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私は転生した

一人がよかった

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 言われてみれば、白と緑をあしらった服を着ており、彼の鎧姿の色合いとよく似ている。胡威風フー・ウェイフォンは脱力した。

「大将軍、実は報告が御座いまして」
「なんだ?」
「東の方角で何やら不穏な空気を感じ取りました。念のため様子を見に行っても宜しいですか?」
「む!?」

――だめなの!?

 宋強追ソン・ジァンヂュイの顔つきが変わる。

 こういう報告がよくなかったのか、言うべき相手が違っていたのか、思わず目を逸らしてしまう。すると、背中を強く叩かれた。

「さすがは名声高き東将軍! 宜しく頼むぞ!」
「承知しました」

 いったい先ほどの「む!?」はなんだったのだろうか。とりあえずこの場を切り抜けられたことに安堵する。これで修行の時間を確保出来、さらには宋猫猫から逃げることも出来る。彼女が胡威風への怒りを早く忘れてくれることを願う。どうせなら存在自体忘れてほしい。

「それでは」
「胡威風、部下を誰か連れていったらどうだ」
「いえ、様子見なので一人で問題ありません」

 というより、一人でないと困る。不穏な空気などどこにもない。ただただレベル上げの時間と場所が欲しいだけだ。

「そう遠慮せず! いつも荷物持ちが欲しいと言い訳して、部下の経験の機会を与えてくれているだろう」

 それは本当に荷物持ちなのでは?

 胡威風は白目を剥きそうになった。宋強追は良い方に解釈してくれているが、適当な召使いとして部下を連れていっていたらしい。今回、敵などいないのだ。こちらが断っているのだから、宋強追も無理強いしないで頂きたい。

「今日は演習が無いから、自分で部下の元へ行くのが恥ずかしいのだな?」
「そんなことは」

――ねぇぇぇぇよ! 奥ゆかしい淑女か! 大将軍、悪い奴じゃなさそうだけど、盛大に空気読めないポジティブ人間だな。どう見たら胡威風が恥ずかしがり屋に見えるんだ。

 どう回避すべきか考えていたら、宋強追の方が一歩行動が早かった。

「お、あっちで歩いているのは胡威風の部下ではないか。彼を連れていくといい。名前はなんだったか、おい、そこの東軍の者!」
「はい!」

 質素な服を着ている男が振り向く。胡威風は眩暈がした。

――陳雷チェン・レイィ……いきなり主人公とエンカウント……。

 犯人候補第一位の男と出会ってしまった。出来れば、万全の状態で挑みたかった。争うわけではないけれども。絶対にこの男を虐めてはならない。断じてならない。胡威風の命に関わる。

 それにしても、陳雷がまだ東軍に属しており質素な恰好ということは、物語はまだかなり序盤だということが分かった。それだけでも儲けものだ。これなら挽回出来る。全力で甘やかす。媚びる。皇太子になった暁には物理的に離れたところで生活をして平和に生きる。これだ。ただし、今回の旅には付いてきてほしくない。もう虐めは始まっているだろうから、隙を見て攻撃されたら、それこそ今の時点で土に還ってしまう。

「大将軍、東将軍」

 陳雷が両手を前に出して恭しく拱手する。胡威風は曖昧に頷いた。

「今から胡威風が自軍の領域でおかしなことが起きていないか確認に行くそうだから、付いていってくれないか。一緒に旅をすれば、良い勉強になるだろう」
「はい。大将軍、東将軍、この陳雷に機会を与えてくださいましたこと、光栄に思います」
「うむ。よい心がけだ」

 胡威風は先ほどから一度も口を開いていない。それなのに話はとんとん拍子に進み、なんと考える暇無く、今から出発することになってしまった。当事者である宋強追は呆然とする胡威風を残し、満足して去っていった。

「あの、胡威風将軍。私で構わないのでしょうか」

 恐る恐る聞いてくる陳雷に同情する。

――ほらぁ! 怖がってんじゃん。完全に怯えてんじゃん、この子。たしか十五歳だっけ? 虐めてくる将軍と二人で出かけるとかとんだ罰だよ。罰ゲームじゃなくてただの罰。

 しかし、ここで拒否をすると、確実に悪人ポイントもしくは胡威風の好感度が下がる。やはり自分は嫌われているから断られたのだと思われる。背中に冷や汗をかきながら、渋々、本当に渋々了承した。

「準備が整ったら、東の門で待っていなさい」
「はい」

 胡威風は絶望を背負って自室へと戻った。
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