幸運な家族

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新しい町

優しい町長

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「何か困っていることはありませんか」

 翌朝、九時を回った頃に町長が尋ねてきた。どうやら、引っ越したばかりの宮下家を心配してのことらしい。

「お早う御座います。わざわざ有難う御座います。今のところは特に問題無く過ごしています」
「そうですか。いやぁ、ここは田舎で何も無いでしょう? でも、分からないことがあったらすぐ知らせてください。何でも答えますき」

 町長は始終笑顔で帰っていった。正志と由里子が顔を見合わせる。

「随分、面倒見の良い町長さんだなぁ」
「ね、良い人そうでよかった」

 田舎に引っ越すことが決まった当初は、外の人間が越してきて地元の人から煙たがられないか心配していたものだが、実際来てみると良い意味で予想を裏切られた。これなら上手くやっていかれそうだ。

 日曜日のこの日も家の片付けや掃除をした。正志は明日からさっそく仕事が始まるため、今日しか時間が無い。由里子が子どもたちに声をかける。

「正章と美結も今日やっちゃってね。水曜からは学校が始まるんだから」
「分かった」
「美結は終わったぁ」
「あれで? 段ボールのままなの、ママ知ってるよ」

 先ほど美結の部屋を見てきたが、服や学校の道具が入った段ボールがクローゼットに仕舞われていた。美結が頬を膨らませる。

「あれでいいのに」
「よくない。ほら、お兄ちゃんと二階行って」
「え~」

 正章に続き、美結が二階に上がる。階段を上り切ったところで正章が立ち止まった。目の前には美結の部屋がある。

「何、やっぱり真ん中のお部屋がいいとか言わないでよ?」
「言わないよ」

 昨日子ども部屋を決める時、美結は一番広い真ん中の部屋を希望した。そこの部屋だけ八畳あり、両隣の部屋はそれぞれ六畳だった。正章はそれに反対せず、さっさと右側の部屋へ自分の荷物を運んだのだ。

 美結は自室に入ると、クローゼットから段ボールを取り出したところで作業を止めた。

「やっぱいいや。いる時に出していけばいいし。美結、あったま良い!」

 学習机の引き出しから携帯ゲームを取り出す。これだけは引っ越してすぐ片づけておいた。電源を入れると、オンラインに引っ越し前の友人のアイコンが表示される。まだスマートフォンを持っていないので、これだけが友人との大切な繋がりだ。

 音量をオフにしてゲームを始める。今ハマっているのは複数のチームに分かれて陣地を取り合うゲームだ。

「ふふ」

 とん、とん。

「ん?」

 ふと、そんな音がして振り返る。一瞬、母がノックしたのかと焦ったが、それにしては小さい。それより、物を運んでいる時、誤って壁にほんの少しだけ物が当たったような、間違いというような音だった。

「ママ?」

 試しにドアに話しかけてみるが返答は無い。美結は再度ゲームに集中した。

 程なくして、一階から本当に自分を呼ぶ声がした。ドアを閉めているので聞き取りづらかったが、どうやら昼食の時間らしい。美結はゲームを仕舞い、教科書類を適当に机の上の棚に並べると部屋を出て階段を下りた。

「お昼何~」
「しょうが焼き」
「先週食べたよ」

 正章はすでに座っていた。美結も文句を言いつつも隣に座る。反抗したところで変わりの料理が出てくるわけではない。最後に正志が来て、四人揃っての昼食となった。

「何時に外出るの?」
「お昼食べてるのに、もう夜の話か?」
「だって、ここ何も無い」
「目の前が山なんだから、正章と探検してみたら?」

 父と娘の会話に兄が割って入る。

「なんで僕が」
「美結はまだ四年生だから、一人じゃ無理だろ」
「パパ。正章だって六年生なんだから、二人でも危ないわよ。大人がどっちか付いてないと」
「そうか」

 話し合いの末、由里子が二人を連れて山を散歩し、正志は家の片付けの続きをすることになった。

 昼食後、軽食と水をリュックに入れて由里子が二人を呼ぶ。

「そろそろ行くわよ」
「散歩なのに食べ物いるの?」
「すぐ帰ってくる予定だけど、いちおう山だし、いちおうね」

 三人揃ったところで玄関のドアを開ける。

「いってきます」
「いってらっしゃい」

 姿は見えないが、奥から正志の声がした。鍵を閉めて外に出る。午後の日差しが暖かく、今日も夏日になると天気予報で言っていた。

 薄手の長袖を捲りながら、由里子は美結と手を繋いだ。

「山って言っても小さいから、頂上まで行けるんじゃない?」
「行かれるかもしれないけど、それはもうちょっと慣れてからね」
「ちぇっ」

 正章が二人の一歩先を歩いていく。途中、木の枝を拾って草に当てたり地面を引きずったりした。
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