幸運な家族

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片山

理由

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「こんにちは、美結の母です」
「あら~お世話になっています。真子の母です」

 由里子と美結は真子がいるという公園に来ていた。約束をしたと言っても小学生同士の口約束であるので、由里子は半分期待せずに向かったのだが、予想外に真子と出会うことができた。

 真子の母である林美咲は暗めの茶髪を一纏めにしている小太りの女性で、他の町民と同じように穏やかな笑みを携えていた。

──よかった、嫌われてはいなさそう。

 美結は、真子と遊ぶ時は宮下家の自宅以外でと言われたらしい。それが本当なら、何か理由があるはずだ。知りたいと思うものの、面と向かって初対面相手に聞くこともできず、当たり障りのない挨拶で終わってしまった。

 公園はブランコが二つ、滑り台と雲梯が一つの小さなものだが、美結と真子は楽しく遊具の周りを走って追いかけっこをしている。母たちは木の下で日差しから逃げるように立って見守った。

「登校班ではお世話になってます」
「いえ、こちらこそ。引っ越してきたばかりでお友だちもいなかったので、同じ学年の子がいて美結も嬉しがっています」

 ぽつぽつ会話をしたところで、由里子はあることに気が付いた。

「もしかして、林さんもどちらからか引っ越してきました?」
「あ、分かります?」
「はい。ここの人と話し方が少し違うなぁと」

 林の話し方は標準語という程ではなかったが、三江木町民とも違う、どちらかと言えば関西よりのイントネーションだった。

「私、出身は大阪なんですわ。それでここに嫁いで。私だけ他の地方の方言だと何かと目立つかと思って、なるべく標準語を意識しているんです」

「そうなんですか」

「私としては、新しく引っ越してきてくれて嬉しいです。やっぱり、ここの人は元から住んでる古い人ばかりやから」

 にっこり細まる瞳が、先ほどとは違う笑顔に見えた。由里子がさっとスマートフォンを取り出す。

「よかったら連絡先交換してもいいですか?」
「いいですよ」

 交換している間も二人は話に花を咲かせた。思い返してみると、引っ越してきてからこれが初めての同年代相手の会話かもしれない。

「また是非遊んでください」

 親しげな様子に由里子も安心する。膝に置いていた拳を強く握り直す。

「次はうち、は難しいですか」

 思わず声を潜めてしまったが、隣の林にはしっかり聞こえたらしい。目を丸くさせた林に由里子が両手を振る。

「いえ、無理にではなくて。もし機会があったらいつかって感じで」

 すると、林は急にきょろきょろし出し、公園の外まで首を伸ばして覗き始めた。そうしてから、由里子に近づいて言う。

「気を悪くさせたらごめんなさい。お家の中は入らないようにって旦那に言われているの」
「そ……うですか。それなら、どこか他のところで」
「ねぇ、意味分からないでしょう? まあ、他所から来た人に迷惑にならないようにってことだと思うけど」

 けらけら笑う林が嘘を吐いているようには思えない。

「私も三江木に来て五年くらいだから、まだ分からないところもあるの。一緒に頑張りましょ」
「ええ」

 一時間近く遊び、美結は真子と別れた。久しぶりに友人と放課後遊ぶことができて、美結はずっとご機嫌だ。

「真子ちゃんがあんちゃんを見たいって。今度遊びに来てほしいな」
「そうだねぇ」

 親子二人、手を繋ぎ橋を渡る。そうすれば、あるのは我が家のみ。山の麓にぽつんとあるそれは、どうにも奇妙なものに思えてきた。

「ねぇ、これから何して遊ぶ?」
「あら、じゃあ一緒にご飯の準備しよっか」
「それは嫌です~」

 美結が小学校で習ったという歌を歌う。夕陽と相まって由里子はひどく泣きたくなった。

 家に帰ると、正章がきなこのケージにぴったり寄り添って座っていた。

「おかえり」
「ただいま」

 じっとりした瞳で睨まれる。由里子が繋いでいた手を離し、正章の方に近づく。

「ごめんごめん、何かあった?」

 正章が首を振って答えた。

「部屋から出たら誰もいなかったから。それだけ」
「そっか。いってきますって玄関で言ったけど、ちゃんと二階で言えばよかったね」

 普段は頻繁に部屋に入られることを嫌がるので気を遣ったつもりが、裏目に出てしまった。由里子が謝り、キッチンからお茶を入れたコップを持ってくる。

「喉乾いてたらこれでも飲んでて。美結も手洗いうがいしたら水分取ってね」
「うん」

 正章の様子を見る限り、どうやら御守りの効果はまだ発揮されていないらしい。美結が二階へ上がる音を聞きながら、由里子は夕食の準備に取りかかった。

「きなこを散歩に連れていってもいい?」
「いいけど、まだ慣れてないから家の周りちょっと歩くだけね」
「うん。いってきます」

 庭まで一緒に出て見送る。正章は六年生で、まだ一人で遠出をしたことがなく、近くを散歩するだけでも由里子ははらはらと見守った。手を振って敷地外に出たことを確認し、家の方を振り向く。あの男が背を向けて立っていた。

「──あッッ」

 一歩後ずさり、辺りを見回す。口元を歪ませながらシャベルを手に取った。男がゆっくり足を動かし、段々顔がこちらを向き始めた。

──来ないで!

 だが、由里子はその場に留まった。ちらりと二階の窓を見遣る。背中にはしっとりと汗が滲んだ。

 体が半分程動き、男が横を向いている状態で止まった。由里子は不思議に思いながらも、距離を保ちつつ、男の背中側を歩いて家に近づく。彼が中に入ってきたことはない。どうにか玄関まで辿り着ければ勝機はある。

 男の右手が上がった。思わず顔を両手で隠す。指の隙間から少しだけ見える視界は由里子の予想外のものだった。

 男は前と同じく、人差し指を向けていた。しかし、由里子ではなく家を指していた。

「まさか、最初から家を指していたの……?」
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