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新しい町
違和感
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その夜、約束通り駅向こうにあるレストランへとやってきた。駅を境に違う町になるらしく、こちらの方が人通りが多い。レストランの前はハロウィンの飾りつけが施されており、ここだけならば一見都会のそれと変わらない。
「やったぁ。お肉、お肉」
「静かに」
注文してすぐそわそわし出した美結の右手を由里子が握る。正章が意地悪く笑った。
「まだ子どもだ」
「子どもじゃないもん。もう高学年だよ」
「三つに分けたら中学年だ」
すぐに料理が運ばれてきて、和やかな時間が流れる。しかし、正章の手が途中で止まることに由里子が気付いた。
「どうしたの? オムライス好きでしょ。お腹痛い?」
正章が弱弱しく首を振る。
「ううん、何でもない。ゆっくり食べたいだけ」
「そう」
由里子が正章に手を伸ばしたが、それが届くことはなく初めての外食が終了した。
帰りの車でも正章は静かで、助手席の由里子がバックミラーでそれを確認するものの、口を開くまでには至らない。その隣で美結はすでに夢の中だった。
帰宅し、美結を起こして家に入る。家の中は薄暗くどんよりしていた。
「街灯ほとんど無いから、電気をつけるまで真っ暗ね」
「正章も美結も学校から帰る時気を付けるんだぞ」
「うん」
これから通うことになっている三野小学校は自宅から三キロメートル離れている。六時間の日ともなれば、夏場はまだしも冬場はもう陽が陰っているだろう。
「もしもの時のために小さい懐中電灯持っていったらどうかしら」
「そのくらいなら小学校も許してくれそうだな」
正章は画面が表示されていないスマートフォンを眺めていたが、やがてポケットに仕舞って自室に戻っていった。
部屋のドアをしっかり閉め、カーテンも隙間なく閉めた。ベッドを背もたれにして床に座る。スマートフォンをローテーブルに乗せ、動画を流した。
「こうすれば何も匂わないな」
部屋の匂いを確認して、正章が安堵の息を漏らす。
何かおかしなことがあるわけではない。新しい、広い家だ。しかし、正章は昨日から妙な匂いに悩まされていた。
はっきりと、何の匂いか正章本人ですら分からない。ただ、何かが焦げたような、埃のような、とにかく良い匂いではないことは確かだった。
正章以外は匂いについて口に出すことはない。正章がベッドにある薄手の毛布で体を覆った。
「なんだろう、この家おかしい」
カーテンをほんの少しだけ開けて外を見る。もう真っ暗で何も見えない。何もいない。正章は息を吐いて、またカーテンを閉めた。
問題は中だ。かといって、今のところ特に害は与えられておらず、匂いが気になることと、なんとなくの違和感だけだ。これでは両親に話したところで解決策を提案してはくれないだろう。
「きっと、慣れないところに来たからだ。学校に通って友だちも出来れば、こんな小さいこと気にならなくなる」
正章は半年も使わない真新しい教科書をランドセルに詰め込んだ。
コンコン。
ノックの音に体を揺らす。続いて由里子の声がした。
「お風呂先に入っちゃって」
「分かった」
正章がパジャマを手にしてすぐにドアを開けると、歩き出そうとした由里子は目を丸くさせていた。
「あら、えらい」
「すぐ入っちゃおうと思って」
由里子と一緒に一階へ下りる。走って風呂場に向かうと後ろから注意を受けたが、適当に謝って風呂場のドアを閉めた。
まだ夜になってもほんのり温かさが残る。東京とはまた違う暑さだ。昼間はからっと晴れてじっとりしないので、こちらの方が乾燥しているのかもしれない。
勢いよく脱いだ服をそのままに、正章は軽くシャワーで体を洗うと湯舟にダイブした。
足を伸ばしても湯舟の先に付かない、広い風呂だ。家の造りも至るところが広い。引っ越してきて一番気に入っているところかもしれない。
息を思い切り吸い込むと、新築の良い香りがする。築一年だが誰も住んでいなかったので、この香りは損なわれなかったらしい。
