上 下
20 / 55
私は善人になりたい

デート確定ガチャ

しおりを挟む
 性癖大渋滞部下は放っておくことにする。ようやく自室で一人きりになり、胡威風はおかずを一口頬張るたび美味しさで床に転がるという奇行に走って堪能した。

「今日も訓練か王都の見回りかな。平和な時って軍人も適度に暇出来ていいかも」

 そう言えるのも、この身が直接危険に晒されていないからである。鼻歌を歌いながら盆を廊下に出したところで、その危険がやってきた。

「やぁやぁ胡威風! ちょうどいいところに! なに、ちょっとした頼み事があってな」

――でで、でけぇ~~~~声がでけぇ~~~~~。体にアンプでも内蔵されてんのかよ。

 ライブ会場かと聞きたいくらいの大声で宋強追が歩いてきた。出来ればなかったことにして自室に引っ込みたい。胡威風はへらりと笑って彼を受け入れた。

「大将軍、どうかされましたか。昨日の南軍は無事戻ってきていますが」
「それとは違う。たいしたことじゃない、胡威風なら適役だ、うん」

 たいしたことか違うかは胡威風に判断させてほしい。彼の言葉は本気の場合でもとんでもない気がする。予感は的中した。

「皇后と皇女が買い物をしたいと言い出してな。力のある人間を護衛につけたい。二人程欲しいから、胡威風に願おうとこうして参ったのだ」

――はいキタ! タイムリー案件皇后陛下と猫姫! 一人でも厄介なのに二人一緒とか、俺を崖から突き落としたいのか……。

「それなら私でなくとも」
「お前はお二人からの名指しで決定済だ。信頼されている証だな。あとの一人は適当に見繕っておくから、出かける準備をしておいてくれ」

 騒がしさを残して宋強追が通り過ぎていく。胡威風はふらふらとした足取りで自室へ入り、そのままぱたんと寝台に倒れた。またしても瞳が揺れる。蘇俊里は一体胡威風をどう扱いたいのか。若い男を横に置いてアクセサリーにでもしたいのか。それにしても、夜な夜な襲い掛かった相手にほんの半日も経たず接触してくるとは。真似出来ない強靭な精神だ。

 しかも、注目すべきは、自分の娘と愛人を出会わせるという点である。

「皇后大丈夫? 強靭というより狂人じゃん。こうなったら、もう一人がまともな人間が来ることを祈るしかないな」

 王宮正門で待っていたら南将軍が来た。胡威風は白目を剥いて二秒気絶した。

 南将軍側も、心なしかどころか全く隠しもせず、胡威風をゴキブリの類を見る目でこちらを睨んでくる。絶対許さないという意思を感じる。ここまで嫌われることをしたのか胡威風は。

 扇子で口元を隠し、ゆっくり南将軍から顔を背ける。反対側に随分と質素な馬車が停まっていた。

――これで行くのか? とりあえず馬に乗るんじゃなくて助かった。帰ったら乗馬の練習しないと。

 ぼんやり眺めていたら、南将軍よりずっと厄介な二人組が到着した。痴女もとい蘇俊里が手を挙げて言う。

阿風アーフォン、久方ぶりじゃ。方神速ファン・シェンスーも今日は頼むぞ」

 どの口が「久方ぶり」なのか甚だ疑問だが、おくびにも出さず、二人に向かって拱手する。そして一つ朗報があった。南将軍の名前が方神速だと判明した。これだけは蘇俊里スー・ジュンリィを褒めたい。これだけに限るが。宋猫猫がこちらをグロ手前の形相で穴が開く程見つめてくる。三人中三人とも、胡威風に何らかの感情を爆発させているわけで、すでに胃がきりきりした。

「母様、この馬車で行くのですか」

 がっかりしている宋猫猫に、蘇俊里が嬉々として答えた。

「そうじゃ。これなら庶民と混ざることが出来るじゃろう? 服も地味にした。買い物も遠慮することなく、思う存分出来る」
「そうですね! 母様頭良い!」
「ほほほ」

 蘇俊里が金が散りばめられた扇子を仰ぐ。目が痛くなるような光景に、胡威風はそっと己の扇子を仕舞った。彼女とお揃いコーデは避けたい。

 二人が馬車に乗るのを手伝い、無言を貫く方神速と一緒に乗り込んだ。隣から刺さる視線が実に痛い。言いたいことがあるならいっそはっきりと言ってほしい。どうせ、この男は胡威風がすること全て気に入らないのだろう。

 向かいの二人は始終楽し気に買い物の話をしている。傍から見れば仲の良い親子だとほほえましく思えるはずなのに、そこから放たれる感情を考えると顔を横にずらし、外の景色を眺めるしか選択肢は残されていなかった。
しおりを挟む

処理中です...