幸運な家族

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新しい町

山の中

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「木が多くて全然先が見えないね」
「そうねぇ、この辺の人はハイキングしたりしないのかしら」

 少し登ったところで辺りを見渡すと、ここと同じような低い山が二つあった。地元の人間は当たり前過ぎて、わざわざ散策には来ないのかもしれない。

「ここって美結たちの山?」
「違うよ。パパが買ったのはお家とその横の土地だから。山はいらないでしょ」
「まあ、いらないけど」

 田舎の山があったところで切り開いて何かを作る程の金も労力も無い。買わなくても誰かの私有地でなければこうして山登りはできる。

「きのことか山菜も無さそう」
「そういうのはスーパーで買えばいいでしょ」
「そういうのをわいわいしながら採るのが楽しいのよ」

「ふうん」正章は草を枝で叩いた。由里子がさり気なく正章の右腕を触る。

 近くに切り株が二つ並んでいるのを美結が見つけ、繋いでいた手を離してそこに座った。

「休憩しよ」

 由里子が子どもたちに水を渡す。正章も大人しく座り、早い休憩となった。美結がきょろきょろ辺りを見回すと、切り株の横側に小さな洞穴を見つけた。

「ねえねえ、あそこに穴がある。タヌキとかいるかな」
「どうだろう。山だから何かしらの動物はいそうだけど」

──猪とかいないわよね? もしそれが人がいない理由だったらどうしよう。もっと調べてから登ればよかった。

 今のところウサギ一羽も見かけてはいない。由里子は両腕をさすった。

「見てみる」
「待って、ママも一緒に」

 美結を追いかけ、由里子も洞穴を覗き込む。昼間なのに暗くてよく見えない。スマートフォンのライトをつけ、洞穴を照らした。

「うわッ」

 思わず尻もちをつきそうになった。美結の右手を握りしめる。中には地蔵が何体か転がっていた。

「お地蔵様だ。なんでこんなところにあるの? 誰かが捨てちゃったのかな」
「そ、そうかもね。動物はいなさそうだし、もう行こう」

 由里子は洞穴に背を向けた。体を震わせる。正章も連れて、速足でその場を去った。

「洞穴にお地蔵があったの?」
「そう、しかも転がってて。変だと思わない?」
「確かに変だ」

 あれこれ予想し合う兄妹の会話に由里子は入れなかった。
 しばらくして、頂上が見えてきたところでようやく由里子が息を吐く。

「さて、この辺で休憩したら帰ろうか」
「まだ動物見てないよ」
「次はきっと見られるよ」

 由里子の言葉に美結が口を突き出して頷いた。

「美結はウサギがいいな~ウサちゃん飼いたい」
「ここは一軒家だから何か飼うのもいいかもね」

 途端、美結が飛び上がる。

「やった! 絶対の絶対だよ。ウサギだよ」
「僕は犬がいい」
「美結が先に言ったんだもん。お兄ちゃんは我慢」
「美結が勝手に言い始めたんでしょ。僕だって言う権利あるよ」

 由里子がパンパンと二回手を叩く。

「はい、おしまい。それは後でゆっくり考えよ。パパにも聞いてみなくちゃ」
「えぇ~、パパいっつも駄目って言うから、ペットもきっと反対するよ」
「分からないよ。美結が学校頑張って行ったらいいよって言うかも」

 由里子が提案すると、美結が両手を挙げた。

「頑張る! 頑張るから!」
「僕も頑張るけど」

「じゃあ、まずはペット飼っていいか聞いて、それからどんなペットにするか決めようね」
「うん」

 どうにか言い合いが収まり、由里子たちは元来た道を元気良く戻っていった。初めての山は人はおろか動物一匹とも出会うことはなかった。

「あら、こんにちは」
「こんにちは」

 山を下りて自宅の敷地に入ろうとしたところで、橋を渡る住民と会った。見覚えの無い顔であるが、由里子が合わせて挨拶をする。

「昨日はどうも。留守にしててすみません。向かいの小松です」
「ああ、小松さん。いえ、こちらこそ突然ご挨拶に伺ってすみません」

 小松が橋の奥を指差して言う。どうやら、昨日引っ越しの挨拶に行った先で留守だった家の人間らしい。

「これ、うちの庭で採れた野菜です。よかったら食べてください」
「わざわざ有難う御座います。これからお世話になります」

 二人してぺこぺこお辞儀をし合って別れる。渡されたビニール袋には枝豆やトマトが入っていた。

「嬉しい。ほんとここは親切な人が多いわ。ご近所付き合い、これぞ田舎の醍醐味ね」

 川のこちら側には自宅以外何も無いので期待していなかったが、思ったより近所の人が新たな住民を歓迎しているらしい。

「明日のおかずにしよう」
「美結、トマト苦手」
「僕は好き。もう大人だから」
「六年生は子どもでしょ!」

 子どもたちを窘めながら自宅に入る。由里子はもらった野菜を野菜室に入れながら、自然と笑みが零れた。

「小松さんも町長の里原もずっと笑顔だったなぁ。あんな風に笑いかけられるのって素敵。私も見習わなくちゃ」
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