それなら、何故一部だけおかしな匂いがするのだろう。首を傾げてみるものの答えは出そうにない。
「お兄ちゃん、早く出て。美結バスボール入れたいの」
「あと十五分」
「ちえ~ッパパのとこ行ってウサギ飼っていいか聞いてこよ」
「あッ僕は犬がいいんだから、まだ聞かないでよ」
美結の足音が遠くなることに焦り、急いで髪の毛を洗って風呂を上がった。ドライヤーもそこそこにリビングに入れば、すでに美結が正志の手を取っていた。
「パパ、美結ウサギ飼いたいの。いい?」
「ウサギ? ウサギかぁ」
正章が左手にすり寄る。
「僕は犬がいい。いいでしょ?」
左右から腕を引っ張られ、正志が眉を下げて由里子を見る。由里子は首を振った。
「三人で話し合って。ママはちゃんとお世話できるなら反対はしないから」
「ほらぁ、ママも言ってる」
「だから犬だって」
「ウサギ!」
正志が腕を組んで目を閉じた。子どもたちがそれを見つめる。しばらくして、正志が目を開けた。
「よし、まず学校へ行って、勉強を頑張ろう。学校生活を楽しんで宿題もできることが分かったら、一緒にペットショップに行く」
「やったぁ!」
「で、どっち飼うの?」
一番の問題はそこだ。正章が正志に詰め寄る。
「まずはペットショップに行って、いろいろ見てみよう。ちゃんと自分で世話ができるのか、ああ、飼育本も必要だね。それで大丈夫だったら、両方飼ったらいい」
「ええッ」
その言葉に、三人ともが驚いた。マンションに住んでいた頃は、ペット可の賃貸だったにも関わらず、犬はおろか小動物の類ですら頷いたことはなかった。どのような風の吹き回しだろう。
「パパ、本当にパパ? 偽物?」
「そんなことあるか。ただまあ、こうやって大自然があって、広い庭もあるんだから、生き物の大切さを学ぶ良い機会かと思っただけだよ」
「ふうん」
正志はまだ疑う眼差しを送ったが、口元は僅かに緩んでいた。
「さあ、まずは学校が始まったら楽しんで。美結はお風呂入りなさい」
「うん。ママ、入ろ」
「うん」
二人が出ていき、正志はソファに座り直した。まだ少しだけ濡れている髪の毛を肩にかけていたタオルで拭く。
テレビから賑やかな音が流れてくる。先ほどまでとは打って変わって晴れやかな表情に変わった正章は、正志の肩に頭を載せ、その余韻に浸った。
「やったぁ。お肉、お肉」
「静かに」
注文してすぐそわそわし出した美結の右手を由里子が握る。正章が意地悪く笑った。
「まだ子どもだ」
「子どもじゃないもん。もう高学年だよ」
「三つに分けたら中学年だ」
すぐに料理が運ばれてきて、和やかな時間が流れる。しかし、正章の手が途中で止まることに由里子が気付いた。
「どうしたの? オムライス好きでしょ。お腹痛い?」
正章が弱弱しく首を振る。
「ううん、何でもない。ゆっくり食べたいだけ」
「そう」
由里子が正章に手を伸ばしたが、それが届くことはなく初めての外食が終了した。
帰りの車でも正章は静かで、助手席の由里子がバックミラーでそれを確認するものの、口を開くまでには至らない。その隣で美結はすでに夢の中だった。
帰宅し、美結を起こして家に入る。家の中は薄暗くどんよりしていた。
「街灯ほとんど無いから、電気をつけるまで真っ暗ね」
「正章も美結も学校から帰る時気を付けるんだぞ」
「うん」
これから通うことになっている三野小学校は自宅から三キロメートル離れている。六時間の日ともなれば、夏場はまだしも冬場はもう陽が陰っているだろう。
「もしもの時のために小さい懐中電灯持っていったらどうかしら」
「そのくらいなら小学校も許してくれそうだな」
正章は画面が表示されていないスマートフォンを眺めていたが、やがてポケットに仕舞って自室に戻っていった。
部屋のドアをしっかり閉め、カーテンも隙間なく閉めた。ベッドを背もたれにして床に座る。スマートフォンをローテーブルに乗せ、動画を流した。
「こうすれば何も匂わないな」
部屋の匂いを確認して、正章が安堵の息を漏らす。
何かおかしなことがあるわけではない。新しい、広い家だ。しかし、正章は昨日から妙な匂いに悩まされていた。
はっきりと、何の匂いか正章本人ですら分からない。ただ、何かが焦げたような、埃のような、とにかく良い匂いではないことは確かだった。
