです」
「やはり!」

 無意識に身を乗り出していたことに気が付き、咳払いをしながら姿勢を正す。

「やき、是非サンジン様のところまで行って祈祷して頂けたらと」
「そうですね。ここでどうこう出来る話ではなさそうですから、参りましょう」
「有難う御座います!」

 内心、断られるのではないか不安だったので、快諾してもらえて上原は深く頭を下げた。

 彼を逃したら、他の祈祷師など知らない。また一から探す羽目になるところだった。

 祈祷は二日後に決まった。まずは上原宅に来てもらい、一緒に山まで行くことになった。

「ところで、サンジン様の姿や声を聞いた人間はいらっしゃいますか?」
「いやぁ、おらんと思います」
「そうですか」

 皆に聞いたことはないが、もし誰かが視たのなら、それはもう大騒ぎで町中に広がるはずだ。
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