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犬
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──光太郎かな。
忘れ物でもしたのだろうか。靴を履いたところで、その影はいなくなってしまった。遼がドアをガラガラと開けるが、やはり誰もいない。
ざっざっ。
閉めようとドアに手をかけたところで、誰かの歩く音がした。急いで鍵をかけ、靴を脱ぎ棄てて廊下を走る。自室に入り、ベッドに潜り込んだ。
「音がした……誰もおらんのに」
先ほどの一件もあり、遼はすっかり消沈してしまった。まさか、何か、視えないものでもやってきたというのだろうか。心当たりは一つある。遼は体を震わせ、スマートフォンに手をかけた。
『今、光太郎の家に誰か来ちょったりするが?』
『いや、誰も来ちょらん』
返信はすぐに着た。どうやら彼の方は何もないらしい。それなら、きっとこちらも気のせいだ。誰かが間違いで鳴らして帰った。足音はどこかで猫でも歩いていたのだろう。そう思えば、幾分か気持ちは和らいだ。
『何かあったが?』
光太郎の問いには適当に答えておいた。遼自身、何が起きたのか説明ができない。ただ彼を混乱させるだけだ。
「光太郎のところに来ちょらんなら、気にしないでえい」
受け止められなかった自分も自分であるが、もともと光太郎が蹴ったボールが当たって祠が壊れたわけだから、あちらが問題なければこちらのことも不思議な現象ではないはず。もう忘れてしまおう。そうしたら、また変わらない明日が来る。
「ワンッ」
「ん?」
その時、外から犬の鳴き声が聞こえてきた。小原家で犬は飼っていない。先ほどのことがあったが、妙に気になって窓を開けて下を覗き見た。
「ワンッ」
「柴犬だ」
遼は窓を閉め、バタバタ足音を立てながら玄関を出た。そして、ゆっくりゆっくり、壁沿いに歩いてそこへ向かう。ひょいと覗けば、まだそれはいた。
「どうしよう。逃げちゃうかな」
迷っていると、柴犬と目が合った。遼がその場から動けず見つめ合うこと一分、柴犬がじりじり近寄ってきた。
「おいでおいで」
あと二メートルというところで立ち止まったので、手招きをする。柴犬が遼の右手に頭を擦り付けてきた。
「可愛い」
首輪はしていない。このような犬を近所で見かけたこともない。どこかから逃げ出した飼い犬ではなさそうだ。
「飼いたいけんど、うちじゃ飼えないんだ、ごめんね。あ、そうだ。ちっくと待っちょって」
犬の前で両手を振ってから走り出して家に入る。すぐ戻ってきた遼の手にはバナナが一本あった。
「今はこれしかないけんど、食べるかな……」
スマートフォンを手に取り、その場で調べる。量に気を付ければ与えてもいいことが分かり、半分ちぎって柴犬の前にバナナを置いた。
「これよかったら食べて。また暇な時遊びに来てよ。友だちになろう」
柴犬は、遼が話し終わってからバナナを見下ろし、やがておすわりをして少しずつ食べ始めた。遼もしゃがみ、撫でたくなる気持ちを抑えながら見守った。
「あっ」
食べ終わると、柴犬はそのまま門を出て走っていってしまった。伸ばした右手を下ろして息を吐く。
「しょうがない。野良犬だもんね」
門から外を覗いてみるものの、すでに柴犬の姿はどこにもなかった。
ざり。
遼が音の下方向へ振り返る。誰もいない。慌てて玄関に飛び込み、鍵をかけ、何度もかかっているか確認した。
「なんちゃあない、なんちゃあない……」
忘れ物でもしたのだろうか。靴を履いたところで、その影はいなくなってしまった。遼がドアをガラガラと開けるが、やはり誰もいない。
ざっざっ。
閉めようとドアに手をかけたところで、誰かの歩く音がした。急いで鍵をかけ、靴を脱ぎ棄てて廊下を走る。自室に入り、ベッドに潜り込んだ。
「音がした……誰もおらんのに」
先ほどの一件もあり、遼はすっかり消沈してしまった。まさか、何か、視えないものでもやってきたというのだろうか。心当たりは一つある。遼は体を震わせ、スマートフォンに手をかけた。
『今、光太郎の家に誰か来ちょったりするが?』
『いや、誰も来ちょらん』
返信はすぐに着た。どうやら彼の方は何もないらしい。それなら、きっとこちらも気のせいだ。誰かが間違いで鳴らして帰った。足音はどこかで猫でも歩いていたのだろう。そう思えば、幾分か気持ちは和らいだ。
『何かあったが?』
光太郎の問いには適当に答えておいた。遼自身、何が起きたのか説明ができない。ただ彼を混乱させるだけだ。
「光太郎のところに来ちょらんなら、気にしないでえい」
受け止められなかった自分も自分であるが、もともと光太郎が蹴ったボールが当たって祠が壊れたわけだから、あちらが問題なければこちらのことも不思議な現象ではないはず。もう忘れてしまおう。そうしたら、また変わらない明日が来る。
「ワンッ」
「ん?」
その時、外から犬の鳴き声が聞こえてきた。小原家で犬は飼っていない。先ほどのことがあったが、妙に気になって窓を開けて下を覗き見た。
「ワンッ」
「柴犬だ」
遼は窓を閉め、バタバタ足音を立てながら玄関を出た。そして、ゆっくりゆっくり、壁沿いに歩いてそこへ向かう。ひょいと覗けば、まだそれはいた。
「どうしよう。逃げちゃうかな」
迷っていると、柴犬と目が合った。遼がその場から動けず見つめ合うこと一分、柴犬がじりじり近寄ってきた。
「おいでおいで」
あと二メートルというところで立ち止まったので、手招きをする。柴犬が遼の右手に頭を擦り付けてきた。
「可愛い」
首輪はしていない。このような犬を近所で見かけたこともない。どこかから逃げ出した飼い犬ではなさそうだ。
「飼いたいけんど、うちじゃ飼えないんだ、ごめんね。あ、そうだ。ちっくと待っちょって」
犬の前で両手を振ってから走り出して家に入る。すぐ戻ってきた遼の手にはバナナが一本あった。
「今はこれしかないけんど、食べるかな……」
スマートフォンを手に取り、その場で調べる。量に気を付ければ与えてもいいことが分かり、半分ちぎって柴犬の前にバナナを置いた。
「これよかったら食べて。また暇な時遊びに来てよ。友だちになろう」
柴犬は、遼が話し終わってからバナナを見下ろし、やがておすわりをして少しずつ食べ始めた。遼もしゃがみ、撫でたくなる気持ちを抑えながら見守った。
「あっ」
食べ終わると、柴犬はそのまま門を出て走っていってしまった。伸ばした右手を下ろして息を吐く。
「しょうがない。野良犬だもんね」
門から外を覗いてみるものの、すでに柴犬の姿はどこにもなかった。
ざり。
遼が音の下方向へ振り返る。誰もいない。慌てて玄関に飛び込み、鍵をかけ、何度もかかっているか確認した。
「なんちゃあない、なんちゃあない……」
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