ようこそ安蜜屋へ

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疑惑

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 男は太兵衛というらしい。

 半次郎に巣くうもやもやが段々と晴れていく気がした。しかし、寸でのところで頭を振る。

──いやいや、みつ豆の味が似るのはおかしいことではない。

 右腕がやけに痛む。それを紛らわせるよう、半次郎はせっせと後片付けをした。

 やるべきことはやった。あとは結果を大人しく待つばかりだ。

 二人並んで侍たちを眺めていたら、太兵衛が鼻で笑った。

「安蜜屋さんが真似たのでは?」

 これには半次郎も思わず言い返した。

「何を阿呆なことを……ッ」

 わざわざ嫌な気分になることを口に出して、いったい何の目的があるのか。半次郎は手を出すこともできず、せめてもの反論をしようとしたら、件の侍が助け舟を出した。

「いや、私が食べた時と同じ味です。それにほら、こちらのみつ豆は安蜜屋さんしか出していませんが、大変美味。これを開発できる能力のある方がわざわざ他店の味を盗もうなどとするはずがありません」

「はっそうですかねぇ」

 太兵衛は不満そうに答えた。

「でも、見てください。利き手を怪我しています。こんな危機管理のなっていない料理人でいいんですかい」

 なんとしても陥れたいらしい。半次郎は右腕をさすって深呼吸を何度かした。

「これは、盗人にやられたんです」
「へぇ、そうですかい」

 にやにやする太兵衛に半次郎は目を逸らした。

「しかし、盗人が入るような物騒なところの店は危ないのでは?」

 屋敷の一人が言った。太兵衛がぷっと吹き出した。そこへ、今まで黙っていた勘助が口を開いた。

「おじちゃんの足見せて」

 皆の視線が勘助に集まった。特に太兵衛の瞳は憎悪に満ちている。

「勘助、滅多なことを」

「なんで? みつ豆売りはこの辺は半次郎のところだけなんでしょ? なのに、うちの材料を盗まれて、うちとそっくりな味の店が出来た。おかしいよ」

「……」

 半次郎は何も言い返せなかった。屋敷の者たちがこそこそと話す。侍が勘助に近づいた。

「勘助、足を見たら何か分かるのか?」
「うん、盗人には足に大きい痣があるよ」
「俺を盗人呼ばわりたぁふてぇ餓鬼だな!」

 太兵衛が声を荒げ、勘助がびくりと肩を振るわせた。半次郎と侍が勘助の前に立つ。

「な、なんだ。そいつが失礼なことを言っただけだぞ」

「そうです。謂れのないことでご立腹でしょう。ですから、身の潔白を証明するために足を見せていただけませんか」

「なんでわざわざ俺が!」

 侍の言う通り、見せればそれで解決すること。しかし、太兵衛が了承する様子は全くない。

 しびれを切らせた一人が野次馬の中で声を上げた。

「とりあえず、太兵衛さんを調べよう」

 その一声をきっかけに、皆が一斉に騒ぎ出す。

「そうだそうだ」
「見てみればいいのだ」
「くそッ」

 さすがに不利と気付いたのか。太兵衛がくるりと後ろを向いた。

「あ!」

 逃げ出そうとした太兵衛の服をすぐ傍にいた勘助が掴む。そして、バランスを崩しその場に倒れ込んでしまった。その時、すぐ目の前に大きな黒いものがぼやけた視界に飛び込んできた。

「黒痣だ!」
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