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私は善人になりたい

欲しいものがあります

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「どうじゃった」

 すぐに戻ってきた胡威風を蘇俊里スー・ジュンリィが出迎える。女性とはすでに別れ、今は胡威風一人だ。しかし、不自然に右腕を背中に回し、視線はふらふらと不安気に彷徨っている。

「どうした。怪我でもしたか」
「いえ、あの、そうではなく」

 胡威風の方が彼女より随分と上背があるにも関わらず、器用に上目遣いをして問いかけた。

「先ほど、欲しい物が出来たら申し上げると言いましたが」
「出来たのか」
「はい。ただ、これでして」

 隠していた右手を取り出す。そこにはぐるぐる巻きにされた布があり、布からは小さな顔が覗いていた。蘇俊里が覗き込む。

「おや……魔物かえ」
「はい。先ほどの悲鳴はこれに驚いたようです」

 人通りが多いここでは魔物の姿を迂闊に見せられず、さらに魔物の加工品を平然とした様子で受け入れる蘇俊里に知らせることも憚られたが、帰りも狭い馬車で一緒だから致し方なく目立たない形で報告した。蘇俊里が魔物から胡威風へ視線を移す。

「どうする」
「悪さはしていないので、滅する必要は無いと判断します」
「ならば、そなたの好きにするがよい」

 胡威風は僅かに瞠目した。蘇俊里の性格上、その場で切り落とせと言われるのがオチかと思っていた。思わず彼女の顔を覗き込む。キスされた。

「え、な」
「可愛らしい顔をしているのが悪い」
「そんな……有難う御座います。私が責任を持って所持します」

 もういろいろされた(だろう)後だ。キスの一つで魔物を殺さなくて済むなら安い。魔物は滅せられるべき生き物だ。しかしこれは、これはあまりにも。

「キュゥ」

――かぁぁぁわいいいい!

 可愛すぎる!

 大きな瞳に小さな角が二本。背中には小ぶりで丸っこい羽。まるでぬいぐるみなそれに、胡威風の心は一目で撃ち落とされてしまった。

 もとより、殺風景な部屋に飽き飽きしていて、兎か猫を飼いたいと思っていた。動物ではないものの、それと同等の可愛らしい生き物に出会えて彼のテンションは限界をとうに超えていた。

 目立ってしまうので買い物中は馬車に置いておくことにし、蘇俊里の付き添いを再開させる。どんなに重い物を持たされようが、不意打ちにセクハラされようが、今の胡威風にとって羽より軽かった。ついでに表情筋すら軽くなって頬がだるだるになりそうだったのを、必死に堪え胡威風たる面をどうにか保つ。

「ほれ、これも。それも」
「はい」
「これは阿風に似合いそうじゃ。今度会う時に身に着けておくれ」
「はい」

 他にもいろいろ胡威風への土産を買っているが、止めるわけでもなくにこにことそれを見守っている。実に気分が良い。ここに生まれ直してから数日、唯一の味方を手にした気になり、蘇俊里の豪快な景色をただただ楽しんだ。

 胡威風の口周りが紅で真っ赤に染められた頃、ようやく蘇俊里の満足いくものとなったらしい。馬車の中でかいがいしく上司から口元を拭われていると、方神速ファン・シェンスーと宋猫猫が戻ってきた。

「宋猫猫様戻りまし……」

 方神速が言葉の途中で立ち止まり、胡威風に顔を向ける。完全に両親の仇を見るそれだ。思わず肩がびくつく。

「胡威風将軍。膝の上にあるモノはなんだ。言え。言わないと叩き切る」

 胡威風は己の膝に両手を置いた。そこには先ほど連れてきた魔物がいる。ぎゅうと抱き込み、南将軍の圧力から出来る限り遠ざけた。

「これ、狭い車内で殺気立つな。これは落ちていたから拾っただけじゃ。私が許可した」

 蘇俊里が横から助け船を出したため、方神速は納得がいかない様子ながらも渋々剣を抜くことを諦めた。

 帰り道中「キュウキュウ」鳴くたびに方神速からの殺気を感じていたが、服の中に隠し魔物の安全を確保して、窓を眺めてやり過ごした。時折、宋猫猫が顔を覗かせる魔物に気を取られていることも分かった。

――うんうん。可愛いよね。分かる。俺もそう思う。

 すでに存在しない母性を見出し始めた胡威風は、この小さな子どもを大切に育てようと決意した。
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