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私は善人になりたい

胃薬をください

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――随分走るなぁ……あれ、王都抜けた。どこまで行くんだ?

 東の端を目指した前回とは違う、爽やかな草原を馬車が行く。風を楽しんでいたら、奥の方に小さく街が見えてきた。

「織物が有名だと聞くから、沢山買って帰るぞ」
「はぁい」

 今日の二人に従者はいない。つまり、胡威風たちが護衛かつ従者となる。かなり腕力を問われる荷物持ちをさせられることになりそうだ。それでも、ただの従者としてついているよりは、荷物持ちの仕事があった方が気は紛れる。三人分の莫大な感情を受け入れられる程、胡威風の懐はまだ深くないのだ。

 四人が街の入り口に降り立つ。蘇俊里スー・ジュンリィが胡威風を横目で見遣りつつ言った。

「さて、阿猫アーマオ。どちらを連れて歩きたい」
「どちらをって、四人で買い物するのではないのですか?」
「大人数では動きにくかろう。二人ずつに分かれようぞ」

 言われた宋猫猫が胡威風を見上げる。大きな瞳がどんどん険しくなる。すぐさまそらしたくなったがどうにか耐え、控え目な笑顔で応える。

「私は……胡……威風、ではない方で」
「なら方神速ファン・シェンスーじゃな。私は阿風アーフォンとじゃ」

 宋猫猫が自分を選ぶはずがないと分かっていたが、回りくどい言い方をされて少しだけ傷ついた。方神速が一歩前に出る。

「皇女、参りましょう」
「……分かっておる」

 去り際に宋猫猫が歯軋りをしながら睨んできた。どこまで嫌われているのだろう。違う意味で寝込みを襲われそうだ。残った蘇俊里が高らかに笑った。

「ほっほっほ! 胡威風は誰もを魅了する」
「何をおっしゃっているのか分かりかねます」
「ん? 分からぬのか? それなら私には好都合」

 腕を思い切り絡めてきた。胸が当たっている。絶対わざと当てている。胡威風は短く息を吐き、蘇俊里を見た。

「それでは皇后陛下、我々も参りましょう」
「うむ」

 歩き出すと、余計に距離を縮められた。堂々とし過ぎている。質素な馬車にして王都から離れた街にしたのは、自由に買い物が出来るからではなく、胡威風にくっつくためではないかと勘繰ってしまう。これでは愛人ではなく恋人だ。

「皇后」
「なんじゃ、胡威風」
「もう少し距離を」
「嫌じゃ」
「そうですか」

 嫌だと言われたらもう、そこで終いだ。胡威風はおっぱいの感触にうんざりしつつ、蘇俊里に引っ張られていった。

 王都に比べて小さいと言っても、蘇俊里が選んだだけある街で、あちこちから良い匂いが漂ってきて涎が出そうになる。蘇俊里を放って駆け出したいが、さすがに三歳児ではないのでぐっと堪える。

「阿風、買いたいものがあったら好きに選べ」
「いえ、そんな」
「なんじゃしおらしい。以前行った時は服を一式買ったじゃろう」

――そうなの!? それはもう、ヒモでは? 高給取りのヒモでは? 意味分かんない!

 胡威風は将軍であるから、相当給料をもらっているはずだ。その上で遠慮なく皇后におねだりするとは、心臓に毛が生えているどころか人間の良心がマイナスなのかもしれない。悪人レベル9999999なだけある。

「欲しい物が出来たら申し上げます」
「そうか」

 そう言いつつも、物珍しくてちらちらと出店を覗き見してしまう。綺麗なアクセサリーだと見ていたら、店の主人が「魔物の爪を加工したものだ」と言っていた。こういう商品は一般的なのだろうか。全力で遠慮したい。

「ほほ、魔物の爪ならいくらでも阿風が取れるしのう」
「はは、貴方の命なら今すぐ取ってきてみせますよ」
「それは嬉しい」

――嬉しいんだ。

 もし自分が女子だったら、男から魔物の爪などもらいたくない。この世界の基準が分からないので、蘇俊里が通常の思考なのかもしれないけれど。

「きゃぁッ」

 横道の方から小さな悲鳴が聞こえてきた。蘇俊里と顔を見合わす。

「よい、行って参れ」
「有難う御座います」

 今日の任務は護衛だ。そこから逸脱する行為は得策とは言えまい。しかし、彼女の周りで起こる問題事も解決しなければならない。胡威風は急ぎ足で声の方向へ飛んだ。薄暗い通りを見つめると、悲鳴の主らしい女性と、その原因がいた。

「た、た、助けてください!」
「これは――」

 女性が抱き着いてくるのを感じながら、目の前の相手を冷や汗混じりに観察した。
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