正章以外は匂いについて口に出すことはない。正章がベッドにある薄手の毛布で体を覆った。
「なんだろう、この家おかしい」
カーテンをほんの少しだけ開けて外を見る。もう真っ暗で何も見えない。何もいない。正章は息を吐いて、またカーテンを閉めた。
問題は中だ。かといって、今のところ特に害は与えられておらず、匂いが気になることと、なんとなくの違和感だけだ。これでは両親に話したところで解決策を提案してはくれないだろう。
「きっと、慣れないところに来たからだ。学校に通って友だちも出来れば、こんな小さいこと気にならなくなる」
正章は半年も使わない真新しい教科書をランドセルに詰め込んだ。
コンコン。
ノックの音に体を揺らす。続いて由里子の声がした。
「お風呂先に入っちゃって」
「分かった」
正章がパジャマを手にしてすぐにドアを開けると、歩き出そうとした由里子は目を丸くさせていた。
「あら、えらい」
「すぐ入っちゃおうと思って」
由里子と一緒に一階へ下りる。走って風呂場に向かうと後ろから注意を受けたが、適当に謝って風呂場のドアを閉めた。
まだ夜になってもほんのり温かさが残る。東京とはまた違う暑さだ。昼間はからっと晴れてじっとりしないので、こちらの方が乾燥しているのかもしれない。
勢いよく脱いだ服をそのままに、正章は軽くシャワーで体を洗うと湯舟にダイブした。
足を伸ばしても湯舟の先に付かない、広い風呂だ。家の造りも至るところが広い。引っ越してきて一番気に入っているところかもしれない。
息を思い切り吸い込むと、新築の良い香りがする。築一年だが誰も住んでいなかったので、この香りは損なわれなかったらしい。
それなら、何故一部だけおかしな匂いがするのだろう。首を傾げてみるものの答えは出そうにない。
「お兄ちゃん、早く出て。美結バスボール入れたいの」
「あと十五分」
「ちえ~ッパパのとこ行ってウサギ飼っていいか聞いてこよ」
「あッ僕は犬がいいんだから、まだ聞かないでよ」
美結の足音が遠くなることに焦り、急いで髪の毛を洗って風呂を上がった。ドライヤーもそこそこにリビングに入れば、すでに美結が正志の手を取っていた。
「パパ、美結ウサギ飼いたいの。いい?」
「ウサギ? ウサギかぁ」
正章が左手にすり寄る。
「僕は犬がいい。いいでしょ?」
左右から腕を引っ張られ、正志が眉を下げて由里子を見る。由里子は首を振った。
「三人で話し合って。ママはちゃんとお世話できるなら反対はしないから」
「ほらぁ、ママも言ってる」
「だから犬だって」
「ウサギ!」
正志が腕を組んで目を閉じた。子どもたちがそれを見つめる。しばらくして、正志が目を開けた。
「よし、まず学校へ行って、勉強を頑張ろう。学校生活を楽しんで宿題もできることが分かったら、一緒にペットショップに行く」
「やったぁ!」
「で、どっち飼うの?」
一番の問題はそこだ。正章が正志に詰め寄る。
「まずはペットショップに行って、いろいろ見てみよう。ちゃんと自分で世話ができるのか、ああ、飼育本も必要だね。それで大丈夫だったら、両方飼ったらいい」
「ええッ」
その言葉に、三人ともが驚いた。マンションに住んでいた頃は、ペット可の賃貸だったにも関わらず、犬はおろか小動物の類ですら頷いたことはなかった。どのような風の吹き回しだろう。
「パパ、本当にパパ? 偽物?」
「そんなことあるか。ただまあ、こうやって大自然があって、広い庭もあるんだから、生き物の大切さを学ぶ良い機会かと思っただけだよ」
「ふうん」
正志はまだ疑う眼差しを送ったが、口元は僅かに緩んでいた。
「さあ、まずは学校が始まったら楽しんで。美結はお風呂入りなさい」
「うん。ママ、入ろ」
「うん」
二人が出ていき、正志はソファに座り直した。まだ少しだけ濡れている髪の毛を肩にかけていたタオルで拭く。
テレビから賑やかな音が流れてくる。先ほどまでとは打って変わって晴れやかな表情に変わった正章は、正志の肩に頭を載せ、その余韻に浸った。
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