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私は精進する

恨国

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 念のため外衣の帽子部分を目深に被り、顔がほとんど見えないようにしておく。胡威風は現れた光景に絶望した。明らかに淀んだ空気、魔界から染み出ているのだろう。

 悪い予想が当たってしまった。あの歪みは恨国と迅国を繋ぐ橋だ。つまり、ここは恨国内ということになる。

「何この空……一発で魔界と繋がってるのが分かる……」

 先ほどまで青空だったはずなのに、今は見上げても薄紫色に塗られている。人間界でしか育ったことのない胡威風には随分人工的に見える。

 ここは森の中だが、いつ誰に遭遇するか分からない。慎重に進んでいくと、ようやく森を抜けて街が遠くに見えた。

「一龍、俺の肩に乗ってくれる?」
「キュウ」

 恨国ならば、魔族を連れていた方が馴染めるだろう。一龍を服の中から出し、歩みを進める。

──ちょっと観察したらすぐ戻ろう。

 何も一人の時にわざわざ危険を冒す必要は無い。皇帝か大将軍に報告をして、歪みを潰すのか、歪みを理由に恨国へ提案するのか決めればいいのだ。

 自分は将軍としての責務を果たさなければならないが、命が惜しいわけではない。健康に生きて寿命で死ぬのが今世の夢だ。

 街が近づくにつれ緊張が増す。人間だとバレないだろうか。恨国にも人間は存在するが、奴隷のような扱いを受けているので魔族だと思われておいた方がいい。

「聖人だったら、この奴隷状態の人間も救おうとするんだろうな」

 それは他の正義感溢れる人物に任せよう。これが聖人レベルを正すルートだったら最悪だが。

「あ~……誰かいる」

 出来ることなら誰にもエンカウントせず帰りたかった。街の様子を確認するだけして帰りたかった。それが無理なことは分かっていたけれども。

 話しかけず、どのような魔族がいるのか分かったらすぐさま逃げよう。そう思って一歩近づくと、ある違和感を感じた。

 前に立っている後ろ姿からして女性らしいが、どうにも魔族には思えなかった。みすぼらしい服に角や羽も持っていない。

──もしかして、人間……?

 まさか、この国で珍しい部類の方を一番に見つけるとはなんたる幸運。自画自賛しながら、周りを注意しつつ女に近付く。なるべく気付かれたくなくて距離を取って木々の間から顔が分かる角度まで進んだ。その顔を確認した瞬間、胡威風は驚きで固まった。

 一歩、また一歩と後ずさる。もうここにはいられない。関わったらしばらく帰れなくなる。胡威風は音を立てないよう、慎重にその場から離れた。

──あの人は……!
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